超線形スケーリング
今から何年か前のこと、理論物理学者のジェフリー・ウェストが、クライバーの法則が生命による最大の産物、つまり人間が築いた都市という超生命体にもあてはまるかどうか、調べることにした。都市生活の「代謝」は、都市が大きくなるほど遅くなるか、大都市という生命の成長や生きる速さに基本パターンはあるか、といったことである。世界中の十いくつの都市についてデータを集めるために、ウェストが二〇〇九年まで所長を務めた伝説のサンタ・フェ研究所だけにとどまらず、世界各地から研究者が招かれてチームを作り、犯罪から家庭の電気消費量、特許出願数、ガソリンの売り上げまで、何でも測定した。
集まった数値を分析すると、ウェストをはじめとする人々が喜んだことに、都市生活ではエネルギー面と交通面での成長が、マイナス1/4乗則に支配されていることがわかった。ガソリンスタンドの数、ガソリンの売り上げ、道路面積、電線の総延長、こうした因子はまさしく、生物でエネルギーが消費される速さを支配するのと同じべき乗則に従っている。ゾウがマウスを大きくしたものだとすれば、エネルギーの観点からすると、都市はゾウを大きくしたものに他ならなかった。
ただ、ウェストの研究でいちばん魅了される発見は、クライバーの法則には従わないことがわかったデータによるものだった。ウェストらのチームは、都市の統計数字を集めた膨大なデータベースの中に、別のべき乗則が潜んでいることを見つけた。創造性やイノベーションに関係するデータ――特許件数、研究開発予算、「スーパークリエイティブ」な職業、発明家など――も、クライバーの法則から予測される通り、乗則に従っていた。ところが根本的な違いが一つ。イノベーションを支配する乗則は、マイナスではなく、プラスだったのである。隣の都市よりも一〇倍大きい都市は、イノベーションも一〇倍というわけではなかった。実際には一七倍だった〔一〇倍のさらに「一〇の乗」倍〕。周辺の町より五〇倍大きな大都市は、イノベーションでは一三〇倍だった〔同じく、五〇倍のさらに「五〇の乗」倍〕。
クライバーの法則は、生物は大きくなると減速することを明らかにしていたが、人間が築いた都市には一点だけ、生物が示すパターンとはつながらないところがあった。ウェストのモデルが明らかにしてみせたのは、都市が大きくなると、アイデアを生む速さはさらに速くなることだった。これをここでは「超線形スケーリング」と呼ぶ。創造性が規模と直線的な関係で、つまり線形に伸びるなら、大きな都市ほど特許も発明も多くなるのは確かだが、一人当たりの特許や発明の数は一定になる。ウェストのべき乗則からは、もっと刺激的なことがうかがえる。人口五〇〇万の大都市の住民一人あたりの平均では、あれほどの喧噪と人混みと気をそらすものがありながら、人口一〇万の町の住民一人当たりと比べて、およそ三倍も創造性があることになる。五〇年近く前、ジェーン・ジェイコブズは「大都市は町をただ大きくしたものではない」と書いている。ウェストのプラス乗則は、この見解に数学的根拠を与えた。大都市環境にある何かが、その住民のイノベーション度を、小さな町の住民よりも有意に高くしていたのだが、それにしても、その何かとは何だったのだろう。