雌が発するUSVs
他のページでも紹介している通り、雌から雌へのUSVs(F-F USVs)が顕著に観察されることを最初に報告したのは以下の論文。
【F-F USVsの特徴】
その後、F-F USVsについての知見はあまり深まっておらずどういう機能があるのかは未だに不明ですが、一定程度は特徴が分かっていて、2000年代のD'Amat and Molesによる研究の貢献が大きいと言えます。
この論文では、NMRIマウスというアルビノ系統を用いて、以下のことを報告しています。
雌はfamiliar 個体よりも初めて出会うunfamiliar個体に対しての発声が多い
記憶を障害すると考えられるアセチルコリンのアンタゴニスト(scopolamine)の投与で、familiarとunfamiliarに対する発声回数の差が消える
これらのことから、他個体の認識・社会記憶に基づいて、雌マウスは発声の量を変えていると言えます。D'Amat and Molesの論文で言うfamiliar 個体というのは、例えば録音実験を2回行う場合、1回目の録音で出会った個体と2回目の録音でも出会う場合、これをfamiliarと言っています。親密とかそういうことではなく、ちょっと前に数分間会っただけです。
そこで、うちの研究室では、離乳後ずっと同じケージで育てられた個体をfamiliarとして用い、系統も近年多く用いられるB6系統で実験をしてみました。
Sasaki E, Tomita Y, Kanno K. Sex differences in vocalizations to familiar or unfamiliar females in mice. R Soc Open Sci. 2020 Dec 23;7(12):201529. https://doi.org/10.1098/rsos.201529 その他に分かっていることとしても、D'Amat や Moles らの他の論文で示されていることが主要な知見と言えるでしょう(もうそれくらいしかない)。
Moles A, Costantini F, Garbugino L, Zanettini C, D'Amato FR. Ultrasonic vocalizations emitted during dyadic interactions in female mice: a possible index of sociability?. Behav Brain Res. 2007;182(2):223-230. https://doi.org/10.1016/j.bbr.2007.01.020 この論文で示されたことは、発声回数の条件による違いとして、
発情雌<非発情雌
妊娠雌<非妊娠雌
3-5ヶ月齢>12ヶ月齢
と、いうことです。
【求愛発声と比較したF-F USVsの音響特性】
現時点(2022年)の僕自身の印象としては、スペクトログラムを見ただけで雄の声か雌の声かを判断するのはほぼ不可能です。その上で、B6で雄と比較しながら雌の声の音響特徴を記載した論文を紹介だけしておきます。これらはUSVsの種類と "どっちが鳴いてるか" 問題でも取り上げました。 難しいなぁと思うのは、いろいろ指標を比較すればどこかしら有意差は付くのですが、その差が何を意味するのかは、よく分からないことが多いということですね。。
Hammerschmidt K, Radyushkin K, Ehrenreich H, Fischer J. The structure and usage of female and male mouse ultrasonic vocalizations reveal only minor differences. PLoS One. 2012;7(7):e41133. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0041133 こちらの論文では、記録された発声回数はF-F > M-F > M-M です。こちらの論文は、引用や議論にミスリーディングさを感じるところがあるので、やはり、USVsの種類と "どっちが鳴いてるか" 問題の後半を参照してください。結論としては、音響特性の雌雄差はあんまりないということです。また、種々の議論から(主に記録された発声回数がF-F > M-Fであることを論拠に)M-Fの発声に求愛としての意義・機能がないのではないかと言ってるんですが、他の多くの論文の蓄積から考えると、大変苦しい主張です。 マウスUSVsをガチ専門にしている数少ない盟友である松本さんが岡ノ谷研にいた時のお仕事です。こちらの論文ではM-F ≒ F-F > M-M という感じです。
こちらの論文では、時間音響特性(スペクトログラムの見た目)に基づいて音節を12種に分類しています。ちなみに、この分類を高精度で自動で行うことができるソフトは当時あんまりなくて(いまは結構出てきたが、僕は分類に興味を失ってきた)、自分でやるのが大変だるい作業でした(時間がかかりすぎる)。この分類をすると、分類ごとに、雌雄での出現頻度がちょっと異なっていることが見えてきます。さらに、多次元尺度構成法で次元圧縮してみると、
M-Mは単純な声が多い
F-Fは複雑な声が多い
M-Fは単純なものから複雑なものまで入り混じる
という違いが見えてきます。ただ、1匹1匹の声をみた場合にこの要約のような印象を持つかというと、かなり難しいとは思います。データセットの分布としてみえるということですので(こういう分布になるだろうというは、僕の直観的には納得です)。