社内スタートアップ
サイバーエージェントの試行錯誤
社内周知に成功し、効果で失敗した「ジギョつく」
「ジギョつく」とは,以前にサイバーエージェントが社内で行っていた新規事業プラン・コンテストである。アイデアを経営層に提案できる場であり,内定者から参加ができ,一般社員だけではなく経営幹部も参加できた。年間の応募が1000件にのぼったこともある人気の高い仕組みだった。
「ジギョつく」への応募は毎週可能で,フォーマットはA4用紙 1枚だった。膨大な資料を用意していては,仕事の時間が奪われてしまうし,改革や事業への取り組みの開始が遅れてしまうとの考えから,スライド1枚というルールになっていた。 テーマについては,業務改革や新規事業などの幅広い話題での応募が可能だった。提案については1次審査後に役員会で議論が行われ,よいものには「ダイヤモンド」100万円,「アイデア賞」5万円など,賞金が出た。よい提案については,すぐに実行に移されていた。
とはいえ,この「ジギョつく」も,仕組みをつくった当初は人気がなく,応募は少なかった。途中から急速に応募が伸びたのは,ある若手社員の取り組みによる。
何を行ったかというと,この若手社員は社内を回り,一人ひとりに「『ジギョつく』を出してください」と声を掛けて回った。先輩社員の横に座って説明し,依頼する。これを大量に行ったら,応募数が一気に増えたのである。
社内制度の担当者の意識は,制度を高度化することに向かいがちだが,ボトルネックは制度そのものではないことがある。当時のサイバーエージェントについては,社員に動いてほしかったら,ひとり一人に声を掛けるしかないという基本が,徹底していないところに問題があった。
「ジギョつく」には,毎年社内から活発に業務改革や新規事業の提案がなされるとともに,応募数が多い社員に対する役員たちの認知が高まり,抜擢の機会が増えるなどの効果もあった。
しかし現在のサイバーエージェントでは,「ジギョつく」を行っていない。「ジギョつく」を続けるなかで,ある問題が浮かび上がってきたからである。それは,「ジギョつく」は10年以上続いたが,そこから生まれたプロジェクトで現在残っているものが1つもないという問題である。
サイバーエージェントでは,このような問題が起きた要因は,起案者と事業責任者を一緒にしてしまっていたことだと考えている。サイバーエージェントでは,「ジギョつく」で提案されたよいアイデアを事業化していく際に,起案者に事業の実行を任せていた。これは,提案者が事業責任者になれば,意欲的に事業を推進してくれるだろうと考えての対応だったが,残念ながらそこには見落としがあった。提案の機会を広げることは悪くはなく,よいアイデアも提案されていたのだが,未熟なメンバーにそのまま任せても,気合いだけでは事業の成功確率を上げることは難しく,継続的に成果をあげ続けていくプロジェクトには結びつかなかったのである。
効果を実現した「あした会議」
以上の問題にサイバーエージェントが気づいたことで,新たに生まれたのが「あした会議」である。この「あした会議」から生まれた事業には,売上げを伸ばし,利益を出すものが多い。すでに「あした会議」から子会社が20社ほどできており,累積で700億円ほどの売上げと100億円ほどの利益を生みだしている。
「ジギョつく」と大きく違うのは,「あした会議」は経営陣が自ら新規事業をつくるという点である。「あした会議」では,役員対抗で決議案を持ち寄ってバトルを行う。こういう新会社をやった方がいいのではないかとか,こういう新人事制度を導入した方がいいのではないかなど,必ずしも新規事業ではなく,中長期的な課題解決なども含んだ提案が行われる。提案のルールは,最低でも数億円のインパクトが見込め,将来何百億円になりそうだという見通しが示せることである。
毎年2回行われる「あした会議」の結果は,順位が社内外に公表される。著者の一人は優勝したこともあるが,ビリに2回ほどなったこともあり,これは本当につらかった。「あした会議」に提案するのは全員がサイバーエージェントの経営陣であり,経営陣が自らさらされる状態のなかで,いい案を出すことを競い合うので,非常にいいアイデアが出る。もちろん役員同士は仲が悪いわけではないので,協力しながら行う。このように「ジギョつく」を改善した「あした会議」はイノベーションを生むよい仕組みとなっており,「参考にしたい」といって,いい意味での模倣を行っている企業もすでに複数ある。
