ポパーとラカトシュ
ポパーとラカトシュ
科学は全て仮説だからこそ、立説する段階から、「もし逆に、こういう減少が証拠が出てきたら、こだわらずにこの説は誤りだったとして、捨てる」というポイントを持っておくべきだし、そうでないなら、そもそも立説自体に言明価値がないことになる。
で、それをラカトシュさんが発展的に相対化して、「見えない補足因子や前提条件のほうが変わっていることもあるから、反証が出たからと言って、主な主張全体が即、棄却されるような場合だけじゃないよね」というようなことを言ったと。
人生訓や処世訓のようなものには、後者のようなものが多い。
だからと言って、そういった “法則” のようなものがまったく無価値にもならない。