USVsの種類と "どっちが鳴いてるか" 問題
ここでは、pupUSVsではなく成体マウスのUSVsの種類について整理したい。
最初に整理をしておくと、2022年8月現在、既知のマウスUSVsの種類は以下の通り。
pupUSVs:顕著に観られる
雄から雌への求愛発声(M-F):顕著に観られる
雌どうしのUSVs(F-F):顕著に観られる(一応)
雄どうしのUSVs(M-M):観察される頻度は低い(観察されても回数が少ない)
ちょっと言い方を変えると、
仔マウスは母や巣から引き離すと(独りで勝手に)鳴く
雄♂は雌♀に鳴く(雄にはほとんど鳴かない)
雌♀は雌♀に鳴く(雄にはほとんど鳴かない)
ということになる。
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ここではまず、M-F、F-F、M-M文脈において「どっちが声を出しているのか」を中心にまとめていく。
【「どっちが鳴いてるか問題」を最初に扱ったと思われる研究】
このことを考える際に引用すべき最も古いと思われる論文がこちら。
Whitney, G., Coble, J. R., Stockton, M. D., & Tilson, E. F. (1973). Ultrasonic emissions: Do they facilitate courtship of mice? Journal of Comparative and Physiological Psychology, 84(3), 445–452. https://doi.org/10.1037/h0034899 ※この論文では、F-FのUSVsはほぼ観察されないと言っているのだが、後に筆頭著者のWhitneyは、Maggio & Whitney (1985) で「F-F USVsは顕著に観られる発声だ!(M-Fと同程度に)」と発表している。しかし、Whitney (1973) が後の世から見て間違った知見の論文かと言えばそうでもなく、大変有用な知見に溢れている(can-no.iconには輝いて見える)。
この論文は、5つの実験から構成されているので、私のためにも一つ一つ見ていきたい(メモしていきたい)。
使用された系統はB6(J)とBALBを交雑したF1。
Experiment 1
この実験では、"each animal was tested in both a like-sex and an opposite-sex pairing" ということで、今で言うM-F・F-F・M-Mの全てが試されている。しかし、ホームケージではななく、新しい床敷を敷いたケージで行っている。また、M-F・F-F・M-Mだけでなく、1匹で観察ケージに入れられた際の録音もなされている。
結果としては、
相手がいない1匹の状況:ほぼ鳴かない。1匹の条件で鳴いたのは42匹試して2匹。2匹の条件では48ペア中36(M-F・F-F・M-Mが混在したデータ)。これを受けて ", indicating that ultrasound production by adults is associated with so- cial encounters. " としている。
M-F:22ペア試して全ペアが鳴いた(鳴き始めるまでの潜時は約18秒)
F-F:10/15ペアが鳴いた(潜時は約160秒)
M-M:4/11ペアが鳴いた(潜時は約200秒)※PDFでピンクマーカーを引いた部分を後々チェック→can-no.icon
この頃は、5秒間を1ブロックとしてUSVsが確認されたブロックが何ブロックあるかを数えるタイムサンプリング法を用いていることが多いので、定量性が低い時代であることには留意(この実験では量的な比較もなされていない)。
Experiment 2-3(どっちが鳴いてるか問題!)