あした会議のプロセス
「あした会議」は8人いる役員のうち,社長を除く7人が各人チームをもち,まずはチーム編成のためのドラフト会議からはじまる。ドラフト会議では1から7までトランプのカードを引き,1番を引いたら,1番目にどの部署の誰でも自身のチームに指名でききる。こうやって,営業MVPの山田君やデザイナーのエースの鈴木さんなどを獲得していき,4名のチームを編成する。
次に提案内容については,各役員が自身の担当分野は提案してはいけないというルールがある。たとえば,人事担当役員が「あした会議」に持ってくる新規事業や課題解決の案は,人事の分野は基本的に駄目というルールである。つまり,他の部門の課題や機会を見つけて提案しなければいけない。
したがって,先の4名の社員は直下の部下ではなく,他部門のメンバーを加えて構成する方がうまくいく。そうなると,部署横断で人材と情報の交流が進むので,現場の最前線のノウハウが経営陣に複線的に伝わることになる。部署横断の情報交流が進み,ここでイノベーションが生まれやすい組織の土壌が養われる。 このやり方で,どんどん提案を行う。1チームが3案ぐらい提案するルールになっているので,結果的に毎回20 ~ 30案が提案される。
「あした会議」の最終プレゼンについてはサイバーエージェントの社長である藤田晋氏が,点数を付ける。20点満点で11点以上だと,「あした会議」の決議で実施に至る。点数の付け方はすごく厳しく,「うーん,2点」みたいなことを,皆の前でいわれる。もっともその後に藤田氏も一緒に各テーブルを回って議論を行い,最終的にはいい案に決まっていく。これが大きな経営判断に社員を巻き込んでいくことにつながっていく。またサイバーエージェントでは,順位決定後の表彰では,甲子園の優勝旗みたいなものをつくったりしており,厳しいバトルや高いハードルに挑むものほど,ゲーミフィケーションする―つまり楽しそうなゲーム性をもたせる―ことで,みんなで仲良く,楽しくやろうとしている。
撤退ラインの明確化
社内アントレプレナーを輩出し,スタートアップを創出する。この動きの持続化には,撤退ラインの明確化が欠かせない。新規事業を開始する時点で,撤退のルールを明文化しておかないと,撤退は必ず後出しじゃんけんになる。
新たなスタートアップを「若手でやってよ」と任せることは簡単である。しかし,そこから赤字を垂れ流してしまったり,部署の事情が変わったりして,撤退をしなければならなくなることが少なくないのも,スタートアップの特徴である。しかしそこで,「はい撤退。理由は関係なし」となると,社内のカルチャーに悪影響がおよぶ。
現在のサイバーエージェントでは,「スタートアップJJJ」という新規事業立ち上げの仕組みを設けており,新規事業を推定時価総額順の5ランクにわけている。6四半期連続で立ち上げ時からランク昇格が認められなかったり3四半期連続粗利益が減少すると事業撤退という撤退ルールが明文化されている。このルールがなかったときは,撤退時に退職が相次いだ。「はい,撤退」「それなら辞めます」と,優れた人材の喪失が繰り返された。
現在のサイバーエージェントでは,事前に撤退ルールを伝えるようにしている。これはよい効果を生んでいる。撤退ルールが明確だと,スタートアップ1日目からキャッシュを見るようになる。カウントダウンを意識して,お金はどう使おうとか,自身の給料はどうしようかということを真剣に考えるようになる。これが健全な事業の成長をうながす。
役員の新陳代謝
サイバーエージェントでは,イノベーションを起こして会社を変革したり,アントレプレナーを社内から次々に生み出していったりするためには,組織の新陳代謝を加速化することが重要だと考えている。そこでサイバーエージェントでは,2年に1度,8人の取締役のうち2人が入れ替わるという仕組みを確立している。
それが「CA8(シーエーエイト)」と呼ばれる制度である。CA8とは,サイバーエージェントの8人を意味している。この8人は株主総会で決議される取締役であり,執行役員ではない。この8人のうち2人が,2年に1回入れ替わる。抜けてしまう人は降格なのかというと,そうではない。では入る8人は優秀なのかというと,これも実は違う。事業戦略をこの2年どのように進めるかを踏まえて,ベストなチームをつくることを,サイバーエージェントでは重視している。優秀な8人ではなく,事業戦略に合わせた8人である。サッカーであれば,オランダ戦だとこういう布陣で,韓国戦だとこういう布陣と,チームを変えるのと同じように,勝利に向けたチーム布陣にしようという考えである。
