独占
携帯キャリアの価格競争
米シリアル業界の非競争
業界売上が上位企業に集中している度合い。独占度の指標。
上位三社2009年
衣料用合成洗剤99.5%
ビール系飲料87.5%
宅配便84.9%
乗用車80.9%
電気冷蔵庫56.8%
総合感冒薬59.1%
化粧品51.4%
PC48.0%
アイスクリーム42.2%
婦人服 8.4%
『日経市場占有率2011年度版』
独占
たばこ JT 100%
複占
コーラ飲料 コカ・コーラ、ペプシ
寡占
携帯電話サービス NTTドコモ、ソフトバンク、au
独占の程度
事例
https://gyazo.com/a41585fd9303874017c7d509be625e32
小笠原の大陸棚、12万平方キロ拡大 コバルト優先探査へ
マイナ保険証のオンライン資格確認の光回線がフレッツ光しか選択肢ないのですが、回線使用料が月5830円ざっくり医療機関が18万以上あるので、それだけで毎月10億円以上NTTにガッツリ入る
ってすごい!
なぜアメリカでは「メガネ」がとてつもなく高いのか?
ARM 版 Windows の CPU が Qualcomm 製のみなのは独占契約のためだという報道
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航空会社はお互いがライバルだけれど、グーグルにはそうした相手がいない。経済学者はその違いを説明するのに単純化された二つの図式を使う。完全競争と独占だ。
「完全競争」は、経済学の教科書において理想的なデフォルトの状態とされている。いわゆる完全競争市場とは、需要と供給が一致し、均衡状態に達した市場だ。ここでは企業間の差別化は存在せず、売り手はまったく同一の製品を販売している。どの企業も市場への影響力はなく、市場が価格を決定する。利益機会が生じると、新規企業が参入し、供給が増えて価格が下がるため、参入者の目論んだ利益機会は消滅する。参入企業の数が増えすぎると損失が生まれ、一部の企業が撤退することで価格はもとに戻る。 完全競争下では長期的に利益を出す企業は存在しない。
完全競争の反対が独占だ。完全競争下の企業が市場価格を強いられる一方で、独占企業は市場を支配しているため自由に価格を設定できる。競争がないので、独占企業は生産量と価格を調整して利益の最大化を図る。 経済学者から見ると、独占企業はどれも同じに見える。不正にライバルを蹴落としていようが、国から既得権を得ていようが、イノベーションによってトップに登ろうが、変わらない。本書では、不法に他社を妨害する企業や政府のお抱え企業について触れるつもりはない。「独占企業」と言う場合、それは他社とは替えがきかないほど、そのビジネスに優れた企業という意味だ。グーグルは、ゼロから1を生んだ企業の好例だろう。マイクロソフト とヤフーを完全に引き離した二〇〇〇年代のはじめから、検索分野でグーグルにライバルはいない。
アメリカ人は競争を崇拝し、競争のおかげで社会主義国と違って自分たちは配給の列に並ばずにすむのだと思っている。でも実際には、資本主義と競争は対極にある。資本主義は資本の蓄積を前提に成り立つのに、完全競争下ではすべての収益が消滅する。だから起業家ならこう肝に銘じるべきだ。 永続的な価値を創造してそれを取り込むためには、差別化のないコモディティ・ビジネスを行なってはならない。
独占企業の嘘
独占企業は自分を守るために嘘をつく。独占を吹聴すれば、監査や詮索や批判を招いてしまうからだ。何がなんでも独占利益を守り続けるために、どんな手を使ってでも独占を隠そうとする。その常套手段は、存在しないライバルの力を誇張することだ。 グーグルが自分たちのビジネスをどう語っているかを考えてみよう。もちろん自分から独占を認めることはない。だけど実際はどうだろう? 答えは見方によって変わる。つまり、 どの分野 の独占か、ということだ。仮に、グーグルは検索エンジン企業だということにしよう。二〇一四年一月時点で、グーグルは検索市場の六八パーセントを支配している(二番手、三番手のマイクロソフトとヤフーはそれぞれ一九パーセントと一〇パーセントだ)。それでもまだ独占ではないと思うなら、「グーグル」はオックスフォード英語辞典に正式な動詞として載っていることを考えてほしい。ビングがそうならないことは火を見るより明らかだ。
では次に、グーグルは広告会社だと考えてみよう。すると構図が変わる。アメリカの検索広告市場の年間規模は一七〇億ドルだ。オンライン広告全体では三七〇億ドルになる。アメリカ国内の広告市場は一五〇〇億ドル。 全世界 の広告市場は四九五〇億ドルだ。だから、グーグルがアメリカの検索広告を完全に独占したとしても、グローバルな広告市場でのシェアは三・四パーセントとなる。この構図からは、グーグルが競争市場の小さなプレーヤーに見える。
非独占企業の嘘
非独占企業は反対の嘘をつく ──「この市場には自分たちしかいない」と。起業家はたいてい競争範囲を甘く見積もりがちで、スタートアップにとってはそれが命取りになる。彼らは自分の市場を極端に狭く限定し、まるで自分たちが市場を支配しているかのように考えたがる。
たとえば、パロアルト でイギリス料理のレストランを開店するとしよう。「誰もやってないから」というもっともな理由からだ。これなら、市場を「独占」できる。ただし、それは市場がイギリス料理に限定されるならという話だ。実際の市場はパロアルトのレストランすべてだとしたら? パロアルトだけではなく近郊のレストランもすべて入るとしたらどうだろう?
