USVsの発見と近年の動向の再スタート
【最初にUSVsを発見した論文】
齧歯類のUSVsを初めて発見したのはおそらく1956年の以下の論文。
ドイツ語なので、正直、全然読めない(DeepLも試したが、芳しくない)。
この論文で試されたのはアカネズミ Apodemusf. flavicollis、マウス Mus musculus domesticus、ハタネズミ Microtus a. arvalis。
いずれも生後から目が開くくらい(生後13日くらい)までの仔マウス(pup)で観察されたとのことで(次に紹介する英文論文のイントロによる)、齧歯類USVsは、pupUSVsから始まったと言える。この時すでに "distress" 条件で観察されたされています。
※ すいません、RatのUSVsがいつ発見されたのか、ちょっと追えてない。
【実験系統のマウスで最初の報告】
続いて、実験系統のマウスでpupUSVsが初めて報告された研究が1966年のこちら。僕は詳細を調べられてないですがoutbred albino mice とのこと。
この論文でも、生後の発達変化が記載されており、やはり生後2週くらい(毛が生えてマウスらしくなる)でpupUSVsがみられなくなる様子。現在知られていることや実際に実験してみた経験と一致しますね。この著者はその後も数年間類似した観点で論文を発表しています。
【成体マウスのUSVs(求愛発声)最初の報告】
1967年には、オトナのマウスでのUSVsが報告されます。雄から雌への求愛発声(courtship vocalizations)と呼ばれるものです。この論文では成体ラットのUSVsも観察しており、大人のラットUSVsはこの論文が初めて記載したのかもしれません(自信がない)。
著者のSwellさんは、Sales GD さんと同じ人のようです(年代によって綴りが違う?)。マウスUSVsの論文をめちゃ出してます。
【雌のUSVs(F-F)】
成体雌マウスのUSVsは、1967年に発見された求愛発声に遅れて、顕著に発声が見られる文脈としてはなんと1985年に以下の論文に報告されました。これは、雌から雌へのUSVs(F-F USVs)です。
というのも、この論文でもイントロで引用している1977年の以下の論文で、雌はほぼ鳴かないのではないかと言われていたんですね。
Nyby, J., Dizinno, G., & Whitney, G. (1977). Sexual dimorphism in ultrasonic vocalizations of mice (Mus musculus): Gonadal hormone regulation. Journal of Comparative and Physiological Psychology, 91(6), 1424–1431. https://doi.org/10.1037/h0077411 ちなみに、この論文での表現は、以下2つの論文を引用した直後に "The investigated female typically emits little or no ultrasound, nor do females emit much ultrasound in response to other females." となっています。雌から雄だけではなく、F-F USVsも顕著には確認されなかった、と。
Whitney, G., Coble, J. R., Stockton, M. D., & Tilson, E. F. (1973). Ultrasonic emissions: Do they facilitate courtship of mice? Journal of Comparative and Physiological Psychology, 84(3), 445–452. https://doi.org/10.1037/h0034899 ※これ、もしかして、どちらかを眠らせて録音をした最初の論文になるだろうか?(M-MとF-Fを試したのもこれが初めてかもしれない)。 【雄どうしのUSVs(M-M)】
雄どうしでもUSVsは観察されます。しかし、その頻度はかなり低い(M-FやF-Fと比較して)。
このM-M文脈での観察を初めて報告したのは、おそらく、直前に紹介したこの論文だろうと思います。
Whitney, G., Coble, J. R., Stockton, M. D., & Tilson, E. F. (1973). Ultrasonic emissions: Do they facilitate courtship of mice? Journal of Comparative and Physiological Psychology, 84(3), 445–452. https://doi.org/10.1037/h0034899 【求愛"歌"としての雄マウスUSVsのはじまり】
突然ですが、PubMedでマウスとラット、それぞれvocalizationsの研究を検索してみると、、、
https://scrapbox.io/files/62d568a96a08f9001d4fdd68.png
https://scrapbox.io/files/62d568bc2110b6001f5eb7ce.png
結構、様相が異なります。マウスの2005年は26件、ラットの2005年が77件のヒットです。
右から2本目のグラフの2021年はマウスが99件、ラットが117件です。2022年の7/18に検索したので、2021年で比べてみました。
Ratの方は、古くからUSVsの知見が重ねられ、2005年以前などは断然マウスよりも研究が多かったことがわかります。
一方、マウスのUSV研究は、2005年あたりからじわじわ研究数が増えてきている感じがします。これには、割と明確な理由があると思っており、その理由となる以下の論文を紹介しましょう。
※1点、注意が必要なのは、他のキーワードで検索しても2005年前後から論文数が急激に伸びているジャンルは多いように感じられます。要するに、(日本以外の)多くの国ではこの頃から研究論文数全般が上がっている時期なんでしょうね(失われた20年とか30年に該当する時期)。ここでは、あくまでRatのUSV研究と比べてマウスUSVは歴史的に研究分野の盛り上がり方が異なるくらいの意味で捉えてください。
https://scrapbox.io/files/62d56c8402fff2001dd1e4ac.png
2005年、Plos Biolに掲載されたこちらの論文で、動物の歌研究で有名な鳥類の鳴き声に類似した歌様の構造が、マウスの超音波求愛発声にも認められると発表されました。この論文が大変話題になり、現在のマウスとラットを中心とした齧歯類USVの研究界隈の潮流を作ったと言って良いでしょう。
この頃、自閉症の基礎研究も関心を集めており、関連遺伝子を改変したモデルマウスでコミュニケーションを解析したいという動機が神経科学領域にあったため、そのようなマウスでUSVsを解析する流れが活発になったというのが僕の見立てです。実際、ASDモデルマウスでのUSVs研究は、いまではそんなに珍しくない研究スタイルとなっていますね(僕も共同研究がいくつかあります)。
【2005年以前はどうだったのか?】
ラットに関しては、快情動が50 kHz帯、不快情動が22 kHz帯のUSVsとして表出されるということがハッキリしており、そのため、情動や情動認知研究として知見が蓄積されています。また、薬理研究(中毒など)でも盛んに用いられてきました。Markus WöhrさんやStefan M Brudzynskiさんがめっちゃ有名です。
ラット・マウスともに、pupUSVsは、母仔間の研究のテーマとして深められ、ドイツのEhretさんらが精力的に研究を進めました。
マウスの求愛発声に関しては、1970-2000年代に、John G Nybyさんらが、性ホルモンの作用などを精力的過ぎるくらいに研究していました。Nybyさんは、現在主流な実験系統のB6をあまり用いていなかったので、僕はB6でNybyさんの研究の再現を取りながら新しい研究を進めているつもりなのですが、2015年のSfNで僕のポスター発表を訪れた方に「昔、君のような研究をしていた人がいた。Nybyだ」という旨のことを言われた時は、すごく嬉しかったのでした。