ゲーム開発の思い出
MMORPGを開発していた時に、開発中の機能を試したり、見え方を検証するステージがあり、そこに接続して遊ぶのが面白かった
世界観を設定する際に、その世界の物理法則や信仰している宗教みたいなものも考えてある
その世界観に合致するかどうか世界設定班に確認しないと機能追加はできない
ローカライズは単なる言語だけでなく、文化も含まれる 英語 中国で骨の表現はNG
ドイツ語は長くなりがちなのでUIを考えるのが難しい
レーティングは売上に直結するので少しでも全年齢に近づけたい
暴力があると当然レーティングが上がる
血の色を赤にしないことで、言い逃れをする
倒した魔物が仲間になる場合、同族殺しになるのでレーティングが上がる
CMなどで使うための動画を作る際に、各自が時間を合わせてテスト用のサーバにアクセスし、キャラクターを操作して「撮影」が行われていた
UIデザイナーの他にUIプランナー、UIプログラマーがいた
大抵のウェブ開発ではプランナーをデザイナーが兼ねていると思われるし、UI専門でここまで分業するのはすごい
プログラマーの年齢は割と高かったが皆優秀で仕事が速い
ウェブ業界などでかつて囁かれていた35歳定年説は全く当てはまらないというのが分かった
ウェブでの有名・無名だけでは判断できない
内製ソフトウェアだったり、知識は社内で共有されるので、外に出す動機がない
ウェブ業界も含めた全体で見るとAAAタイトルに関わる人間は少数なので流動性が低い
会社の部署がひとつの会社みたいなもので、転職感覚で異動する
ゲームのあり方にこだわりを持っているプログラマー
技術的な課題解決だけでない問題意識
コードを書いてお金がもらえるなら何でも良い、という考えではない
社員は仕事が終わると仕事で作ってるゲームをしていた
インターネット大好き人間が業務外でインターネットをするように、ゲームをしている
ポストモーテムはしっかりやる
終わったら長期で休む
ゲームは自分たちが考える世界に対する理想や思い込みの写し鏡
企業に入ってやりたくはないが、ゲーム開発はしたい
独特の面白さがある