イノベーションピッチ
新技術の是非
1.現在の技術のユニークな特徴は何か
2.新技術のユニークな特徴は何か
3.新技術の特徴によって取りのぞかれる「今までの限界」は何か
4.限界によって引き起こされている顧客の夜も眠れない問題は何か
5.限界が取りのぞかれた結果、顧客にどのようなアウトカムを約束できるか
6.そのアウトカムが顧客にとって重要な理由は何か
7.限界による悪影響を抑えるためにしてきた慣習、ルール、行動は何か
8.上記の慣習、ルール、行動のまま新技術を取り入れると何のロスがあるか
9.新たな限界は何か
10.新たな限界から便益を徹底的に享受するために、
どのような慣習、ルール、行動に変える必要があるか
11.ルールの変化を抵抗なく実現するために、技術にどのような変化が必要か
12.10倍以上変化したこと、または非連続的変化は何か
13.どのように変化を起こすか
新慣習ver
1.現在の慣習のユニークな特徴は何か
2.新しい慣習のユニークな特徴は何か
3.新しい慣習の特徴によって取りのぞかれる「今までの限界」は何か
4.限界によって引き起こされている相手の夜も眠れない問題は何か
5.限界が取りのぞかれた結果、相手にどのようなアウトカムを約束できるか
6.そのアウトカムが相手にとって重要な理由は何か
7.限界による悪影響を抑えるためにしてきたルール、行動は何か
8.上記のルール、行動のまま新しい慣習を取り入れると、どのような効果のロスがあるか
9.新たな限界は何か
10.新たな限界から便益を徹底的に享受するために、
どのようなルール、行動に変える必要があるか
11.ルールの変化を抵抗なく実現するために、新しい慣習にどのような変化が必要か
12.10倍以上変化したこと、または非連続的変化は何か
13.変化をどのように引き起こすのか
例
ミニ四駆
現在の技術の特徴は「電波で操作するラジコン」であり、「コストがかかる」という性質によって「子供にとって(欲しくてたまらないが)あまりに高くて手に入れられない」という現実に苦しんでいた。
この性質を取りのぞくことによって「自分のお小遣いでまかなえる」が実現でき、顧客が渇望していた「レースを楽しみたい」という重要ニーズを満たせられる。
私たちは「操作できない」という特徴をもった「ミニ四駆」を実現した。「まっすぐ自走する」という性質を持ち、今まで応えることができなかった重要な顧客のニーズを初めて満たすことができる。一言で「40分の1の値段」という革新的な強みを顧客に提供する。
ただし既存の性質の悪影響を抑える工夫「ゼンマイ式のオモチャでごっこ遊びをする」という慣習をしてきた。そのまま用いると真価を発揮できない。新しい技術の特徴を存分に活かすため「自走するだけでレース体験ができるコースの提供」という慣習を浸透させる必要がある。一方で技術にも、新しい制度で十分に効果が発揮できるように「コースやミニ四駆が傷まないように、ローラーを加える」を実施する。
SSD
現在の技術の特徴は「磁気記憶」であり、「機械動作」という性質によって「機械動作時間の累計が待ち時間となる」という現実に苦しんでいた。
この性質を取りのぞくことによって「レスポンスタイムが極めて短くなる」が実現でき、顧客が渇望していた「HDDの処理待ちの時間がほぼなくなり、PCの有効活用時間が増える」という重要ニーズを満たせられる。
私たちは「半導体記憶」という特徴をもった「SSD」を実現した。「電気回路動作」という特徴を持ち、今まで応えることができなかった重要な顧客のニーズを初めて満たすことができる。一言で「IOPS 500倍(100->50000)」という革新的な強みを顧客に提供する。
ただし既存の性質の悪影響を抑える工夫「様々なHDD用テクニック」という慣習をしてきた。そのまま用いると真価を発揮できない。新しい技術の特徴を存分に活かすため「それぞれの機能特性に合わせて利用する」という慣習を浸透させる必要がある。一方で技術にも、新しい制度で十分に効果が発揮できるように「規格の高速化。SATA->M.2」を実施する。
状況
ニーズが重要であり、ニーズが満たされていない期間が長ければ、顧客は満たされないニーズの苦痛に適応する方法を生み出す。そのためニーズは不可視となる。
コンテキスト
組織など、多くの人が絡む場合、人に納得してもらう必要が出てくる。何を何にの変化を明確に表現する必要がある。イノベーションは顧客に重要な事柄について10倍といったインパクトをもたらす。
UDE
新技術が上司や部下に伝わらない
どのくらいの期間をかけたらいいのかわからない
どれくらいやればいいのか分からない
コントロールできないことを制約として捉えがち
意思決定と評価
物理制約
市場制約