M-F USVsについて、雄と雌、どちらかを #麻酔 で眠らせて提示する実験が行われ、雄を眠らせるとUSVsが観察されず、雌を眠らせた場合はUSVsが観察された。なので、M-F文脈で主に鳴いているのは雄だということが確認された。 Experiment 4
35-68日齢(PD)のマウスでF-M文脈のUSVsを計測(ペアの相手の日齢は2日差以内)。
鳴いた群と鳴かなかった群に分けると鳴いた群は平均PD約54で、鳴かなかった群はPD約42。
なので、だいたい7週齢くらいになるとこの発声が見られ、大人の雄の求愛発声だということが、なんとなくわかる。
よく実験で使うyoung adultがだいたい7-8週齢からなので(8週のことが多いかなぁ)、そんなもんですよね。ヒトで言うと、18-20歳くらいか。
Experiment 5
M-F文脈で、ペアの作り方をめっちゃ変えて試した実験。結論だけ簡単に書くと、
特定の雌♀を使用した際にUSVsがめっちゃ観察されるわけではない
特定の雄♂を使用した際にUSVsがめっちゃ観察される(逆に言うと、こういう雄は雌♀が誰でも鳴いている)
ということから、筆者らはM-F USVsを "male-de- pendent phenomenon" と推察している。
【求愛発声(M-F)におけるさらなる検証:尿提示】
このことからも、M-F文脈のUSVsは雄が発していると推測できる。
【求愛発声(M-F)におけるさらなる検証:devocal】
Nybyは、devocalという手術によって一時的に発声が抑制される手術を施して実験を行った。
雄♂をdevocal:観察されるUSVsがめっちゃ減る
雌♀をdevocal:観察されるUSVsは特に変わらない
雄雌ともにdevocal:観察されるUSVsがめっちゃ減る
このことから、M-Fで鳴いてるのは雄ということがわかる。
ちなみに、devocalによってマウスUSVsを抑制できることを初めて示したのはたぶん以下の論文
Nunez AA, Pomerantz SM, Bean NJ, Youngstrom TG. Effects of laryngeal denervation on ultrasound production and male sexual behavior in rodents. Physiol Behav. 1985 Jun;34(6):901-5. https://doi.org/10.1016/0031-9384(85)90011-3 ラットやスナネズミでは先行して試されていたようで、いずれ勉強した方が良いかも→can-no.icon
【F-Fのどっちが鳴いてるか問題】
結論からいうと、resident-intruder paradigm を用いたF-F USVsの録音では、residentの個体が主に鳴いている。
この論文は、F-F USVsに関して分かっている数少ない性質を記載したもので、えらい。詳細は、雌が発するUSVsで。 記録されたUSVsのほとんどはresidentの雌が鳴いていることを示した(ペアのどちらかに麻酔をかけて試した)。
使用している系統はFMRI系統
Gourbal, B.E.F., Barthelemy, M., Petit, G. et al. Spectrographic analysis of the ultrasonic vocalisations of adult male and female BALB/c mice. Naturwissenschaften 91, 381–385 (2004). https://doi.org/10.1007/s00114-004-0543-7 F-F USVsに関して、residentとintruderのどちらが鳴いているかBALB系統のマウスを使って試した
やはりresidentが鳴いていた
【M-MでもF-MでもF-Fでも「どっちが鳴いてるか」調べた論文】
M-M USVsに関しては、こんなにも長きにわたって調べられてこなかったのか?と思うところだが、2012年に調べられている。
Hammerschmidt K, Radyushkin K, Ehrenreich H, Fischer J. The structure and usage of female and male mouse ultrasonic vocalizations reveal only minor differences. PLoS One. 2012;7(7):e41133. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0041133 M-Mのみならず、F-FもM-Fも調べている。この点で、えらい。
古い論文は最近ではあんまり使われていない系統とかF1を使うことが多いが、この論文では近年みんなが使っているB6を使っている。この点で、最近のみんなにとってえらい(ちなみに、C57BL/6N、JじゃなくてNの方を使ってます)。
結局、M-Mもresidentが鳴いている
ただし、この論文は、いくつかの点で非常にミスリーディングであることには注意したい。
