求愛発声の量の個体差と社会的階層
実は、わたくし、求愛発声の個体差に、たいへん強い関心を持っています。
【発声回数】
Kanno, K., & Kikusui, T. (2018). Effect of Sociosexual Experience and Aging on Number of Courtship Ultrasonic Vocalizations in Male Mice. Zoological science, 35(3), 208–214. https://doi.org/10.2108/zs170175 こちらの論文では、よく実験に用いられるyoung adultの発声回数の個体差を定量した上で、加齢によってどのように変化するかを調べました。若いうちは、よく鳴く個体からそうでないものまでバラけており、それがよく鳴く個体と全然鳴かない個体に二極化し、30週齢を越えるとほとんどの個体で鳴かなくなることを示しています。これら個体を用いて、
若い雄を雌と2週間同居させると発声は上昇する(それでも個体差はある)
同居させる雌は卵巣除去雌(非発情雌)であっても、雄の発声は上昇
若いうちに雌と会ったことがあると、加齢しても発声が維持されるようだ
加齢雄は、雌と同居しても一部個体しか発声が上昇しない
ということを示しています。
その上で、2週間同居させた雌の産仔数を調べました。
若い雄のパートナーだった雌は大体妊娠する(この論文中では全ペアから産まれた)
加齢雄とパートナーだった雌は妊娠しないものがほとんどなのだが、妊娠した雌のパートナーだった加齢雄は、同居前から発声を示していたか、同居後には発声を示すようになったものだけであった。
このように、雄のUSVsの多さは、性的活性・繁殖成功可能性を反映しているようですが、このページでは、個体差の形成に着目して解説します。
Whitney, G., Coble, J. R., Stockton, M. D., & Tilson, E. F. (1973). Ultrasonic emissions: Do they facilitate courtship of mice? Journal of Comparative and Physiological Psychology, 84(3), 445–452. https://doi.org/10.1037/h0034899 特定の雌♀を使用した際にUSVsがめっちゃ観察されるわけではない
特定の雄♂を使用した際にUSVsがめっちゃ観察される(逆に言うと、こういう雄は雌♀が誰でも鳴いている)
ということから、筆者らはM-F USVsを "male-dependent phenomenon" と推察している。
この年代から、間接的に求愛発声の個体差が記述されていることになります。
【社会的階層】
雄マウスの求愛発声の量(単位時間あたりの発声回数)の個体差は、社会的階層によって形成されていることがわかっています。
このことも、NybyとWhitneyが調べていて、本当にえらい。
ケージ内でマウスを普通に飼育していても優位個体(Dominant)と劣位個体(Subordinate)が現れます。ケージ交換するとその後喧嘩が見られますが、ああいう感じで階層ができていくんでしょうね。で、優位個体と劣位個体のUSVsを調べると、双方、M-MのUSVsはほとんど見られなかったものの、求愛発声は優位個体で見られ、劣位個体ではほとんど確認されませんでした。
Lumley, L. A., Sipos, M. L., Charles, R. C., Charles, R. F., & Meyerhoff, J. L. (1999). Social stress effects on territorial marking and ultrasonic vocalizations in mice. Physiology & behavior, 67(5), 769–775. https://doi.org/10.1016/s0031-9384(99)00131-6 こちらの論文では、社会的敗北(social defeat)という方法を使って実験的に劣位個体のような個体を作出しています。喧嘩が強い攻撃的な雄に攻撃を受ける経験を詰んでしまったマウスは、全体的に元気なくなるというもので、ストレス研究などでも用いられます。そして、敗北を受けるとUSVsも低下しています。ちなみに、使用系統はDBA。
social defeat の方法論については、 Russoらの以下の論文を参照すると良いでしょう。
Golden, S. A., Covington, H. E., 3rd, Berton, O., & Russo, S. J. (2011). A standardized protocol for repeated social defeat stress in mice. Nature protocols, 6(8), 1183–1191. https://doi.org/10.1038/nprot.2011.361 攻撃行動研究をする際のICR(CD-1)の有用性は以下を参照ください。Fig. 5のB6との比較が明瞭です。僕が博士課程の頃に通っていた遺伝研でお世話になった(マウス行動解析を指南してくれた)高橋阿貴さんも参画されているお仕事。
Golden, S. A., Aleyasin, H., Heins, R., Flanigan, M., Heshmati, M., Takahashi, A., Russo, S. J., & Shaham, Y. (2017). Persistent conditioned place preference to aggression experience in adult male sexually-experienced CD-1 mice. Genes, brain, and behavior, 16(1), 44–55. https://doi.org/10.1111/gbb.12310 Wang, F., Zhu, J., Zhu, H., Zhang, Q., Lin, Z., & Hu, H. (2011). Bidirectional control of social hierarchy by synaptic efficacy in medial prefrontal cortex. Science (New York, N.Y.), 334(6056), 693–697. https://doi.org/10.1126/science.1209951 こちらの論文では、B6を使って検証しています。チューブテストという方法でランク付けする社会的階層の決定方法が用いられています。で、USVsが多いのランクが高い優位個体であることを示しています。
このように、社会的階層が求愛発声の個体差を形成していると言えます。社会的ストレスがUSVsを下げていると言っても良いでしょう。ここからは推測ですが、ケージの中で圧倒的に優位な個体がいるかどうかで、USVsの個体差の作られ方も違ってくるんではないかと思っています。階層が穏やかでみんな仲良くやっていればUSVsが抑制される個体も少ないし、誰か1匹めちゃくしゃイキってるやつがいると、他の個体(複数)が鳴かなくなっちゃうなど。この辺りは、ラボ間・論文間での結果の違いなどにも影響しそうです。