こうした質問に答えるのは難しい。でも、こうした問いを発しないとしたら、もっと問題だ。新しいレストランのほとんどが一、二年以内に潰れると聞けば、オーナーはまず、自分のレストランだけは違う理由を見つけようとする。自分だけは特別だと周囲に納得させることに時間を使い、それが事実かどうかを真剣に考えようとしない。だけど、一旦立ち止まって、世界中のどんな料理よりもイギリス料理が好きな人が、本当にパロアルトにいるのかを考えてみるべきだ。いないという可能性だって充分にあるのだから。
クリエイティブ業界にも同じことが言える。自分の作品を古い企画の焼き直しだと認める脚本家はいない。「さまざまなエキサイティングな要素をまったく新しい形で組み合わせた映画」として売り込むはずだ。しかもそれは本当かもしれない。たとえば、『サイバーネット』と『ジョーズ』を足して二で割ったものにジェイ・Zが出演するとしよう。エリートのハッカー集団にラップスターが加わって、友だちを殺したサメを捕まえる映画だ。確かにこれまでにないものになる。ただ、パロアルトにイギリス料理店がなくてもいいように、そんな映画もなくていいだろ
非独占企業は、さまざまな小さな市場が 交差する 場所を自分たちの市場と位置付けることで、自社の独自性を誇張する。
反対に、独占企業は自分たちの市場をいくつかの大きな市場の 総和 と定義づけることで、独占的地位をカモフラージュしている。
独占的資本主義
独占がその中にいる人たちにとっていいことはわかった。では外の人たちにとってはどうだろう? 莫大な利益は社会の犠牲の上に成り立っているのでは? 答えはイエス。利益は消費者の財布から来るもので、独占企業は責められて当然だ。ただし、 そう言えるのは世界がまったく変化しない場合だけだ。
一方、現実の世界は常に変化している ── 僕たちは新しいものやより良いものを発明することができる。クリエイティブな独占企業は、まったく新しい潤沢な領域を生み出すことで、消費者により多くの 選択肢を与えている。クリエイティブな独占は社会に役立つだけじゃない。それはより良い社会を作る強力な原動力になっている。 政府でさえ、そのことを認識している。だからこそ、独占企業を取り締まる一方で(独占禁止法違反を訴追して)、独占を生み出すための政府機関が存在する(発明を特許で守る)。携帯アプリのデザインを最初に思いついたからといって、それに法的保護を与えていいかは疑わしい。でも、iPhoneのデザイン、生産、マーケティングによって生み出されたアップルの独占的利益は、社会に潤沢さをもたらした見返りであって、人為的に作られた稀少性から得られたものでないことは明らかだ。消費者は、高い値段を払っても欲しいと思えるスマートフォンを選ぶ自由を手に入れたのだから。
新たな独占が起こるそのダイナミズムを見れば、過去の独占がイノベーションを阻害していないことがわかる。アップルのiOSがリードするモバイル・コンピューティングの台頭で、マイクロソフトの長年にわたるOS市場の独占は大きく崩れた。それ以前に、六〇年代と七〇年代のIBMによるハードウェアの独占を奪ったのはマイクロソフトによるソフトウェアの独占だった。AT&Tは二〇世紀のほとんどの間、電話市場を独占していたけれど、今では誰でも数ある通信会社の中から安い携帯プランを選ぶことができる。もし独占企業に進歩を妨げる傾向があるなら、独占は危険だし、それに反対するのはもっともだ。でも、進歩の歴史とは、より良い独占企業が既存企業に取って代わってきた歴史なのだ。
他社のできないことをどれだけできるかで、成功の度合いが決まる。つまり、独占は異変でも例外でもない。 独占は、すべての成功企業の条件なのだ。
クリエイティブな独占環境
クリエイティブな独占環境では、社会に役立つ新製品が開発され、クリエイターに持続的な利益がもたらされる。競争環境では、誰も得をせず、たいした差別化も生まれず、みんなが生き残りに苦しむことになる。それなら、なぜ人は競争を健全だと思い込んでいるのだろう? それは、競争が単なる経済概念でもなければ、市場において人や企業が対処すべきただのやっかいごとでもないからだ。何よりも、競争とは イデオロギー なのだ。社会に浸透し、僕たちの思考を歪めているのが、まさにこのイデオロギーだ。僕たちは競争を説き、その必要性を正当化し、その教義を実践する。その結果、自分自身が競争の中に捕らわれてしまう ── 競争すればするほど得られるものは減っていくのに。
