一人称研究
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これまでの科学は、普遍的な知見を得たいという主義に縛られるあまり、被験者をたくさん集め多くの被験者で成り立つ共通構造を見出すという研究方法を採用してきました。心理学の一大勢力である実験心理学の分野では、そういう研究方法が支配的です。被験者が数少ない、更には N=1(実験心理学では被験者の数をNで表すことが多いです)の研究を、普遍的ではない、実用性に欠けると批判し、評価を下げる傾向があります。
ある被験者が、あるときに遭遇した一回きりの状況において、臨機応変に対処した一回きりの「知の現象」を、まずは普遍的知見を得ようという思いを保留して、個別具体的状況をつぶさに観察・記述し、その記述のなかに臨機応変さの源泉の姿を見出そうとすることが必須なのです。
一人称研究の思想は、普遍的な知見は必要ないと豪語するものではありません。むしろ、普遍的な知見に到達する方法として、従来科学とは異なる方法があり得るのではないかと問い、その試行錯誤を学会全体で行いましょうと呼びかけるものです。
まずは、個別具体的な状況における一回きりの現象をつぶさに記述したデータに基づいて、知の姿についての新しい仮説を立て、その仮説に先見性を感じた研究者(本人でも他研究者でもよい)が、それが成り立つ他の現象を探す。そうやって次第にNの数を増やすことで、仮説を実証したり、普遍に近づいたりするのがよいのではないかと。
出典
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