イントロで "Sales reported that females emit USVs when paired with other females, a finding later replicated by Maggio and Whitney." と言っているのだが、このSalesの論文は、基本的にはM-Fでは雄が鳴いていると言っているので、"replicated by Maggio and Whitney" と言うのは、ちょっと違うと思う。むしろ、Maggio and Whitney(1985)こそが、顕著に観察されたF-Fを最初に報告したのではないかと、僕は思っている(上の方にも書いたけどUSVsの発見と近年の動向の再スタートを参照)。 また、Maggio and Whitneyを引用して(またもや!)イントロで、"Scattoni and colleagues(2つ文献を引用)also found that USVs produced during resident-intruder tests could be used to characterize the social relationships between different females or to establish social dominance hierarchies (Maggio and Whitney, 1985)." と書いているのだが、Maggio and Whitney(1985)はF-F USVsとsocial hierarchiesの関係については直接この論文で実験しておらず、考察でF-F USVsに有り得る機能として推測として挙げただけである(そして他の可能性も挙げている)。こういう風に書かれると、うちの学生を含む読者がF-F USVsは社会的階層の形成に寄与していると思い込んでしまうので、ちょっと迷惑している。Scattoni and colleaguesの引用の仕方も、ちょっと何を言ってるのかわからない。
この論文では、記録された発声回数が F-F > F-M > M-M となっていた。F-MがF-Fより少ないことを持って「F-M USVs は求愛発声ではないのではないか」という考察をしているのだが、他の多くの文献と合わせ考えると、乱暴な考察である。各文脈で観察されるUSVsの回数については、別途考察する。
【どっちが鳴いているのか問題のまとめ】
Resident-intruder paradigmについて、何も説明してなくて大変不親切だったのだが、これは、マウスの攻撃行動を見る際によく使われる手法です。よくよく考えると性行動テストでも使われるし、多くのUSVsの録音にも使われており、かんのもこの方法で録音しています。こちらも参考にしてください→ 被験個体を1週間くらい単独飼育します。その飼育をしたケージがホームケージで、被験個体がresidentです。ホームケージの床敷に匂いなどがついて縄張りになるんでしょうね。攻撃行動はこういうところでしか観察しづらいですし、USVsもホームケージの方が観察しやすいと思います(早く論文化しろ→can-no.icon)。出産直後のケージも、交換などしない方が母マウスがちゃんと子育てしてくれるという経験則は、多くの方が感じていることでしょう。
さて、intruderは、単にこのホームケージに入れて提示する個体のことです。これまで、F-M・F-F・M-Mなどと書いてきましたが、ハイフンの左がresidentで右がintruderです。
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ここまで挙げてきた過去の論文の知見をまとめると、上の模式図のようなことが、B6およびいくつかの系統に関して言えます。つまり、基本的にresidentがUSVsの発信源であるということです。ただし、このことは、これら基地の文脈・系統において言えることで、遺伝子改変マウスなどを使う際には、この行動様式が維持されているのかどうかも、実は研究対象になり得ると言え
ましょう。
ちなみに、F-M文脈というのは試されてこなかったんですが、たぶん雄の方が鳴いてるだろうとみんな思っていることでしょう。最近、共同研究でそれも確かめておきました(後述)。
Matsumoto J, Kanno K, Kato M, Nishimaru H, Setogawa T, Chinzorig C, Shibata T, Nishijo H. Acoustic camera system for measuring ultrasound communication in mice. iScience. 2022 Jul 21;25(8):104812. https://doi.org/10.1016/j.isci.2022.104812 【F-MとF-FのどっちのUSVsが発声回数が多いのかについて】
同じ個体を用いて条件を変えた際に、どちらの条件の方が発声回数が多いかということは、割と簡単に比較できそうです。しかし、そもそも雄と雌という異なる個体が発する声の頻度(回数)について、どっちが多いのかを問うのは意外と難しい気もします。しかも、どちらも雌に対しての声とはいえ、M-Fは異性に対してでF-Fは同性に対してなので、意味が大きく異なりますし。。
とは言え、先行研究から一応考えておきたいと思います。
Whitney, G., Coble, J. R., Stockton, M. D., & Tilson, E. F. (1973). Ultrasonic emissions: Do they facilitate courtship of mice? Journal of Comparative and Physiological Psychology, 84(3), 445–452. https://doi.org/10.1037/h0034899 このページでも最初に紹介したこちらでは F-M > F-F > M-M です。ただし、発声が確認されたペアの数の比較で発声回数の定量比較ではありません。