サイバーエージェントの新役員の発表は,2年に1回,全社員の前で社長の藤田氏によって行われる。そこでは,抜ける人についての説明も必ず添えられる。サイバーエージェントの役員のポジションは,いわゆる「上がり」ではない。あくまでキャリアステップの一環であり,1回役員になった人が抜けても,それは降格ではない。役員を抜けて,新会社を担当するとか,新しい分野に取り組む方が,価値が高いこともある。また役員に戻ってきてもよい。
サイバーエージェントでは,そうやってぐるぐる役員を入れ替えることで,組織の新陳代謝を加速化しようとしている。若いメンバーの抜擢ということでは,現時点では28歳でCA8(取締役)になっている人材がいる。彼は先ほど紹介した人材で,新卒のタイミングで子会社をひとつつくった。その後,スマートフォンの分野で新会社をつくろうということになり,まず分野が決まった。そこからスマートフォンのゲームが伸びることを彼が見つけて,スマートフォンのゲームをつくった。最初2人で始めた会社が,3年後に350人になっていて,アメリカのゲームの売上げで2位を取るくらいに業績を伸ばすようになった。そんなチャレンジに溢れる会社になりたいとサイバーエージェントは思っており,そのための制度を試行錯誤のなかで整えている。
攻めの人事制度
https://gyazo.com/25f0c3d022577ed6ea37405613c8db64
人望の表彰
サイバーエージェントでは「グループ総会」という,グループの正社員が全員集まるイベントを半期ごとに開催している。 現在の「グループ総会」には4000人が集まる。そこでは「Excellence Awards」の表彰が盛大に行われる。サイバーエージェントは褒めのカルチャーの醸成を大切にしており,徹底的に褒めることで,社員ひとり一人の強みや前向きなところを引き出そうとしている。「ExcellenceAwards」の表彰においても,褒めを盛大にやればやるほど,受賞した人に喜んでもらえると考え,運営を工夫している。
「グループ総会」ではまず社長の藤田氏から,経営方針の発表が行われる。先ほどの「CA8」の発表もここで行われる。グループ全体がこういう方向に進んでいくということをきちんとプレゼンしたうえで,表彰が行われる。
「Excellence Awards」の表彰は,新卒社員のなかで最も活躍し,インパクトの大きい成果を上げた新人に贈られる「最優秀新人賞」,縁の下の力持ちに贈られる「ベストスタッフ賞」,マネジャーとして活躍した人に贈られる「ベストマネージャー賞」など,組織が求める人材の多様性を踏まえたものとなっている。表彰式では,これらの受賞者を次々とその場で発表し,表彰を行う。
「Excellence Awards」は,業績一辺倒の表彰ではない。サイバーエージェントでは加えて,表彰の対象者の人望が重要だと考えている。同様の社員表彰を行う企業は多いはずだが,表彰式が白けた空気のなかで進むことが少なくないと聞く。このような事態は,サイバーエージェントも体験している。「あいつを壇上に立たせるのですか」みたいな空気が,15年ほど前のサイバーエージェントの表彰式でも漂ったことがある。この営業MVPの表彰の翌日に著者の一人は,営業アシスタントたちからランチに呼ばれた。4 ~ 5人に囲まれて「あの営業,嫌われているのを知っています?」と怒られた。
表彰をすればいいというものでもない。このようなことになってしまうと,スタッフの力がかえって出なくなってしまう。 現在のサイバーエージェントでは,人望のある人を表彰するようにつとめている。成果を出している人材のなかから,人間性や人望を備えた人物を表彰することが重要だと考えている。
そのためのひとつの工夫として,社員による受賞者候補選定の投票については任意としている。強制の投票ではなく,もし推薦したい人がいたら投票してくださいというかたちにしている。投票はしなくてもよいわけで,あの壇上に立たせたいという人が出てくると,他薦が動くようにしている。さらにフリーコメントも確認し,本当に壇上に立ってほしいのか,人望の度合いを読み解くようにしている。
出典
社内スタートアップ創出への組織対応 ― サイバーエージェントが実践からつかんだ知見 ―