電子書籍
多くの人は、本は昔からあって、ネットはつい最近だ、と反論したいところだろう。 しかし、今のような印刷書籍が社会一般に普及し始めるのは、 日本でいえば明治になってからだし、沢山の本が出揃い、値段も手頃になり、書店がどこにでもあって、誰でも買えるようになったのは、 戦後からだといっても良いだろう。ほんの数十年まえのことだといえる。 電子書籍なんて新しいものはまだ受け入れられない、という人が多いようだけれど、表紙にカラーのイラストがある文庫本だって、 ちょっとまえにはなかった。 超新しいのだ。大差はない。読書の価値 / 森博嗣・60ページ
本も、そういう意味では、これからメディア的に変貌するはずである。 もともとは、 活字しかなかった。 図や写真を入れることは、 特別な技術を要し、 印刷などの費用も余分にかかった。 たとえば、 カラーの絵や写真は、印刷だけでなく紙も相応しいものを選ばなければならない。 今でも、カラーのページは制限されている。全ページをフルカラーにすると本の値段が上がってしまうから、 それだけ売れにくくなったりする。これらは、本が 「印刷」 という技術に依存したメディアだったからだ。 電子書籍が普及し、その種の制限は数年でなくなるだろう。 現在ではまだ、印刷された書籍が 「書籍」であり、デジタルで配信される本は「電子書籍」と区別されているが、年々電子書籍は増加し、印刷書籍は減少している。 僕は、五年ほどまえに書いた本で、「五年で、両者は入れ替わる」と予測したのだが、 残念ながら、 そこまで急激には変化しなかった。読書の価値 / 森博嗣・69ページ
電子書籍になれば、本の中の図や写真は、動画になるだろう。もちろん、音も出るわけだから、 音楽も含まれる。 そもそも、映画には、声も音楽もある。 小説に音楽がないのはどうしてなのか? 実物は動いているものなのに、どうして静止した映像を用いなければならないのか? これは、天然色のものを見ているのに、どうしてわざわざ写真を白黒にしたのですか、 と子供が質問するのと同様だ。 新たなものを取り入れているのではなく、より自然になっていく (戻っていく)だけの方向性なのである。 また、プログラム的なものが組み込めるから、 読者が選択し、 それに応じて内容をカスタマイズできるようになるだろう。 場合によっては、ストーリィも好みに合わせて選べたりする。 ゲームのようなものだ。 また、 AI(人工知能)的なものを組み込めば、 本に質問をして、答えてくれるようになる。 人生相談もできる。 医療の本ならば、簡単な診察ができるだろう。 そういった機能も含めたものが、 これからの 「本」 といえる。 それが本なのか、と疑問に思う人もいるはずだ。 たしかに、 もう今の本の形ではなくなる。 そもそもハードではなくなる。一冊という概念が消えて、 どこで始まってどこで終わったともわからない様相となるかもしれない。 他の作品とリンクし、また一部であっても利用できる。 そういった柔軟性を持つはずだ。こうなってくると、作り手のデザイン力が試される。 本を 「賢い友人」とするために さて、そんな未来において、 「本」は、限りなく「人」に近づいているはずだ。 一冊の本ではなく複数の本で、あるいは本以外のものを含めて、仮想の人格となって、ユーザの相手をしてくれるものになるだろう。読書の価値 / 森博嗣 70ページ