パーキンソン病
2000年代初期に、イギリスのカーディフ大学教授の神経科学者アンドリュー・ローレンスのチームが、パーキンソン病の患者にいくつか奇妙な依存的行動が見られることに気づいた。そもそもドラッグのヘビーユーザーとパーキンソン病患者の典型的性質に共通点はほとんどない。薬物常習者は若く衝動的であることが多いが、パーキンソン病患者はたいてい高齢でおとなしい。パーキンソン病の特徴である筋肉振戦〔ふるえのこと〕にわずらわされずに人生の最後の数十年を楽しみたいと願っているだけだ。
唯一、彼らが薬物常習者と重なる点は、振戦を緩和するために極めて強力な薬を常用することだ。「パーキンソン病の症状はドーパミン欠乏によるものであるため、この病気にはドーパミンを補充する薬で治療を行う」とローレンスは述べている。
ドーパミンは脳の複数の領域で生成され、多種多様な効果を生み出す。身体の動きを制御するほか(だからドーパミンが不足するパーキンソン病患者は身体が固まったり不随意に動いたりしてしまう)、報酬や快感に対する反応の形成にも大きな役割を果たす。つまりドーパミンを補う薬は、パーキンソン病の振戦に対処すると同時に、快感や報酬の一形式としても作用するのだ。多くの患者は、ほうっておくとドーパミン補充薬に対する依存症を発症するため、神経外科医は投与量を慎重に管理する。
だが、ローレンスらのチームが一番興味深く感じ、また困惑したのは、その点ではなかった。
「患者たちは薬をためこむ傾向があった。また、一部の患者が行動嗜癖の特徴を示していた。ギャンブル、買い物依存、過食、過剰な性行為への衝動などが報告されていた」
ローレンスが2004年に発表した分厚いレビュー論文は、こうした症状の一部を紹介している。
ある男性患者は会計士で、半世紀も真面目かつ慎重に金銭を扱う人生を送っていたのだが、パーキンソン病になってからギャンブルをする習慣がついてしまった。昔はギャンブルなど決して手を出さなかったのに、突然、そのスリルに心を惹かれるようになったのだ。最初は控えめに賭けていたが、すぐに週2、3回はギャンブルに通うようになり、それが毎日になった。老後のために苦労して貯めたお金が、最初はゆっくり、やがてどんどん目減りしていき、ついには借金ができた。男性の妻はパニックになり、息子に頼んでお金を用立ててもらったが、その援助は男性のギャンブル依存症の火に油を注いだだけだった。妻はある日、夫がゴミ箱を漁っている様子を目にしている——前日に彼女が破いて捨てた宝くじを取り戻そうとしていたのだ。
何より悪いことに、なぜ性格が変わってしまったのか、本人にも説明ができなかった。ギャンブルをしたいわけではないし、生活を支える貯金をドブに捨てたいわけでもない。ただどうしてもやめられないのだ。ギャンブルをしたい気持ちと闘っていると、もう頭の中はそのことだけでいっぱいになってしまう。ギャンブルをすることだけが、彼の心を落ち着かせてくれるようだった。
別の高齢患者で、性的なフェチズムを芽生えさせたり、配偶者に1日中性行為を求めたりする例もあった。ある男性は昔からTPOに合わせた服装をしていたが、とつぜん水商売のような服装をしはじめた。ネットで見られるポルノに激しく執着する患者もいた。ずっと健康オタクとして生きてきたのに、キャンディやチョコレートを過食するようになって、2、3か月で驚くほど体重を増やした患者もいた。おそらく一番奇怪な例は、自分のお金を人にあげることをやめられなくなった男性患者だ。銀行口座が空になると、今度は持ち物を配りはじめた。
スコットランドの人気コメディアン、ビリー・コノリーも60代後半でパーキンソン病を発症し、ドーパミン補充薬の服用を始めている*10。彼も行動嗜癖がエスカレートし、そのせいで治療をストップしなければならなかった。深夜のトーク番組に出演した際、司会のコナン・オブライエンに、「医者が俺の治療を中断してね。効果より副作用のほうがひどいから、って」と語っている。
パーキンソン治療薬は非常に強いので、患者の半数ほどが、何らかの形でこのような副作用を発症すると考えられている。