pupUSVsの特徴
生後数日のinfantが発するpupUSVsは、基本的に、不快情動の表出であると考えて良いです。
その特性については、もう、この総説があれば十分だろうという内容を、Ehretが2005年に記しています。
pupUSVsの産生は、limbic structuresによって制御されており、セロトニンやドーパミンも関係しながら、"USV rate reflects the actual state in the balance between emotions of anxiety and comfort" としています。
Ehretは、pupUSVsと母性行動、それらに関わる聴覚の電気生理もやっていて、この人がこの分野の基礎を築いたんだなぁと思わざるを得ない、えらい!と思う人です。ドイツのおじいちゃんのはずなんですが、2022年現在、いまだ現役で論文を出してるぽいんですよね。ちなみに、ドイツはEhretもいるし、USVsの発見もドイツだし、RatのUSVsの2大巨頭もドイツの人なので、USV研究を牽引していると言えます。2005年以降は、フランスと日本の研究者の貢献も大きい印象です。
【pupUSVsの発達】
仔の発声は、だいたい生後数日でその頻度が上昇し、postnatal day 8(PD8)前後で最大に達し、その後は減少して、PD14くらい(毛が生え揃ってくる)くらいでほぼ見られなくなります。このことが、いろんな年代の研究で知られています。例えば、以下3つ。
Branchi, I., Santucci, D., & Alleva, E. (2001). Ultrasonic vocalisation emitted by infant rodents: a tool for assessment of neurobehavioural development. Behavioural brain research, 125(1-2), 49–56. https://doi.org/10.1016/s0166-4328(01)00277-7 ICRのpupUSVsの発声回数の日齢変化が載ってる総説。infant vocalizationsが齧歯類意外でも鳥、犬、霊長類(ヒトも)などで母性行動に影響を与えていることを論じている。
Yin, X., Chen, L., Xia, Y., Cheng, Q., Yuan, J., Yang, Y., Wang, Z., Wang, H., Dong, J., Ding, Y., & Zhao, X. (2016). Maternal Deprivation Influences Pup Ultrasonic Vocalizations of C57BL/6J Mice. PloS one, 11(8), e0160409. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0160409 こちらはB6での研究。母子分離の効果も調べている。このPLOS Oneの論文の Fig. 2a が以下のような感じです。5分間の合計(の平均値)がこの回数というのは、ちょっと少なめな印象もありますが。
この論文では、pupUSVsの雌雄差を調べているというのもありがたいところです(性差を調べているのは意外と少ないかも?)。この論文によれば、母子分離をしたあとは雌の方が発声が多くなるようです(PD7以降)
逆に言うと、pupUSVsは雌雄ともに発するのですが、他のページで紹介している通り、大人になると雌雄で発声を示す文脈が変わっていくわけですね。
https://scrapbox.io/files/632df7f37f841f00228afa70.png
このようなpupUSVsの発達の背景にある生理現象はなんでしょうか?
ちなみに、マウスの仔は、生後直後は耳が聴こえていません。PD10くらいから聴こえ始めるようです。
Ehret G. (1976). Development of absolute auditory thresholds in the house mouse (Mus musculus). Journal of the American Audiology Society, 1(5), 179–184.
むしろ、耳が聞こえるようになる前に、盛んに鳴いているということで、聴覚フィードバックなしに、内的状態の表出がなされていると言えそうです。その内的状態に関わるもっともわかりやすい生理指標が体温です。
一旦発声が増加した後は、体温調節機能の発達とともに、発声は減少していくという関係と言えそうです。
Sales, G. D., and Skinner, N. C. (1979). The effect of ambient temperature on body temperature and on ultrasonic behaviour in litters of albino laboratory mice deprived of their mothers. J. Zool. Lond. 187:265–281. https://doi.org/10.1111/j.1469-7998.1979.tb03948.x 2つ目のOkonら論文の記載がわかりやすいように思います。PD6くらいまでは変温的(poikilothermic)に周辺温度に合わせて体温が変動します。PD7からPD14くらいになると、22℃くらいの室温程度であればかなり恒温性(homeothermic / homoiothermy)に体温調節が可能なようです。それ以降から、離乳前のPD20くらいになると、かなりの低温環境でも体温を維持できるようになっています。
なので、基本的には温度(体温)が下がるとpupUSVsは上昇するのですが、その関係性はちょっと複雑です。
