求愛発声と生殖と性経験と進化的ディスプレイの話
このトピックは、他のページで紹介した知見を合わせ考えなければいけません。理論としてたいへん重要なトピックです。
求愛発声に対する雌の反応 では、求愛発声に雌が引き寄せられること、生殖生理に関わる神経が活性化されること、自身と異なる遺伝的背景を持つ雄の求愛発声をより好みそうだということを説明しました。 これらを念頭に、以下の議論を展開します。
セクシャルディスプレイというのは、求愛に対するパートナー選択場面で動物が使う派手な装飾的形質を指す場合が多いです。形質は行動でも構いません。また、雄同士の闘争にも使われます。多くの場合、動物界では雄が持っています。
動物の求愛だけを集めまくった事典に Act of Love というものがあります。めちゃ面白いです。
これを見ると、直感的にセクシャルディスプレイがなんなのか、わかると思います。
相模ゴム工業の80周年記念の事業として刊行されたようです。このサイトのリンクでは、人が動物の求愛を模してパフォーマンスをしている動画もあります。
このページでは、マウス求愛発声がセクシャルディスプレイとしての特徴を持っているということを示していきますが、その特徴というのが冒頭に挙げた2点です。
セクシャルディスプレイは、生存に役立たない無駄なものに見えるしむしろ不利にすらなりそうで、なぜこのような形質が淘汰圧に耐えられたのか、ダーウィンの頭を悩ませたそうです。自然選択では説明できない、と。そこで登場するのが性選択です。適応度 = 生存率 x 繁殖率 が高い個体群が次世代に多く生き残ることになるので、生存かかる自然選択と、繁殖にかかる性選択があるということです。パートナー選択の際に、多くの場合は、雄が求愛して雌が選り好みをするパートナー選択が起きるわけですが、なんか知らんけど派手で一見変わった形質を雌が好み出すと、進化の過程でその形質が一層際立っていくという流れです。しかし、やっぱりそんなようわからん形質が生じて進化する理由がようわからんわけですが、それを説明したのが「ハンディキャップ原理」と「正直な信号」という枠組みです。雑に言うと、「そんなよくわからんもんを保持できるのは余裕のある個体でじゃないと無理、なんならめちゃ有能な可能性まである」ということです。能力の低い個体が偽りでそのような形質を持とうとしても、コストが高くで無理なでの、その形質を持っているということは逆に有能さの現れであるということです。個体の内的状態や情報が正直に出ちゃってると。
めちゃ簡単に説明しましたが、コミュニケーションにおける信号の進化とハンディキャップ理論、正直な信号については、以下が大変参考になりました。理解をするのは難しいですが、それでもこちらの文章は非常にエレガントです。僕も何度か読んでやっと頭に定着してきました。進化生物学はかっこええなぇ。
ところで、フリーで日本語で読めるものとして、岡ノ谷先生の論考をいくつか(和文ジャーナルなどで読めるものが少ないことに気がついた)
行動の進化に関しては、是非こちらを一度読み込むことをお勧めします。
第2版をまだ僕も読めていないのだが、長谷川先生s(ご夫妻)の第1版は、大学2年生の頃に毎日携帯していた時期があります。学問の面白さとエレガントさを知った。まず、この本は文章も洗練されている。エレガントな論理構造が、麗しい文章で記載されていて語り口は優しくても重厚感がある。書籍には、この重厚感が必要だと思う。
このような学術的背景を前提として、USVsについても考えなければならないでしょう。
マウスのScent-marking(尿による匂いのマーキング)については、Pennさんらがセクシャルディスプレイとしての特徴を実験的に報告しています。引用が200を超えている。
Sarah M. Zala, Wayne K. Potts, Dustin J. Penn, Scent-marking displays provide honest signals of health and infection, Behavioral Ecology, Volume 15, Issue 2, March 2004, Pages 338–344, https://doi.org/10.1093/beheco/arh022 この論文のイントロの最初の方で、セクシャルディスプレイとハンディキャップ理論について簡潔にまとめられています。
ハンディキャップ理論は、以下のザハヴィの論文て提唱されました。引用が6400を超えている...
