マッチ・クオリティー
「マッチ・クオリティー」は経済学の用語で、ある仕事をする人とその仕事がどのくらい合っているか、つまり、その人の能力や性質と仕事との相性を表す言葉だ。
ノースウェスタン大学の経済学者、オファー・マラマッドがマッチ・クオリティーを研究しようと思ったきっかけは、彼自身の経験にあった。マラマッドはイスラエルで生まれたが、父親が海運会社で働いており、9歳の時に家族で香港に引っ越し、そこでイギリスの学校に通った。イギリスの学校制度では、高校の最後の2年間のうちに自分の専攻を決める必要があった。「イギリスの大学に出願する場合は、特定の専攻を決めて応募する」とマラマッドは私に語った。当初は、父親がエンジニアだったので自分も工学がいいだろうと思っていた。だが、最後の最後で、専攻を決めないことにした。「何をやりたいのかわからなかったから、アメリカの大学に出願した」とマラマッドは言う。
専門特化のタイミングを研究するために、無作為抽出した人を使った実験はできないが、マラマッドはイギリスの学校制度を利用して自然実験(実社会に自然に生じた現象の原因と結果を観察・分析・考察する)ができることに気づいた(注18)。当時、イングランドとウェールズの生徒は大学に入る前に専攻を決めて、専門的な狭い範囲のプログラムに応募しなければならなかった。それに対してスコットランドでは、大学の最初の2年間はさまざまな分野の学習が求められ、それ以降もいろいろな学問を試しに学んでみることができた。
どの国でも、どの大学の課程でも、学生は専門的な分野のスキルを学び、それを通じて選んだ分野と自分とのマッチ・クオリティーを知ることができる。学生が早く専攻を決めれば、専門的なスキルをより多く身につけられる。反対に、いろいろな学問を試したあとでゆっくり専攻を決めれば、就職する際に、専門分野の知識は少ないが自分の能力や性質に合った仕事かどうかを、よりはっきり感じられる。果たして、どちらのほうがいいのだろうか。
マラマッドは次のようにまとめた。「マッチ・クオリティーの向上による効果は、(中略)スキル取得の遅れによるマイナス分を上回る(注21)」。学問やスキルを学ぶことは、自分自身について学ぶことほど重要ではない。さまざまな分野の探索は、ちょっとした贅沢ではなく、教育の中心的な課題なのだ。