マウスUSVsは発声学習されない
ページタイトルの通りなんですが、詳細は以下の総説を参考にしてもらうと良いと思います。
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マウス音声コミュニケーションと神経基盤:自律神経研究としての展望
私が書きました。
以下に示す顛末も含め、説明されいます。「発声学習がある!」と言った研究の問題点も丁寧に指摘しています。
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まず、マウスが発声学習するという主張をしたのは、1つの研究グループだけです。
Arriaga, G., Zhou, E. P., & Jarvis, E. D. (2012). Of mice, birds, and men: the mouse ultrasonic song system has some features similar to humans and song-learning birds. PloS one, 7(10), e46610. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0046610 これが、学習なのか?という行動実験の結果なのですが、発声学習をする動物で見られる神経回路がマウスにも(うっすら?)あることを示しています。また、caspase-3のKOマウスがdeafになるそうなのですが、そのマウスではUSVsが変化することから発声学習があることを主張します。あとで、言いますけど、caspase-3って、聴覚に特異的な遺伝子じゃなくて、アポトーシス一般に重要なので、このへんも問題ですね。
同じ研究グループが書いた総説です。発声学習をする動物についての勉強には良いです。Eric Jarvisとは、3回くらい会ったことがある(あっちは覚えてないだろう)。
https://scrapbox.io/files/6332982eb124ed0023cac288.png
※PLOS One の原著の方の論文ですが、発声学習に必要な神経回路はこんな感じです。総説の方にも似たような図が載ってます。この図は、わかりやすい。
それに対し、以下の研究が発声学習を支持しない結果を提示しています。
ちなみに、僕は、上記論文が出た2012年3月に博士を取得してポスドクとなり、この分野に飛び込んだんですが、発声学習論争の最中で、そのおかげで随分右往左往させられたというか....
なんか、最初から疲れちゃった(その後、自分の道を見つけた)
Kikusui, T., Nakanishi, K., Nakagawa, R., Nagasawa, M., Mogi, K., & Okanoya, K. (2011). Cross fostering experiments suggest that mice songs are innate. PloS one, 6(3), e17721. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0017721 こちらは、マウス音声の基本音響特性と遺伝で解説してますが、USVsの音響特性が明瞭に異なる2つの遺伝系統で里子操作をしても、成長後のUSVsは里子操作をしていない個体と比べてもなんら変わりはないことを示しています。育ての親の声じゃなくて、生物学的な親の声に似ている、と。 Hammerschmidt, K., Reisinger, E., Westekemper, K., Ehrenreich, L., Strenzke, N., & Fischer, J. (2012). Mice do not require auditory input for the normal development of their ultrasonic vocalizations. BMC neuroscience, 13, 40. https://doi.org/10.1186/1471-2202-13-40 これは、hair cellでのシナプス伝達に重要らしいOtoferlin KOマウスを使っています。コントロールと比べて、USVsの音響特性と比べて差はなく、発声学習を否定。
そして、最後に、発声学習がないことを綺麗にしめしたのが、以下です。
Mahrt, E. J., Perkel, D. J., Tong, L., Rubel, E. W., & Portfors, C. V. (2013). Engineered deafness reveals that mouse courtship vocalizations do not require auditory experience. The Journal of neuroscience : the official journal of the Society for Neuroscience, 33(13), 5573–5583. https://doi.org/10.1523/JNEUROSCI.5054-12.2013 この論文のイントロでの整理を少し紹介しましょう。
発声学習を実験的に確かめる4つの手法が紹介されます。
Rearing in isolation:親から引き離して学習情報を絶って育てる(人工授乳でけっこうむずい)
Artificial tutoring:スピーカーとかで人為的にチューターとなる情報を与える
Cross-fostering:Kikusui et a., 2011がやっていて発声学習を否定(上述)
Deaf-rearing:Arriaga et al., 2012とHammerschmidt et al., 2012で結果が別れた。
Deaf-rearing の2つの先行研究に共通する問題点として、deafになるのが結構遅いらしく、耳が聞こえている間にどれくらいの聴覚情報を得ているのかもわからないし確かめられていないということを挙げています。また、聴覚剥奪でUSVsが変わった(発声学習がある)と主張するArriagaらの論文で用いられたCaspace-3 のKOについては「聴覚以外にもあまた異常があって何の効果かわからん」としています(同じグループの総説も参照)。
そこで、Portforsのグループのこの論文では、ジフテリアトキシンを使って耳が聞こえるようになる頃(PD10くらい)には同時に hair cell を失ってdeafにする処置をしたマウスを使った実験をしました。結果、deafでもコントロールと有意な群間差が無い音響特性のUSVsが発せられることを示しました。この結果は、マウスUSVsが聴覚フィードバックで大きな調節もされず、発声学習もなされないことを綺麗に示した決定的なものとなりました。
これで、決着です。
その後、Otoferlin KOマウスを使ったHammerschmidtとJulia Fischerのグループは(2010年代に結構USVsの論文を書いてた)、ある種驚きの結果をさらに発表しました。
Hammerschmidt, K., Whelan, G., Eichele, G., & Fischer, J. (2015). Mice lacking the cerebral cortex develop normal song: insights into the foundations of vocal learning. Scientific reports, 5, 8808. https://doi.org/10.1038/srep08808 大脳皮質がごっそり抜け落ちたマウスを遺伝子改変で作れるらしいんですが、そんなマウスでも求愛発声が全く変わらないらしい。。。
https://scrapbox.io/files/63329961de6bb00022351cfb.png
こんなに抜け落ちてるのに... なんで生きてるんだろ。。
と、いうことで、基本的にUSVsは、嗅覚系-扁桃体-視床下部-中脳-下位脳幹があれば発せられるということなんだろうと思います。ただ、経験依存的な抑制系とかは皮質にもありそうな気もします。