百敷や古き軒端のしのぶにもなほあまりある昔なりけり
https://gyazo.com/a901f793769d1626f9a87317475fe698
絶対に翻訳不可能。日本語話者だけ、どころか「言語をひねくりまわす暇ばかりあった、超ハイソ&カシコたちにしか理解できないハイコンテキスト」の塊みたいな和歌が百人一首には少なくないのでは。一首も覚えてない自分が言うのもなんだが、そう予想させるに十分な一首である。順徳院のこの歌も順徳院が誰で、百敷とは何で、しのぶが何を指すのかがわからなければ、ほとんどまったく歌の意味がわからない。というわけで、百人一首。自分もとにかく最初の入り口は「わかんない」「わかってたまるか」から入ることにする。「わかんない」から入ったほうが「わかる」こと、多いし。 順徳院は後鳥羽院の息子で、父とともに承久の乱を起こし、佐渡に島流しになった人だ。歌の意としては「昔はよかった」と言ってるだけなのだが、日本史の歴史に燦然と輝くクーデターに失敗したex天皇が嘆く「昔はよかった」だ。そりゃさすがに重みってやつが違うだろう。そう思って『歴代天皇総覧 』を見ると、佐渡に島流にあってから20年は生きていたらしい。が、この歌自体は承久の乱の五年前に詠まれたものなので、島流し先で都を思い「ぐぎぎ......」と歯ぎしりしてる歌、というわけではない。乱を起こす前、その時、既に順徳院的には「昔はよかった」だった、ということだ。 ということはどういうことか。それが意味することは何かというと、この歌は、その時点で既に「わかる」やつが見れば「順徳院、討幕に動くのでは?」と気づいてしまう、というか、気づかせるための歌だったかもしれない、ということだ。「昔はよかった」は一見、先人や歴史に思いを馳せてるだけのようでいて、その実「クーデターその予告編」そのものなのである。革命、レボリューションとは語義の通りに言えばrevolve=「回転させること」「ひっくり返すこと」。「もっかい昔のあの頃に戻せ!」なのだから、「昔はよかった」は「今はよくない」「今はゴミ」「今の世の中牛耳ってるヤツはクズでカス、早く死んだほうがいい」だったりするのである。 昨今ミュージシャンやアーティスト、芸能人や俳優が「政治的であること」がSNS上で非難されることがあるが、「動物実験に反対します」でも「国葬に反対します」でも、何もはっきり言うことだけが政治的かというと、さにあらず。近代どころかポストモダンにズブズブな我々現代人からすれば、動画でSNSで「できるだけたくさんの人に伝えようとする」ことだけが「政治的」かもしれないが、昔の人にとっては「伝わらないように伝える」「伝わってほしい人以外には伝わらないように伝える」こそが「政治的」だった。かくして言いたいことも言えないこんな世の中にあって、「昔はよかった」は最高にポリティカルな主張なのである。こんなこと、昔はいちいち言わなくてもみんな理解してたんだろうけど。 「百敷」とは宮中のこと。「や」は詠嘆。「しのぶ」はもちろん「偲ぶ」という動詞なのだが、そこは和歌。掛け言葉ってやつで忍草と掛けているらしい。「宮中の古い軒端に生えてる忍草」ってことと「(昔を)偲ぶ」のダブルミーニングなのだけど、忍草というシダ植物にかこつけて「忍ぶ」、つまり「我慢する」「耐えている」と言っているわけだ。宮中の古い軒端に生えてるシダ植物を見ながら、忍耐とノスタルジーをともに爆発させている。こういうことを言った5年後に人は暴力による体制転覆を試みるのである。覚えておこう。 「なほあまりある」は「しのんでもしのびきれない」という意味だろう。これは「偲んでも偲びきれない」であるのだが、忍草のダブルミーニングのせいで「忍んでも忍びきれない」かもしれない。じゃがたらに「もうがまんできない」という歌がある。曲のタイトルは「もうがまんできない」なのだが、歌詞では「心のもちようさ」と歌われる。順徳院が詠む歌はまさに江戸アケミの歌う「もうがまんできない/心のもちようさ」である。爆発させること、爆発してしまうこと。それは「そんなもん」だったりするのだが、問題は「今にも爆発しそうでしない、緊張したこの状態」なのだ。これがいつまで続くのか。人は「心のもちようさ」と呟くその同じ心で「もうがまんできない」と強く思う。アンビバレントとはそういうことなのだが、偲べば偲ぶほど、忍びきれぬが人の心。古い軒端のシダみてーに、宮中百敷にしがみついてる俺ら貴族、くっ、このままでいいのかよ......。 百という数字が入っていることから、この歌が「百」人一首の最後の一首ということになっている。何でも数字を入れておけば、そういう機能も果たすのかと思うが、こうして百人一首は「昔はよかった」という革命のファンファーレで幕を閉じる。百という数字の単なる語呂合わせにかこつけてまで、しかし大トリにこの一首「昔はよかった」を持ってきた選者は一体何を考えていたのか。ポリティカルなんてバカには伝わらないようにバカに伝えていくものでもあるのだ。 ちなみにこの百人一首のかるたを誕生日プレゼントに贈ってくださったのが、ももしきやさんである。彼女の名前「ももしきやなお」もここから来てるのは言うまでもない。 https://pds.exblog.jp/pds/1/200709/10/03/e0039703_093052.jpg