競争心が高じると、僕たちは昔の成果を過大に評価し、過去の成功をやみくもにコピーし始める。今、巷にはモバイル用のクレジットカードリーダーが溢れている。二〇一〇年一〇月、スクエア(*4) が、iPhoneにつないでクレジットカードをスワイプするだけで決済を可能にする、白い小さな正方形のカードリーダーを発売した。スマートフォン用の決済ソリューションとしては初めての、よく出来た製品だった。だけど、たちまち後発企業が同じような製品を続々と発売する。ネットセキュアというカナダ企業は半月形のカードリーダーを発売。インテュイットは筒形リーダーで参戦。二〇一二年三月にはイーベイ傘下のペイパルがオリジナル製品を発売した。その三角の形は、 四角 への対抗心の表われだった。このシェイクスピア的な競争は、使う形がなくなるまで続くのではないかと思えるほどだ。
https://gyazo.com/f228af582302805fddedc70ce71e03b4
競争は、存在しないチャンスがあるかのような妄想を抱かせる。九〇年代にはオンラインのペットストア市場をめぐって熾烈な闘いが繰り広げられた。ペッツ・ドットコム対ペットストア・ドットコム対ペットピア・ドットコム対その他もろもろの似たようなサイトの闘いだ。全員がライバルを倒すことにこだわっていた。それはサイト間にほとんど違いがなかったからだ。誰が犬のおしゃぶりを最安値で販売できるか、最高のスーパーボウル広告 を出すのはどの会社かといった小手先の課題にしか目を向けず、オンラインのペット用品市場にいることが本当に正しいかどうかと俯瞰する視点を完全に失っていた。負けるよりは勝った方がいいけれど、戦争自体に闘う価値がなければ、全員が負ける。ネット・バブルが崩壊して、ペッツ・ドットコムが破綻すると、三億ドルの投下資本が消えた。
独占企業の特徴
遠い未来に大きなキャッシュフローを生み出すのは、どんな企業だろう? 独占企業はそれぞれに違っているけれど、たいてい次の特徴のいくつかを合わせ持っている。プロプライエタリ・テクノロジー、ネットワーク効果、規模の経済、そしてブランドだ。
利用者の数が増えるにつれ、より利便性が高まるのがネットワーク効果だ。たとえば、友だちみんながフェイスブックを使っていれば、自分もフェイスブックを使うのが理にかなっている。誰も使わないソーシャル・ネットワークを選ぶのは変人だけだ。
独占企業は規模が拡大すればさらに強くなる。プロダクトの開発に関わる固定費(エンジニアリング、経営管理、家賃)は販売量の拡大にしたがって分散される。ソフトウェアのスタートアップは、販売増加にかかる限界費用 がほぼゼロに近いため、劇的な規模の経済の恩恵を受けられる。
多くの企業にとって、規模の拡大によるメリットは限定的だ。サービス業では特に独占は難しい。たとえば、ヨガスタジオを経営している場合、顧客の数は限られる。インストラクターを雇ったり、店舗を増やしたりして拡大することはできても、利益率はかなり低くとどまり、ソフトウェアのエンジニアと違って、いくら才能のある講師陣を集めても、数百万人のクライアントに価値を提供するほどの規模に達することはない。
ブランドとは、そもそも企業に固有のもので、強いブランドを作ることは独占への強力な手段となる。今いちばん強いテクノロジー・ブランドはアップルだ。iPhoneやMacBookの魅力的な外観と慎重に選ばれた素材、アップルストアの垢抜けたミニマリスト的デザインと顧客体験への厳格なコントロール、いたるところに見かける広告キャンペーン、ハイエンドメーカーとしての価格設定、そして今も残るスティーブ・ジョブズのカリスマ性といったすべてが、アップル製品を独自のカテゴリとして位置づけている。