2-3℃の低温:特にPD5より若いと呼吸も止まってしまいUSVsは抑制されます。通常USVsが見られなくるPD14以降だとUSVsを誘起するようです(普通の室温であれば問題ないがここまで温度が下がると泣いちゃう、みたいなことか)。
12℃ or 22℃:PD6以降くらいで、USVsを誘起する効果が強くなるのだが、これって、実験室の室温みたいなものなので、基本的に、母と巣から離されるというだけで、この頃の仔マウスはかなりストレスなんだろうと思われます。発声回数の測り方がこの時代は今と違うので、なんとも言えませんが22℃より12℃条件の方が、USVsを強く誘起する傾向が見られます。
また、発声自体は、あくまで嫌悪の表出で、それ自体が体温調節機能があるわけではなさそうです。
Devocal(USVsの種類と "どっちが鳴いてるか" 問題を参照)をして発声を抑制すると、低体温状態からの回復がちょっと遅れる。回復をしないわけではないので、発声が体温上昇に多少は寄与するが、体温上昇に不可欠と言うほどではない。ラットでの研究ですが。 いずれにしても、他の哺乳類でもそうですが、産まれたばかり仔は母のケアがなければ体温調節もままならないわけで、pupUSVsの誘因機構はその意味で非常に適応的と言えます。そういう嫌な条件下で母を「呼び寄せる」ことになるわけで。呼ぶと言っても、ヒトの赤ちゃんも明示的に親を呼ぶようになるには発達を待たないといけないので、基本的には母の注意を引き寄せるだけで十分なわけですね(相手の行動さえ結果的に変えられれば良い)。この点についてはpupUSVs に対する雌の反応で扱います。 【温度以外の要因:匂いなど】
こちらの論文は、効果量が全体的に微妙ぽいのがちょっと残念(解釈が難しい)のですが、以下の条件下でのpupUSVsの量を比較しています。ICRのPD8を使っています。
普通にisolation
巣の匂いと共にisolation
22℃くらいの低温に曝してisolation(巣の温度より10℃くらい低いらしい)
ヘアブラシで撫でる
雄の匂いと共にisolation
撫でられてる群のUSVsは低いんですが、その他の群ではUSVsが多い。特に、低温条件では多く見えます。しかし、one-way ANOVAの結果としては有意ではないということです。その後、USVsの種類を声の高さを基準に3つに分け、声も分類して比べると、一番低い周波数帯の frequency step(Jump)という種類のcallでは、低温条件と雄の匂い条件でUSVsが多くなっています。
ちょっと、要約しづらい。。。 最近の計測方法でやり直してみても良いかも?
Santucci, D., Masterson, D., & Elwood, R. W. (1994). Effects of age, sex, and odours from conspecific adult males on ultrasonic vocalizations of infant CS1 mice. Behavioural processes, 32(3), 285–295. https://doi.org/10.1016/0376-6357(94)90048-5 この論文のでは、子殺ししがちな雄(infanticidal)と子殺しをしない雄(non-infanticidal)の尿を提示した際のUSVsを比較しています。同じ仔を用いて繰り返し実験をしています。群間差としてもある程度ハッキリ差が出るのですが、個体内の2条件の差分を用いて比較すると、さらにハッキリ差が見られ、infanticidalな雄の匂いでpupUSVsが上昇することがわかります。
Wiedenmayer, C. P., Lyo, D., & Barr, G. A. (2003). Rat pups reduce ultrasonic vocalization after exposure to an adult male rat. Developmental psychobiology, 42(4), 386–391. https://doi.org/10.1002/dev.10112 ただし、ラットの場合はマウスとは異なり、infanticidalな雄の匂いで体の動きとpupUSVsがかなり抑制されるようです。ラット、頭良いのかな...
CBA系統の仔マウスに対し、pupUSVsの測定時にCBAやB6の匂い提示を床敷を使って試しています。B6との間で里子操作もしています。結果的に、里子操作をしようがしまいが、CBAの仔マウスはB6の匂い提示でめっちゃ鳴くという結果で、生得的に自身の系統の匂いの方がストレスを感じにくいということがうかがえます。また、遺伝的な違いを匂いで弁別しているということですね。
【母仔分離の影響】
Yin, X., Chen, L., Xia, Y., Cheng, Q., Yuan, J., Yang, Y., Wang, Z., Wang, H., Dong, J., Ding, Y., & Zhao, X. (2016). Maternal Deprivation Influences Pup Ultrasonic Vocalizations of C57BL/6J Mice. PloS one, 11(8), e0160409. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0160409 USVsが見られる頻度の発達変化について、上の方でグラフを引用した論文です。この論文では、B6を使って母仔分離の効果を検証しています。測定前にisolationをすると、USVsは確かに増えるんですが、母仔分離の効果が日を追うごとにUSVsの回数として現れるというわけではないようです。pupUSVsを測定できるのって、数日の間だけですからね。成長後に効果として現れてくるということなんでしょう。