トイレと風呂
トイレの目的は「排泄」
トイレという性別分けスペースの話になると、 「トイレは身体で分かれている」 とか 「戸籍の性別に従ってトイレを使っている」 とか、 答えたくなる人は多いようだ。 でもいま確認したように、 それらは実際のトイレの使われ方とはあまり関係がない。 誰しも排泄のためにトイレを使うし、そのとき女性は女性用のトイレを使い、 男性は男性用のトイレを使う。 加えて、 「女らしい」 見た目や「男らしい」 見た目だと、 トイレの使いやすさが上がる、 それだけのことだ。 ここには、戸籍謄本や染色体の検査結果、ましてや外性器の形なんて出てこない。トランスジェンダーQ&A 素朴な疑問が浮かんだら高井ゆと里周司あきら 30ページ 現状の性別実態によって性別分けスペースは利用されている
こんなふうに、 性別分けスペースが曖昧な尺度で運用されているのはなぜだろうか。 それは、日常生活のなかですでに「生活上の性別」 が形成されていて、 性別分けスペースはその延長で利用されているにすぎないからだ。だから、 「いまどんな性別で生活を送っているか」 という実態に反して、 「あっち」 の性別分けスペースを利用することは基本的にありえない。 女性として生活している人は、駅では女性用のトイレを使うし、 カラオケの女性フロアに案内されるし、女性としてマッサージ店で接客される。トランスジェンダーQ&A 素朴な疑問が浮かんだら高井ゆと里周司あきら• 31ページ トランスジェンダーの女性を例にとろう。 まず、 その女性が性別移行を経ていない場合、 周囲から男性として認識されている状態にあると考えられる。その状態では、公共の場の女性用トイレを使うという選択肢は浮上しない。また、「異性」 であるはずの男性たちが排泄している横を通ったり、 同じ空間を使うのは居心地が悪い、 安全でないと感じて、 男性用トイレを使えないと感じている人である可能性もある。 こうして彼女は、男女別のトイレを使えなくなる。 また、 性別移行の途上だったり、安定的に「女性」として見なされない状況にある場合も、やはり使えるトイレの選択肢は激減する。 いま挙げたような状況の人たちが、 トイレに困っている人たち。それに対して、すでに女性として生きているトランスの女性については、 (心身の特徴が現在のトイレの設計とマッチしている健常者なら) 困りごとはとくに発生しない。 女性として生きているから、 女性用トイレを使うだけだ。トランスジェンダーQ&A 素朴な疑問が浮かんだら高井ゆと里周司あきら・140ページ 個々の具体的状況によって異なるから一般論だけでは語れない
トランスジェンダーに最も必要なのは性別を問わないスペースを増やすこと
いまトランスの人たちの「トイレの困りごと」をなくすために最も必要なのは、何よりも性別を問わないトイレを少しでも増設することだ。 「男性用」でも「女性用」 でもないただの「トイレ」 が、安全な環境でもっと多く使える環境が望ましい。 現在のトイレ利用の「キー」になっている 「性別らしさ」の基準 (ジェンダー規範)が暖まることももちろん大事だけど、そういうソフト面での変化だけでなく、 ハード面での改善も必要だ。 性別を問わないトイレ、 つまり 「性別らしい外見」 を要求されないトイレを増やせば、 自分のアイデンティティとは異なる性別のトイレを使わなくてすむし、周囲からどんなふうに見えているのかを心配せずにトイレを使える人も増える。トランスジェンダーQ&A 素朴な疑問が浮かんだら高井ゆと里周司あきら 143ページ ここで、「トランス女性は女性用トイレを使いたいの?」 という疑問に戻ろう。 そりゃあ、 異性である男性と一緒に男性用トイレの利用を強いられるよりは、日常的に女性として生活できるようになって、 何不自由なく女性用トイレが利用できたほうがいい、というトランス女性は多いに決まっている。 でもそれは、トイレに限らず、生活のあらゆる領域で女性として生きていきたい、という意味だ。 それとは違って、 男性として扱われたり認識されたりすることが多いにもかかわらず、 トイレだけ「女性用トイレ」 を利用したいですか? と聞かれれば、 そんな問いにイエスと答える人はいないだろう。そうした状況のトランス女性が望んでいることは、 女性用トイレを使うことそれ自体ではなく、 女性として自然に生きられること、そして、外出先で不自由なくトイレを使えるようになることだからだ。 もちろん、 その願いがかなったときには、彼女は女性用のトイレを使うことになるだろうけれど、それは彼女が「女性用のトイレを使いたい」 という希望をもっていることを意味しない。 だから、「トランス女性は女性用トイレを使いたいの?」という疑問は、全然フェアじゃない。 そこで「女性用トイレを使いたいです」と応じれば、 「ほら、 トランスってわがままだ」 と迷惑がられるし、 「女性用のトイレを使いたくないです」 と答えれば、 「じゃあ一生男性用のトイレを使えばいいじゃん」と返されてしまう。「ほら、お前は男だ」といわんばかりにね。 ひっかけ問題みたいで、卑怯きわまりない疑問だといえるだろう。トランスジェンダーQ&A 素朴な疑問が浮かんだら高井ゆと里周司あきら 147ページ それに、そもそも (犯罪という) 不当な利益のために 「トランス女性のふりをする」 人がいる、という筋書きにも無理がありすぎる。 トイレで「トランス女性かな」 と思われている時点で、ある意味ではもう目立ってしまっているのだから、そうやって周りの注目を集めてしまった時点で、犯罪の遂行には不利だと思うよ。 それをいうなら、せめて「女性のふりをする」 じゃないかな。 いずれにしろ、 性別適合手術とは関係ない話だ。トランスジェンダーQ&A 素朴な疑問が浮かんだら高井ゆと里周司あきら 152ページ トランスの人にとっての公衆浴場は、 いってしまえば 「パスの最奥地」 だ。 「生活上の性別」 が、 本来扱われるべきジェンダーアイデンティティに沿った性別の側で安定して、なおかつ、 何らかの医学的措置を受けて 「身体の性的特徴」が変わって、 裸になってもその性別として自然に認識されるところまでたどりついてようやく、 公衆浴場を利用するかどうかという選択肢が浮上する。 公衆浴場は脱衣がメインの空間だから、 着衣状態でかまわないトイレ以上に 「その空間にいてもいい性別としてパスできていること」 が求められる。 だから、現実にはごく一部のトランスの人しか、 自分のジェンダーアイデンティティと生活実態の両方に沿った公衆浴場を利用できていないんだよ。トランスジェンダーQ&A 素朴な疑問が浮かんだら高井ゆと里周司あきら・159ページ 現実には、トランスの人たちは公衆浴場から徹底的に排除されている。 この排除 (とりわけ教育現場と避難所でそれ)をなくすにはどのような工夫や啓発が必要か? という問いこそが、本来問われるべき問いだよね。 それなのに、こうした現実を無視して 「トランスの人たちは現時点でまったく公衆浴場の利用に困っていないどころか、むしろ本来は入れないはずの異性の公衆浴場にも入れる世界を求めている。 そんな要求を認めたら安全が損なわれるから、 トランスの人たちにこれ以上の (過剰な) 権利を認めるべきでない」 なんて言う人がいる。トランスの人たちに対する排除を存置し、むしろ憎悪を扇動する行為だ。トランスジェンダーQ&A 素朴な疑問が浮かんだら高井ゆと里周司あきら ・ 163ページ