マウス音声の基本音響特性と遺伝
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※ 左の白いのはBALB系統、右の黒いのはB6、真ん中の茶色いアグーチはB6とBALBを掛け合わせたF1です。
【実験系統での知見】
マウスのUSVsを初めてSongと言ったこちらの論文ですが、この中で、歌構造には個体差(intra-individual difference)がある旨、記載されています。
この研究では、近交系(遺伝的背景を均質化した実験系統)のF1が使われています。F1までは、そこまで個体間でゲノムが大きくは違わないはずですが(どこまでを大きくと言うかだが)、それでも個体差があるということですね。
余談ですが、Nybyらの時代など2000年以前の研究では、近交系のF1が多く使われています。サプライヤーから販売されてることもあるみたいですね。
Musolf, Kerstin; Penn, Dustin J (2012). Ultrasonic vocalizations in house mice: a cryptic mode of acoustic communication. In: Macholan, Milos; Baird, Stuart J E; Munclinger, Pavel; Pialek, Jaroslaw. Evolution of the house mouse. Cambridge: Cambridge University Press, 253-277. http://dx.doi.org/10.1017/CBO9781139044547.012 こちらの総説では、USVsが多くの近交系のF1で、元の近交系よりも活発になると書かれています。進化的な意味がしられていそうなのですが、もっと勉強しないと...
遺伝系統ごとのUSVsの音響特性の違いは、主に求愛発声で調べられています。
Sugimoto, H., Okabe, S., Kato, M., Koshida, N., Shiroishi, T., Mogi, K., Kikusui, T., & Koide, T. (2011). A role for strain differences in waveforms of ultrasonic vocalizations during male-female interaction. PloS one, 6(7), e22093. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0022093 こちらは、13種類の系統を調べた論文で、遺伝研の小出先生のところで杉本さんが調べておられました。僕が小出先生のところに通っていたころで、懐かしい。系統ごとに、発せられる音節の種類の割合や声の高さが違うことがわかります。
Kikusui, T., Nakanishi, K., Nakagawa, R., Nagasawa, M., Mogi, K., & Okanoya, K. (2011). Cross fostering experiments suggest that mice songs are innate. PloS one, 6(3), e17721. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0017721 このことは、B6とBALBの間でさらに詳しく調べられています。
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上の図は、この論文のFig. 2です。
B6にはJumpもしくは Frequency stepと言われる周波数が時間分離なく突然上下する音節が多く、BALBではHarmonicsが多いという特徴があります。また、B6の方が平均的に声が高くてBALBの方が低いです。このような特徴は、生後すぐの仔どもを里子に出し合っても変化しません。なので、発声学習はされないと言えます。マウスUSVsの音響特性は、基本的に遺伝性の形質なのです。
実験系統間にはこのようにハッキリとした音響特性の違いが見られます。系統内では音響特性の個体間の差を検出するのはかなり難しいと思います。発声回数に差はあっても、基本的に声は似ています。
では、遺伝的バックグランドに個体差があるはずの野生種ではどうでしょうか?
【野生種での知見】
野生マウスのUSVsに関しては、オーストリアの Konrad Lorenz Institute of Ethology のDustin J. Pennさんのグループが精力的に現在進行形で研究をしているとお見受けしています(会ったことはないが、BioRxivに投げた僕らの論文を見てメールを来れたことがあるし、よく引用してくれている印象)。Pennさんは、匂いに対する性嗜好性とMHC・性選択の研究で重要な発見をされた方ですね。こういう研究をされてきた方々なので、英文のフレーズもなんかカッコいいんすわ。
Hoffmann, F., Musolf, K., & Penn, D. J. (2012). Spectrographic analyses reveal signals of individuality and kinship in the ultrasonic courtship vocalizations of wild house mice. Physiology & behavior, 105(3), 766–771. https://doi.org/10.1016/j.physbeh.2011.10.011 ちょっと統計が難しくて、完全に理解するが僕には難しいのだが、USVsの音響特性を基に分類すると、血縁関係に基づいて分類されるため "males' vocalizations contain signatures of individuality and kinship" としています。
Maria Adelaide Marconi, Doris Nicolakis, Reyhaneh Abbasi, Dustin J. Penn, Sarah M. Zala. Ultrasonic courtship vocalizations of male house mice contain distinct individual signatures, Animal Behaviour, Volume 169, 2020, Pages 169-197, https://doi.org/10.1016/j.anbehav.2020.09.006 こちらの論文では、さらに上の論文を深めています。論点としては、USVsが他個体からみた時に個体を識別する情報になっているかどうかということを問うています。その際重要なのは、時間を隔ててもその個体情報が個体内で一貫しているかどうかです。日々、声が変わったら「あの人だ!」ってならないですもんね。この問いだてを検証するために、週1回3週間に渡って録音をして、そのデータから「個体間の差の方が、個体内変動よりも大きい」ということを示すことで、USVsに含まれる個体情報の一貫性を示します。著者の言葉を借りると "Male USVs showed high interindividual variation and most showed intraindividual consistency, and we found greater inter- than intraindividual variation for both USV count and repertoire size." であり、"individual signatures in USVs of male house mice are stable over time and across recording trials" です。
まだ僕もフォローしきれていない興味深い特性として、近交系のstrainを掛け合わせたhybridは、発声が活発になるということが知られています。これは、僕も体験したことがあります。
Musolf, Kerstin; Penn, Dustin J (2012). Ultrasonic vocalizations in house mice: a cryptic mode of acoustic communication. In: Macholan, Milos; Baird, Stuart J E; Munclinger, Pavel; Pialek, Jaroslaw. Evolution of the house mouse. Cambridge: Cambridge University Press, 253-277. http://dx.doi.org/10.1017/CBO9781139044547.012 このことは、Pennさんらのこちらの総説の "Box 10.2 Genetics of USVs in house mice" に書かれており、 #進化 を考える上では重要な知見になりそうです。