Hammerschmidt K, Radyushkin K, Ehrenreich H, Fischer J. The structure and usage of female and male mouse ultrasonic vocalizations reveal only minor differences. PLoS One. 2012;7(7):e41133. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0041133 先ほども紹介したこちらの論文では、F-F > M-F > M-M です。
マウスUSVsをガチ専門にしている数少ない盟友である松本さんが岡ノ谷研にいた時のお仕事です。こちらの論文ではM-F ≒ F-F > M-M という感じです。B6を使ってます。
Matsumoto J, Kanno K, Kato M, Nishimaru H, Setogawa T, Chinzorig C, Shibata T, Nishijo H. Acoustic camera system for measuring ultrasound communication in mice. iScience. 2022 Jul 21;25(8):104812. https://doi.org/10.1016/j.isci.2022.104812 富山大の松本さん(元岡ノ谷研の松本さんとは別人です!)との共同研究です。どういう研究かは後述します。B6を使ったデータだけで言うと、F-M > F-F ≒ M-M で、F-FもM-Mもほとんど観察できませんでした。
うちの研究室でも、ちょっと特殊な条件なので直接比較はできませんがF-F USVsをこれまでにも扱っていて、全く観察できないとは思っていないのですが、
Sasaki E, Tomita Y, Kanno K. Sex differences in vocalizations to familiar or unfamiliar females in mice. R Soc Open Sci. 2020 Dec 23;7(12):201529. https://doi.org/10.1098/rsos.201529 最近の卒論(2021年度)でもF-FがほとんどB6で観察できませんでした。
このように、F-F USVsというのは、何が原因かはわかりませんが、非常に個体差が大きく、結果が安定しないのではないかと思っているところです。
【音源定位について】
ここまでの話を読んでくださった皆さんは、「音源定位装置があれば、楽に実験できんじゃね?」と思った方も多いことでしょう。コウモリの研究ではかなり前から使われていますよね。
齧歯類のUSVsのための音源定位装置も、2022年現在、2つのシステムが存在します。
Joshua P Neunuebel, Adam L Taylor, Ben J Arthur, SE Roian Egnor (2015) Female mice ultrasonically interact with males during courtship displays eLife 4:e06203 https://doi.org/10.7554/eLife.06203 Neunuebelさんが作ったシステムを使った論文は、2022年8月現在他に2つありますが、上記2つだけ載せておきます。これら研究から、長時間の録音をすれば、雄と雌を会わせている実験で、雄だけでなく雌もUSVsを発していることが分かっています。
ただし、このシステムは、購入可能になってないということもありますが、技術的な難点があります。
その点を、富山大の松本先生が開発したシステムで克服しました。
Matsumoto J, Kanno K, Kato M, Nishimaru H, Setogawa T, Chinzorig C, Shibata T, Nishijo H. Acoustic camera system for measuring ultrasound communication in mice. iScience. 2022 Jul 21;25(8):104812. https://doi.org/10.1016/j.isci.2022.104812 https://scrapbox.io/files/630275ddb9e0bd001d4c2595.png
(Fig. 1から一部抜粋 )
Neunuebelさんのシステムは上図のAにあたります。広い空間が必要で横にマイクを設置するため、ホームケージを使えません。一方、我々のシステムは小型で真上から録音と録画ができます。つまり、ホームケージを使うことができます!
このシステムを用いて、B6とICRの2種のマウスを使って音源定位を行いました。
まず、F-M文脈についてですが、やはり鳴いているのは雄でした。B6では。
ICRでは、非常に新しい知見を得ることができました。
M-Fでは雄が鳴いている(従来通り)
M-Mは発声回数が少ないし主にresidentが鳴いていた(従来通り)
F-Mだと雄だけでなく雌も鳴いていた!→New
F-Fではresidentもintruderも鳴いていた!→New
実は以前から、F-Fでは2匹が鳴いているという可能性には気がついていました。というのも、録音をしてみると、結構な頻度で以下のようなソナグラムが観察できていたからです。
https://scrapbox.io/files/630277a9b8b834002302ae31.png
これまでは、証明する術がなかったのですが、この装置(USVCAM)ができたおかげで、定量可能になりました。
ご興味あれば、論文中に動画がありますので、ぜひご覧ください。
デモmovieもあります!(可聴化した声も聞こえます)
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https://www.youtube.com/watch?v=w4XTPwqTDFI