このような派手な形質が個体のどのような有能さを反映しているのか(反映されている形質をパートナー選択時に好むようになったからこそ、それを好むことが適応的になる)ということに関して、ハミルトンらは感染症などを患っていない健康さや免疫力ではないかと推測し、その後、そのような事例が実際に示され、Pennさんらのこの論文でもそのことを示しています。ハミルトンは、あの血縁度・包括的適応度のハミルトンですね。
以下の総説では、マウスの求愛発声にも求愛発声としての特徴が備わっているということを論じています。根拠としては、冒頭にも挙げた2つのページで解説した以下です。
求愛発声には雄の遺伝的背景が反映されており、雌は自分とは異なる血縁のUSVsの特徴を好む(区別できる)ようなので、これは inbreeding avoidance に繋がり、適応的だろう。
雌は再生されたUSVsに接近するし、発声が多い個体に自ら接近するし、性行動に至る頻度も高くなる
発声の多い個体は優位個体(ソーシャルストレスを受ける劣位では発声が減少)
浅場さんらの総説で、フェロモンとともにUSVsについてレビューしています。
Musolf, Kerstin; Penn, Dustin J (2012). Ultrasonic vocalizations in house mice: a cryptic mode of acoustic communication. In: Macholan, Milos; Baird, Stuart J E; Munclinger, Pavel; Pialek, Jaroslaw. Evolution of the house mouse. Cambridge: Cambridge University Press, 253-277. http://dx.doi.org/10.1017/CBO9781139044547.012 Pennさんらの総説です。USVsの種類、実験系統と野生種、進化的意義、これらを広く扱っており、バランスが良いです。「USVsについても、正直な信号としてのコストがかかってるぽいぞ」と言っています。引用してるNybyの原著も追ったのだが、何をコストと言っているのかは、ちょっとハッキリせず。
また、Ehretの論文を紹介しながら、まず、pupUSVsが母を惹きつけるということが進化史上出現し、それゆえ、雌にはこのような声に注意を向けおそらく警戒心も持たないという性質が備わっているので、大人の雄も雌に対してそのようなUSVsを発するようになると雌との近接性が増すようになるという進化が起きたのではないかという説も展開している。pupUSVsが先であったと。
また、近交系のstrainを掛け合わせたhybridは、発声が活発になるということが知られています。これは、僕も体験したことがあります。 "Box 10.2 Genetics of USVs in house mice" に書かれており、 #進化 を考える上では重要な知見になりそうです。 こちらの著者らは、マウス求愛発声を正直な信号と考えているように見えます。
以下、2022年に組まれた Animal Behavior 誌 のMating Display の特集号です。齧歯類も含めたvocalizationsも取り上げられています。ところで、2020年くらいから Animal Behaviorに掲載れた論文がPubMedでヒットしないのだが。。
こちらは巻頭言。セクシャルディスプレイが広く動物界で見られることを述べ、各論稿を紹介。
こちらは、広く齧歯類の発声をレビューしていて、僕ももっと勉強しなければならない。野生種で発声の際に代謝系のホルモンがが関係しており、その投与などで発声が増えることから、代謝コストのかかる正直な信号の可能性を指摘している。ただ、まぁ、どんな行動にもそういうコストはかかりそうだけど。
また、発声の進化を考える上で、個体差、齧歯類の中での種差、それらの多様さとその生態学的背景や生理学上の制約(限界)の対応関係を見ていくことが重要であると述べている。実験科学としては個体差というものは非常に扱いづらいのだが、行動生態学・進化生物学的には、つまりは生物学的には、個体差というものは本質的な問題と言える(議論を雑に終えてしまってすまん)。
こちらは、齧歯類のことについてはあまり書いてないのだが、
Mitoyen, C., Quigley, C., & Fusani, L. (2019). Evolution and function of multimodal courtship displays. Ethology : formerly Zeitschrift fur Tierpsychologie, 125(8), 503–515. https://doi.org/10.1111/eth.12882 セクシャルディスプレイの重要な性質として
