クライバーの法則
スイスの科学者マックス・クライバーには、若い頃から、世間の慣習の強さを確かめる才能があった。一九一〇年代、チューリッヒ大学の学生の頃、サンダル履き、襟を開けるという恰好で街を歩き回った。当時としては衝撃的な服装である。第一次大戦でスイス軍に在籍していたときのこと、スイスは公式には中立の立場だったのに、上官がドイツ人と情報交換をしているのを見かけた。怒ったクライバーは、その次の点呼に姿を見せず、結局、何か月か投獄されてしまう。農学の世界に腰を落ち着ける頃には、チューリッヒの社会の制約をいやというほど経験していた。そこでマックス・クライバーはカリフォルニアに移住し、その後何十年かすると、その道を今度はサンダル履きで歩く無数の反体制の反戦家〔いわゆるヒッピーのこと〕がたどることになる。
クライバーはカリフォルニア大学デービス校が運営する農学校で仕事を始めた。肥沃なセントラルバレーの中心にある学校だった。最初の研究はウシに注目して、体の大きさが代謝率、つまり生物がエネルギーを燃やす速さにどう影響するかを測った。畜牛業界では、代謝率を推定することには大きな実用的価値がある。それによって畜産農家は、どれだけの餌が必要かも、最終的にどれだけの肉が生産できるかも、まずまずの精度で予測できるからだ。クライバーはデイヴィス校に来て調査をしているうちに、まもなく不可解なパターンと出くわした。数学的に奇妙なところがあったのだ。さっそく、研究室で他のいろいろな生物についても測定を行うことになった。ラット、モリバト、イエバト、イヌ、さらにはヒトについても。
昔から、科学者も動物愛好家も、動物は大きくなるほどゆっくり生きることは察していた。ハエの寿命は何時間とか何日とかのレベルだが、ゾウは五〇年も生きる。鳥や小型の哺乳類の心臓は、キリンやシロナガスクジラの心臓よりずっと速く血液を送り出している。とはいえ、大きさと速さの関係は線形ではなさそうだった〔線形とは、正比例のような一次関数で表せるということ〕。ウマの体重はウサギの五〇〇倍にもなることがあるとはいえ、もちろんウマの心拍数がウサギの五〇〇分の一になるわけではない。デービス校の研究室で何度も何度も測定を繰り返して、クライバーは、この拡大縮小スケーリングの関係が、きまって「マイナス1/4乗スケーリング」という数学的な筋書きに従うことを発見した。体重と代謝率を対数目盛でグラフにすると〔べき乗則に従う場合、グラフは直線になる〕、結果はラットやハトからウシやカバに至るまで、完璧に直線に乗ったのである。
物理学者なら、自分が調べている現象にこのような美しい関係式が見つかることには慣れていただろうが、生物学のような比較的ごちゃごちゃした世界では、数学的な簡潔さというのはめったにない。ところが、クライバーをはじめ、同業の人々がさらに生物種を増やして分析するほど、この関係式は明瞭になる。代謝は質量のマイナス1/4乗〔4乗根分の1〕で増減するのだ。計算はそれほどややこしいことではない。一〇〇〇の平方根は(だいたい)三一で、三一の平方根は(やはりだいたい)五・五となる(一〇〇〇の乗)。つまり、体重がマーモットのおよそ一〇〇〇倍〔一〇の三乗倍〕あるウシは、脈拍はマーモットの五・五分の一の速さとなり、その分、平均して五・五倍長生きする。一生の間の心拍数は、どの種をとってもだいたい同じになり、動物が大きくなるほど、割当分の回数に達するまで時間がよけいにかかる。サイエンス・ライターのジョージ・ジョンソンは、これをクライバーの法則から導かれる美しい帰結の一つだと評している。
その後の何十年かで、クライバーの法則は細菌や細胞の代謝という、ごく小さな規模にまで広げられた。植物までもが、成長のパターンでマイナス1/4乗則に従うことがわかった。生物が現れるところどこででも、生物が体でのエネルギーの消費や配分のしかたを決めなければならない場合はいつでも、その展開パターンは、必ずマイナス1/4乗によるスケーリングに支配されていた。