求愛発声に対する雌の反応
※聴覚の電気生理に関する知見もあるんですが、僕が聴覚と電気生理に詳しくないので、今の段階では主に行動学的な知見について。
devocalされた雄(non-vocalizing)とされてない雄(vocalizing)をロープで繋いだ部屋がそれぞれあって、雌がどちらに訪れるか・滞在するかを調べた研究で、devocalされてない雄の方に雌は寄って行きがちであることが示されています。さらに、スピーカーでの再生実験もやっていて、やはりUSVsが流れている方に近づいて行きます。使用されたのはSwiss-Webster mice です。
Hammerschmidt, K., Radyushkin, K., Ehrenreich, H., & Fischer, J. (2009). Female mice respond to male ultrasonic 'songs' with approach behaviour. Biology letters, 5(5), 589–592. https://doi.org/10.1098/rsbl.2009.0317 この研究ではB6目雌のvirginが使われています。再生された求愛発声にチャンスレベル以上で寄っていくようです。この研究では、雌はpupUSVsにはチャンスレベル以上の割合で接近しなかったようです。
ちょっと面白いのは、各条件で2回実験をしてるのですが、1回目でしか有意差が出ません。この傾向は、他の研究でもたまに見られます。
Asaba, A., Okabe, S., Nagasawa, M., Kato, M., Koshida, N., Osakada, T., Mogi, K., & Kikusui, T. (2014). Developmental social environment imprints female preference for male song in mice. PloS one, 9(2), e87186. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0087186 マウス音声の基本音響特性と遺伝で、B6とBALBのUSVsの音響特性の違いについて説明しましたが、その2種のUSVsを、雌に聴かせるという実験です。この研究は、かつてのUSVガチ勢としての盟友であった浅場さんの研究です。 僕がポスドクとして麻布大に行った頃、院生としておかべさんや浅場さんがいて、USVのチームではなかったが にんにん がいて、研究は辛かったが、ちょっと下の世代の成長していくのを見ながら、実験室であーでもないこーでもない言いながら研究するのは、楽しかったなぁと思い出されます。あと、浅場さんとデバライくんとは、SfN2015に一緒に行ったのも良い思い出です。このブログの本題はSfNとは関係ないが、前半がSfNに行った際の話 https://can-no.com/archives/484 https://scrapbox.io/files/6332af7dce643c00230def4f.png
Fig. 2a の図です。こんな感じのBoxで実験してます。ちなみに、pupUSVs に対する雌の反応で紹介したB6の母マウスに対する再生実験と同じように、匂い刺激が提示されていないと音源への反応が明瞭に見られないようです。 https://scrapbox.io/files/6332af9962474e0023c597fe.png
この研究の内容の要約には、Fig. 4 を見るのが良いでしょう。まず、再生実験において、B6はBALBのUSVsに嗜好性を示し、BALBは逆にB6のUSVsに嗜好性を示します。里子操作してこの実験を行うと、この嗜好性が変化します。つまり、育ての親とは異なるUSVsに対し、嗜好性を示します。父親無しで育てるとこの嗜好性は見られないので、おそらく、幼少期に父の求愛発声を聞いて、ある種の学習がなされるのでしょう。
この手法は、方法論文のビデオジャーナルであるJoVEにも掲載されています。
Asaba, A., Kato, M., Koshida, N., & Kikusui, T. (2015). Determining Ultrasonic Vocalization Preferences in Mice using a Two-choice Playback Test. Journal of visualized experiments : JoVE, (103), 53074. https://doi.org/10.3791/53074 この実験は、基本、5分間の再生なのですが、5分を2回(要は10分)やると、前半では嗜好性が見られるが、後半では見られないということです。
Kerstin Musolf, Frauke Hoffmann, Dustin J. Penn. Ultrasonic courtship vocalizations in wild house mice, Mus musculus musculus, Animal Behaviour, Volume 79, Issue 3, 2010, Pages 757-764, https://doi.org/10.1016/j.anbehav.2009.12.034 Pennさんのグループも、野生種で浅場さんの結果と類似する再生実験をしています。非血縁のunfamiliar個体のUSVsに対し、雌は嗜好性を示すようです。マウス音声の基本音響特性と遺伝で紹介したPennさんの研究で、野生種のUSVsには識別可能な個体情報が音響特性として表現されていること合わせ考えると、inbreeding avoidance として働く可能性が示唆されます。 Chabout, J., Sarkar, A., Dunson, D. B., & Jarvis, E. D. (2015). Male mice song syntax depends on social contexts and influences female preferences. Frontiers in behavioral neuroscience, 9, 76. https://doi.org/10.3389/fnbeh.2015.00076 再生実験によると、周波数変化が激しい複雑なUSVsに対し、雌は興味を示すようです(接近するようです)。
Asaba, A., Osakada, T., Touhara, K., Kato, M., Mogi, K., & Kikusui, T. (2017). Male mice ultrasonic vocalizations enhance female sexual approach and hypothalamic kisspeptin neuron activity. Hormones and behavior, 94, 53–60. https://doi.org/10.1016/j.yhbeh.2017.06.006 また、浅場さんの論文です。
4ヶ月ペアリングした際の産仔数と雄の求愛発声の関係を見ると、発声回数が多い雄のペアから仔が沢山産まれることを示しています。求愛発声の量の個体差と社会的階層で紹介した僕の結果と一致。 devocalした個体をshamを比べると雌自ら雄に接近するのは、声が出せるshamに対してが多い。ただし、性行動の観察頻度には違いがない。
pCREBを神経活性化マーカーにして、AVPVと弓状核で生殖生理に重要なKissペプチン神経が、USVsの再生で活性化するかどうか検証。匂いを共提示した方がその効果がはっきりするのだが、弓状核ではUSVsの効果がある。
弓状核におけるKissペプチンの活性化(pCREBの陽性細胞数)は、雌が音源を探索した時間と相関する
つまり、USVsは、雌の能動的な雄への接近を促し、能動的接近を見せる個体ほど、Kissペプチンが活性化してるらいい。
Nomoto, K., Ikumi, M., Otsuka, M., Asaba, A., Kato, M., Koshida, N., Mogi, K., & Kikusui, T. (2018). Female mice exhibit both sexual and social partner preferences for vocalizing males. Integrative zoology, 13(6), 735–744. https://doi.org/10.1111/1749-4877.12357 こちらの論文は、Experiment 2(Fig. 4)が見ものです。浅場さんの実験Boxのような作りのチャンバーを使い、雄は通り抜けられないが雌は通り抜けられる絶妙な大きさの通り道を作り、devocalされた雄がいる部屋とshamオペされた雄がいる部屋を、雌に探索させます。48時間も。その結果、発声ができるshamへの探索が多く、性行動もshamとより多くしていることが示されました。
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再生実験って、僕もかつてやってネガティブデータだったのでお蔵入りしてる過去があるんですが、やってるその時に「お前、めっちゃ聴いてるな!」って感じはしなくて、統計的にまとめてやっと差が見えるような効果なんですが、それでも、こうやって知見を集めると、USVsってmate-choiceに対してすげー重要な気がしてきますね。