技術評価が難しい
技術評価ができない人を意思決定者にしてしまう。
人事評価制度の失敗
技術に保守的
新技術の何が凄いのかが分からない
新技術、上司が分からず他社から一週遅れ
新技術の成果が期待以下
商品開発の失敗
DE
非連続技術のパワーをスループットに変換する
技術が的確な値段で売れる
他社に先駆けてセールスに成功する
何をいつまでにいくらなのかがわかる
技術をどのように用いれば最大のインパクトになるのかが分かる
上司が理解できるように伝えられる
部下が分かるように伝えられる
技術の拡張とともに、ヴィジョンの拡張も行う
技術の限界の移動(拡張)とともに、ヴィジョンは何が拡張されたのか
解決策
チェンジザルール
そのままだと使いづらい
アイデアは素晴らしいけど使えない
人に伝わる
技術が評価できる
技術の評価の必要条件が分かる
検証できる
技術評価をロジカルに表現できる
「なぜいいのか」に答えられる
抑えるポイントを明確にする
バッファを増やす
心の余裕
金
スキル
キャパシティ
製品のVP
提供、信頼、可用性
教育、導入、付加サービス
安心安全
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イノベーションピッチ
第一次産業革命の主な特徴が工場の機械化だったとすれば、第二次産業革命を決定づける特徴は家庭の機械化だったと言える。一九世紀には蒸気機関が工場を変えたが、家庭には変化はなかった。対照的に電気は家庭にも革命をもたらす。
ゼネラル・エレクトリック(GE)やウェスティングハウスといった企業が平均的な市民の手の届く価格帯でさまざまな家電製品を売り出した。アイロン(初めて市場に投入されたのは一八九三年)、真空掃除機(一九〇七年)、洗濯機(一九〇七年)、トースター(一九〇九年)、冷蔵庫(一九一六年)、皿洗い機(一九二九年)、ドライヤー(一九三八年)等々。これらはすべてアメリカ人が発明したわけではないが、アメリカがその最大の市場だったし、アメリカの主婦が最大の恩恵を被ったことはまちがいない。いわゆる家電革命は、家庭を快適で楽しい場所にしただけでなく、主婦を無給の家事労働から解放した。女性が外に出て有給の仕事に就くようになると、アメリカの労働人口は急速に拡大し、家庭の所得は増えて購買力は高まる。エジソンはこうした未来を予想していた。彼は一九一二年にグッド・ハウスキーピング誌にこう書いている。「未来の主婦は、単調な家事労働の奴隷でも僕しもべでもなくなる。それほど多くの家事をする必要がなくなるので、家事に取られる時間が減るだろう。家事労働者ではなくなって家事エンジニアとなり、あらゆる家電製品を駆使するようになる。あれやこれやの電化製品は主婦の世界に革命をもたらし、女性のエネルギーの大半をもっと生産的な広い活躍の場に向けられるようになるはずだ(25)」。
ここで、一九〇〇年のアメリカの家庭を想像してほしい。ほとんどの家には電気が引かれておらず、セントラルヒーティングもなく、おまけに水道も引かれていなかった。(図6参照)。照明はロウソクか石油ランプである。当時の家庭は火事の危険と隣り合わせで、ランプや暖炉から火事になることが珍しくなかった。石器時代に発見された裸火にまだ頼っていたわけだ。セントラルヒーティングが普及する前は、暖をとるのは大方の家庭で暖炉しかなかった。薪か石炭を家の中に運び込み、灰を運び出し、毎日火を起こすのは退屈な仕事である。しかも家を暖めようとする懸命の努力にもかかわらず、ほとんどの部屋は冬の間外と変わらない寒さだった。「断熱材といえば隙間に詰め込んだボロ切れだけだ。部屋の天井近くは暖かく、床はどこもかしこも冷たい(26)」。アメリカの寝室で寒い夜をしのぐ手段といえば、台所のかまどで温めた鉄の塊かレンガをベッドに入れておくことぐらいである。そのうえ水道がないため、ほとんどのアメリカ人にとって木製かブリキ製のたらいに台所で温めたお湯を満たすことが風呂がわりだった。「二〇世紀前半になっても、労働者階級の家庭の主婦は通りの給水栓で水を汲んで家に運ばなければならなかった。農家の主婦が近くの小川か井戸から水を運ぶのとほとんど変わらない仕事だ。料理、皿洗い、風呂、洗濯、掃除など、あらゆる用途の水はどこかから汲んできて家に運び、排水を運び出さなければならなかった(27)」。
https://gyazo.com/4e25752cdab3fe8d8d55d876c7ed4d79
Greenwood, J., Seshadri, A., & Yorukoglu, M. (2005). Engines of liberation. The Review of Economic Studies, 72(1), 109-133.
