快楽
私たちの脳内にシーソーがあると想像してみよう。 支点のある秤である。 何もその上に載っていない時は、地面と平行になっている。 私たちが快楽を感じると報酬回路にドーパミンが放出され、シーソーは快楽の側へ傾く。シーソーが傾けば傾くほど、 また早く傾けば傾くほど私たちは強い快楽を感じる。 しかしこのシーソーについては重要な事実がある。 シーソーはなるべく水平を保とうとする。 長い間どちらか一方に傾いていることを望まないのだ。 快楽の側へ傾くたびに、 強力な自己調整メカニズムが働いて水平へと引き戻そうとする。 この自己調整メカニズムは意識的な思考も意志の作用も必要としない。 ただそうなるのであって、 反射のようなものなのである。ドーパミン中毒 アンナ・レンブケ・58ページ 似たような快楽刺激に繰り返し晒されていると、 快楽の側へのシーソーの最初の傾きが弱く、 短くなる一方で、事後反応の苦痛の側への偏りは強く、長くなってしまうのだ。 科学者が「神経適応」 と呼ぶ過程である。繰り返しによりグレムリンは大きく、早く、 多数になるので、前と同じ効果を得るのにより多くのドラッグが必要になるのだ。 快楽を得るのにより多くのドラッグを必要とすること、あるいは、一定量の摂取で前より少ない快楽しか感じられなくなることを 「耐性」と呼ぶ。 耐性は、依存症発症の重要な因子だ。ドーパミン中毒 アンナ・レンブケ 60ページ 依存症のある患者の話を聞いていると、 ドラッグがもう効かないというポイントにどう辿り着くかがよくわかる。彼ら彼女らはもう全然ハイになれないのだ。 それでも、 ドラッグを摂らなければただ惨めになるだけである。 依存性のある物質が引き起こす禁断症状として典型的なものは不安、 過敏症、不眠症、 身体的違和感だ。快楽と苦痛のシーソーが苦痛の側へ傾いていることが、 ある程度長い期間、薬を断っていたとしてもまた手を出してしまう原因だ。 苦痛の側へシーソーが傾くと、 ただ普通の状態になりたい (水平状態を取り戻す) ためにドラッグが猛烈に欲しくなるのだ。ドーパミン中毒 アンナ・レンブケ・62ページ ただこれも言っておこう。 充分に長く待てば、 脳は (通常は) ドラッグがもう来ないことに再適応し、 元のホメオスタシスを取り戻すことができる。 シーソーが水平に戻るのである。水平になれば再び、 日常のシンプルな報酬に喜びを感じられるようになる。 散歩に出る喜び。 日の出を見る喜び。 友達との食事の楽しみ。 それらに気付けるようになる。ドーパミン中毒 アンナ・レンブケ 63ページ