おかえりアリス
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これでテーマが「男をおりる」だってことに大変びっくりした。「男である」ことの間違いではないのか??? 「男である自分を受け入れたくない、受け入れないで生きるにはどうすればいいか」というテーマだそうだが、この作品に一切出てこないことがある。それが「ジェンダー」なんだよね......。 出てくるのは性欲性欲性欲の話だけ。主人公が性欲に翻弄され、女の幼馴染の三谷結衣ともやってしまうわ、同じく幼馴染で途中からジェンダーエクスプレッションが女性になった室田慧ともやってしまうわ、すべてがとにかく性的な欲求で流され、そこに抗えないことをもってして、自分は汚らしい男性性にとらわれている、もうイヤだ、おりたい!!!という表現に収斂してしまっている。
相変わらず最初はかわいい女の子の三谷が途中でものすごく汚くキツく見えてくる描写の妙や、心象風景の表現は大変素晴らしいのだが、こんなの見たって、女性からしたら「悩みが性欲だけかよ」ってツッコミくらうだけだろう。
むしろ「周囲の状況に流されて自分では何一つ決定できない」こと自体が、いかにも日本の男性の社会的役割という感じで、ここでは身体的などうしようもない性欲のように描写されているが、これこそ正しく男性ジェンダーの表現になっているのでは。 そして途中、主人公の亀川洋平は三谷とのセックスを「こんなの楽しくない」「イヤだ」と言って断るのだけど、ここにきちんと男を受け入れた上で、自分で自分の性欲と向き合い、でもそれを自分の意思で統治する素晴らしい答えが出ているのだけれど、「性器がついてるからこんなことになる」と思い詰めた主人公はとんでもない行動に出て......。え???と目を疑った。そういうことじゃなくない?
周囲の人間に欲望からグリップされて、何一つ自分の意思で行動決定できない、なんなら「何が欲しいか」すら自分で決められない主人公は「血の轍」の主人公とそっくりの他律型不能人間で。血の轍は素晴らしかったので本作も期待していたがガッカリ。著者は男性であることがイヤで、女性になる夢想をよくしていたようだが「男性が女性になる」こと自体を「女性の権利を奪う」ことだみたいなことが後書きで書かれていたりして、これもトランスジェンダーの話などが頭に入っているのだろうか?と大変心配になる。 表現が上手く、漫画としておもしろく、本人の狙っているテーマ性自体を描けけているのだが、そのテーマをその狙いでそうやって描くことの無責任さや問題が一切抜けてる感じ。