個体識別に寄与している
繁殖成功に寄与している
という点を挙げている。個体識別に寄与しているという点は、冒頭で述べた通り。繁殖成功に関しても、すでに取り上げているが、マウス求愛発声が繁殖成功と関連しているかどうかを調べた研究を、以下に整理しておきます(ここで初めて取り上げる論文もあり)。
【繁殖成功】
Asaba, A., Osakada, T., Touhara, K., Kato, M., Mogi, K., & Kikusui, T. (2017). Male mice ultrasonic vocalizations enhance female sexual approach and hypothalamic kisspeptin neuron activity. Hormones and behavior, 94, 53–60. https://doi.org/10.1016/j.yhbeh.2017.06.006 4ヶ月ペアリングした際の産仔数と雄の求愛発声の関係を見ると、発声回数が多い雄のペアから仔が沢山産まれることを示しています。求愛発声の量の個体差と社会的階層で紹介した僕の結果と一致。 devocalした個体をshamを比べると雌自ら雄に接近するのは、声が出せるshamに対してが多い。ただし、性行動の観察頻度には違いがない。
pCREBを神経活性化マーカーにして、AVPVと弓状核で生殖生理に重要なKissペプチン神経が、USVsの再生で活性化するかどうか検証。匂いを共提示した方がその効果がはっきりするのだが、弓状核ではUSVsの効果がある。
弓状核におけるKissペプチンの活性化(pCREBの陽性細胞数)は、雌が音源を探索した時間と相関する
Kanno, K., & Kikusui, T. (2018). Effect of Sociosexual Experience and Aging on Number of Courtship Ultrasonic Vocalizations in Male Mice. Zoological science, 35(3), 208–214. https://doi.org/10.2108/zs170175 若い雄のパートナーだった雌は大体妊娠する(この論文中では全ペアから産まれた)
加齢雄とパートナーだった雌は妊娠しないものがほとんどなのだが、妊娠した雌のパートナーだった加齢雄は、同居前から発声を示していたか、同居後には発声を示すようになったものだけであった。
Nicolakis, D., Marconi, M. A., Zala, S. M., & Penn, D. J. (2020). Ultrasonic vocalizations in house mice depend upon genetic relatedness of mating partners and correlate with subsequent reproductive success. Frontiers in zoology, 17, 10. https://doi.org/10.1186/s12983-020-00353-1 これも、Pennさんらのグループのお仕事ですが、上記2報の浅場さんと僕の論文を引用してUSVsと繁殖成功の関係を調べた2つだけの論文と紹介してくれています。この2つは、実験系統(B6)の研究ですので、Pennさんらは野生由来種でUSVsと繁殖成功の関係を調べ、野生種でもUSVsの特徴が繁殖成功を予測すると報告しています。
【USVsは何を反映しているのか】
よく鳴く個体は社会的階層が優位
音響特性は遺伝的背景を反映→Kin recognition に寄与
これは、わかっているわけですが、具体的にどのような「良さ」を反映しているのでしょうか。
優位個体ならテリトリー維持ができるでしょうから餌などの資源を確保できる良さがあるのでしょうか。
そのような点を、今後は明らかにしていくべきだろうと思っています。
特に、僕の関心としては、
どんな良い生理学的特徴の反映なのか(あるとしたら)
production costがそんなにかからなそうな行動だが、なんで劣位個体では抑制されるのだろうか→戦略的には正直に信号出さずに嘘をつくことも容易なはずで、しかしそうならないのは、どうしようもない気持ちの問題がありそう→オラついている個体が性的に活性化すれば声がダダ漏れてしまうし、元気がないとどうも声もださないようだなぁ→お気持ちの生物学的ダダ漏れ基盤
などが挙げられます。