農家の女性は農業と家事の両方をしなければならないため、とりわけ過酷な労働を強いられていた。家事に加えて、ニワトリの面倒を見るのは女性だったし、家畜の餌やりもしなければならない。そのうえに畑仕事を手伝うことも多い。農業省が一九二〇年に発表した報告によると、農家の女性の平均労働時間は一日あたり一一・三時間、夏場は一三・一時間に達するという。夏の間は余暇時間が一・六時間しかなく、冬はそれが〇・八時間増えるだけだ。調査に回答した女性の半数が朝は五時に起きている。大半の農家には水道が引かれていないため、朝食の支度をするにも近くの泉かポンプまで水を汲みにいかなければならない。もちろん朝食は(夕食も)電気の助けをいっさい借りずに作るのである。農村地帯に電気が引かれればこうした重労働の一部は解決されるだろう、と報告書は述べている。「農村に電気が普及すれば農作業の時間は大幅に短縮され、また主婦の仕事も非常に楽になるだろう(28)」。だが農村地帯の電化が本格的に始まるのは、フランクリン・ルーズベルト大統領が一九三六年五月二日に農村電化事業の設立を定めた法案に署名してからのことである。この法律によって、民間の電力会社が見捨てていた地方公共団体に政府の予算が投じられた。
家庭に電気が普及するにつれて、家電メーカーはさかんに主婦をターゲットに売り込みをかけ始める(図6参照)。一九三〇年代にインディアナ州マンシーで配られたパンフレットには「電気は無口な働き者」とあり、ゼネラル・エレクトリックの広告では「男の城は主婦の工場」と謳われている(29)。要するに、無口な働き者の家電製品を召使いに雇えば、退屈な家事に使われていた時間が自由になるというのである。今日ではたいして面倒でない家事も、当時はじつに大変な仕事だったことを忘れてはいけない。たとえば洗濯である。一九〇〇年の時点では、九八%の世帯が洗濯板を使って洗濯をしていた。まず薪か石炭をストーブにくべてお湯を沸かす。そして大きなたらいにお湯を張り、洗濯物を入れて手洗いする。それから絞って干して乾かす。次には、同じく重労働であるアイロンかけをしなければならない。電気のアイロンがない時代には、重い鉄製のこてを使う。すぐ冷めてしまうので、のべつストーブに突っ込んで熱くしなければならない。一九四〇年代半ばに実施されたある調査によると、電気洗濯機を使うと手洗いと比べ三時間一九分の節約になるという。また手洗いの場合には一回の洗濯で一〇〇〇メートル近く歩くことになるが、洗濯機なら一〇〇メートルで済むことがわかった。同様に、こては一回の作業に四・五〇時間かかるが、電気アイロンなら一・七五時間で済み、歩く距離もおよそ九〇%短縮された(30)。
特筆すべきは、電気が富裕層にも貧困層にも分け隔てなく普及したことである。もちろん、最初に電化製品を取り入れたのは裕福な家庭だった。だから同じ通りに住んでいても、中世以来の手洗いをしている主婦もいれば、電気洗濯機を使っている主婦もいた。だが時が経つにつれて、電気や水道の普及と並行して家電製品の価格がどんどん下がり、大方の家庭の手が届くようになる。全国電灯協会(NELA)が一九二一年にフィラデルフィアの家庭を対象に電化製品の普及状況を調べたときには、回答者の半数以上が持っていると答えたのはアイロンと真空掃除機だけだった。冷蔵庫の普及はやや遅かったが、これはアイスボックスが安価な代替品だったことが一因ではあるものの、やはり冷蔵庫が高価だったからだ。一九二八年の時点では五六八ドルもした。しかし急速に値段が下がり、三一年に一三七ドルになると、冷蔵庫は驚くべき勢いで普及する。冷蔵庫だけでなく、他の家電も同様の傾向を示している。一九二八年に最も安価な洗濯機には三週間分の所得に相当する値札がついていたが、真空掃除機は一週間分、アイロンは一日分で十分買うことができた(31)。
やがて平均的なアメリカの家庭では「電気で動かないのはカナリアと門番だけ」と言われるようになる(32)。家電製品の値段が下がって最大の恩恵に与ったのは低-中所得の世帯だった。富裕層は使用人を雇って面倒な家事や重労働をやらせていたが、ついに低-中所得層も電気で動く使用人にやらせることが可能になったのである。一九四〇年までには、家電製品の利便性は膨大な数の家庭に行き渡っていた。この頃から、貧富の如何を問わずすべての市民が電気、ガス、水道、下水道にアクセスできるようになる。洗濯機、冷蔵庫、皿洗い機などは価格によって貧困層への普及が遅れることはあっても、大量生産と割賦販売のおかげで大半の家庭が買えるようになっていった。
一九五〇年代における中流階級の標準的な健康・衛生状態を維持しようとしたら、一八五〇年代の主婦は使用人を三人か四人雇わなければならなかっただろう。だが家電のおかげで一九五〇年代の主婦はそれを文字通り片手でこなすことができる(35)。