自然主義的誤謬
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事実命題(X is Y)が真であることから、規範命題(X should be Y)が真である、と結論づけること。 あるいは事実判断から、価値判断を引き出すこと。
自然主義的誤謬についてはピーター・シンガーのExpanding Circle でおこなわれている議論が難しくなさ過ぎて良いです(訳したい。Expanding Circle は読みものとしての面白さもそれなりに追及されているのがえらいのよね。『進化倫理学入門』ですらちょっと難し過ぎるわけだし。「自然に訴える論証」のほうです。『道徳の哲学者たち』大学生の頃に読んだ以来だから久しぶりに読み返したいんだけれど、絶版でAmazonだとべらぼうに高くなっているし、区立図書館には置いていないな 進化論を前提にすることには、「〜である」と「〜すべき」を直結させてしまう「自然主義的誤謬」の危険が付きまとう。たとえば「男らしさ」や「女らしさ」の背景には生物学的な要素が存在するからといって、「男性は男らしい振る舞いをすべきである」とか「社会は男女の性別役割分業を維持すべきだ」という結論が導かれるとは限らない。進化論からも導かれる「事実」と「規範」は別物であり、「規範」について考えるためには、哲学・倫理学の考え方が必要となるのだ。 自然主義的誤謬については正確性が微妙なので、「価値的議論は、前提に価値主張を含むかたちに再構成できる」を採用している
p193 倫理的概念を事実で定義するという過ち。「人々がその規範を受け入れている」と言うのは社会的事実についての事実主張で、そのことと「その規範が正しい」ことは等値ではない
善いかどうかは「時と場合」による。しかし科学とは「いつでもどこでも」成り立つ普遍的な事実。
うーん?wggkkiwat.icon