これまでに多くの人がアップルの成功から学ぼうとしてきた。独自の広告戦略、ブランドストア、高級素材、注目されるプレゼンテーション、高価格、そしてミニマリスト的デザインでさえ、すべてを模倣することはできる。でも、そうやって表面を磨き上げても、その下に強い実体がなければうまくはいかない。アップルは、ハードウェア(優れたタッチスクリーン素材)とソフトウェア(特殊素材用に特別にデザインされたインターフェース)の両方で、一連の複雑なプロプライエタリ・テクノロジーを有している。大量生産によって、材料価格も支配できる。その上、コンテンツの生態系を通して強力なネットワーク効果を享受できる。数億人のアップルユーザーを狙って数万の開発者がアプリを開発し、豊富なアプリがあるのでユーザーはアップルのプラットフォームを離れない。アップルの一連の独占的優位性は偉大なブランドの陰に隠れているけれど、アップル・ブランドによる独占を強化しているのは、こうした本質なのだ。
独占を築く
スタートアップが狙うべき理想の市場は、少数の特定ユーザーが集中していながら、ライバルがほとんどあるいはまったくいない市場だ。大きな市場はいずれも避けるべきだし、すでにライバルのいる大きな市場は最悪だ。起業家が一〇〇〇億ドル市場の一パーセントを狙うと言う場合は常に赤信号だと思った方がいい。実際には、大きな市場は参入余地がないか、誰にでも参入できるため目標のシェアに達することがほとんど不可能かのどちらかだ。たとえ小さな足がかりを得たとしても、生き残るだけで精一杯になるだろう。壮絶な競争から利益が出ることはない。
規模拡大
ニッチ市場を創造し支配したら、次は関連する少し大きな市場に徐々に拡大してゆくべきだ。アマゾンはそのお手本と言える。ジェフ・ベゾスは創業時からすべてのオンライン小売市場を支配するというビジョンを持っていたけれど、極めて意図的に、まず本から始めた。書籍なら何百万タイトルでもカタログ化できるし、ほとんどすべてが同じ形状なので発送しやすい上に、書店が在庫を抱えたがらないような稀少本こそ最も熱心なユーザーを呼びこむことができる。書店から遠くに住んでいる人や、稀少本のファンにとって、アマゾンはなくてはならない存在となった。そこからアマゾンには二つの選択肢があった ── 書籍のユーザー数を拡大するか、周辺市場に拡大するかだ。アマゾンは後者を選び、本にいちばん近い市場から始めた。CD、ビデオ、ソフトウェアだ。アマゾンは徐々にカテゴリを拡大し、ついには世界一のデパートになった。
破壊しない
シリコンバレーは、いつからか「破壊」 にこだわるようになった。もともと、「破壊」という言葉は、新たなテクノロジーを使って低価格商品を開発し、それを次第に改善して最終的に古いテクノロジーを使った既存企業の高価格市場まで奪ってしまうことを指していた。PCがメインフレーム市場を「破壊」した時が、ほぼそうだった ── 当初PCはたいした脅威と思われなかったのに、その後市場を支配した。現在のPCに対するモバイルデバイスにも、同じことが起きるかもしれない。
でも今は、「破壊」という言葉がトレンディで新しい見かけのものを何でも指す自己満足的なバズワードに変わっている。一見ささいなこの流行は、起業家の自己認識を競争志向へと歪める点で問題だ。これは既存企業への脅威を表わすために提唱された概念で、スタートアップが破壊にこだわることは、自分自身を古い企業の視点で見るようなものだ。
ファーストムーバー・アドバンテージ、先手必勝とよく言われる。市場に最初に参入すれば、ライバルのいない隙に大きな市場シェアを握れるという意味だ。でも、先手を打つのは手段であって目的ではない。本当に大切なのは将来キャッシュフローを生み出すことであって、君が最初の参入者になっても、ライバルがやってきてその座を奪われたら意味がない。 最後の 参入者になる方がはるかにいい ── つまり、特定の市場でいちばん最後に大きく発展して、その後何年、何十年と独占利益を享受する方がいいということだ。
事例
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