ヤーヴィンの大聖堂(Cathedral)論って何?
from カーティス・ヤーヴィンの「新反動主義」――王制主義リバタリアンとは何か
ヤーヴィンの大聖堂論の紹介と検討
私はヤーヴィン思想の中で大聖堂論は比較的どうでも良いと思っている (ネオカメラリズムやフォーマリズムの方に関心がある) のだが、ヤーヴィン思想の中では本人的なウェイトが大きいし、有名なのでいちおう紹介しておく
Cathedral
Cathedral(大聖堂)の簡潔な解説 - Gray Mirror
大聖堂 = メディア + 大学 (+ 官僚)
ヤーヴィンの理論は、「学者の間で広まる考えは彼らの権力追求に奉仕するものに過ぎない」という、ある種の反知性主義 (悪口の意味ではなく、インテリに対し否定的に見るという意味) を理論化したもの。
インテリを敵視するのは保守派によくある。
以下の4つのテーゼが主な主張:1. 共観性 (synoptic)、2. W-force、3. 学者による神権政治、4. 「分散型マキャベリ主義」
1. (共観性 (synoptic)、現代西洋社会の公式教義的なもの、「ゲッベルス無き強制的同一化」)
共観福音書 - Wikipedia
「アカデミア (ハーバード、イェール) と、主流派メディア (ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト) が持つ意見は、みな同質的なものだ。つまり、ハーバード、イェール、ニューヨーク・タイムズの意見に、大きな対立はない。」
たとえば、アメリカではどんな大学でも、アフリカン・アメリカン学部というのがあり、だいたいアファーマティヴ・アクションをしている、というような例を挙げている。(アメリカ限定の話をしてる?)
外集団同質性バイアスでは?
Was Moldbug Right about the Cathedral? - Leon Voß: 実際にはメディア内の対立大きいよ、という批判。
2. (W-force, "クトゥルフはゆっくりと泳ぐこともあるが、左に向かってしか泳がない")
「歴史を見ると、そのコンセンサスは時代とともに一定の方向に動いているようだ。それは左派的な方向だ。」
いわゆる道徳的進歩。ピーター・シンガーの「共感の輪の拡大」のホラーバージョンと言われている。
Michael Huemer, A liberal realist answer to debunking skeptics: the empirical case for realism - PhilPapers
Contra Huemer On Morals | Slate Star Codex
Michael Huemer は、リベラリズムは客観的な真理であり、過去1000年間、特に過去2世紀の間で、我々の道徳は真理に近づいていっている (奴隷制/拷問/死刑の廃止、民主化、脱植民地化、女性参政権、人種差別の減少) と考えた。Huemerの論文もシンガーと同じく、ヤーヴィンが観測しているのと同じ現象を、社会的進歩に好意的な立場から見たもの。
ヤーヴィンは、現代アカデミア・メディアの意見は、一般人のそれより左翼的なだけではなく、過去のアカデミア・メディアの意見よりも左翼的である、とする。任意の2時点について、時間的に後の方が左翼的な傾向にある。
The real reason Cthulhu swims left - by Jacob Johnson
Richard Hanania "Conservatives Win All the Time"
(2)の考え ――W-force―― への批判
Hanania いわく、アメリカ政治では、銃、中絶、税、学校について、保守派が勝ってきた。にもかかわらず「保守派は負けてきた」と言っている人は、白人が多数派である状態への (移民流入による) 危機や、LGBTなどマイノリティに関するテーマについて念頭においているのかもしれない (それらのテーマでは保守派が負けてきたので)。
1. 時代や場所を恣意的に切り取らない限り、社会全体が左傾化しているというのは単純に事実ではない。
2. 左派の典型的な見解の一つは、「自由市場を重視する“ネオリベラル”政策が今や世界を支配している」というものだ。私はそれはかなり誇張だと思う。とはいえ、長期的に見てネオリベラリズム化の傾向があることを示す証拠は、長期的な左傾化の傾向を示す証拠よりもずっと多い。
Bryan Caplan "What's Wrong with the Thrive/Survive Theory of Left and Right - Econlib"
ブライアン・カプランは、社会が左翼的になるというトレンドよりも、"新自由主義的"になる長期的トレンドのほうが根拠が多いと言っている (政府支出 (GDP比) は増加傾向だけど)。
3. (学者による神権政治)
「アカデミア+メディアは、現代のアメリカ政府をコントロールする支配階級である。」
理由は、
アカデミアのコンセンサスは、メディアを介し、一定の時間を経ると一般人の世論にも反映される。民主主義では世論が政府をコントロールするので、世論をコントロールする情報機関は間接的に政府をコントロールする。
また、官僚が政策を考えるさいも、アカデミックな知見が利用される。
から。
Emil Kirkegaard "Do elites control public opinion? - Aporia"
The article is interesting for how badly it misrepresents American history. Intellectual elitist dominance of US policy is a frequently debated topic throughout the history of the United States.
↑Unqualified Reservations: A gentle introduction to Unqualified Reservations (part 1)という記事への批判
「経済学者たちと政治哲学者たちの思想は、
それらが正しい時にも間違っている時にも、一般に理解されている以上に強力である。
実際、世界は、それ以外のものによっては、ほとんど支配されていない。
実際的な人たち、どんな知的影響からも自分たちは全く免れていると信じている者たちは、
ある亡き経済学者の奴隷であるのが、通例である。」byケインズ
のような感じがする (ヤーヴィンの場合はもっと直接的な政策提言による影響とかを考えてそうだけど)
4. (「分散型マキャベリ主義」)
(2)の世論の左翼化が起こった理由は、(3)を介した 以下のメカニズムによってである:
メカニズム: 意見の自由市場において、意見達が支持者を求めて競争する中で、選択圧として、学者/ジャーナリスト/官僚が自身の重要性を宣伝し、また自身の権力と仕事、予算を増やすことを正当化するような考えが優位に立つ という力が働いた。そしてそのような考えとは、左翼的な考えである。
このため、理論の持つ知的な利点とは別の観点で、左翼的な理論が知的エリートに広まり、さらには一般世論へと広がっていった。
これは、権威主義国家において言説が言論弾圧されることで歪むというのとは逆の動きで、言説の方が実際の政策等に影響を与えることで、言説の側が歪み、「その意見の持ち主に権力を与えるような言説」が社会に広まるというもの。
ヤーヴィンによれば、歴史を通して世論がリベラル・左側に向かってきたのは、シンガーやHuemerの考えのように人々が道徳的真理を発見していく過程なのではなく、権力闘争の結果に過ぎない。
分散型マキャベリ主義という言葉のソース: Chapter 6: Brother Jonathan | A Gentle Introduction to Unqualified Reservations | Unqualified Reservations by Mencius Moldbug
以下のヤーヴィンの記事だと、左翼的意見が広まる動機としては、インテリが権力を実際に得るためと言うより、「インテリが権力を持った気分になるための理論が広がる」という、気分的な話になっているけど:
The Clear Pill, Part 2 of 5: A Theory of Pervasive Error - The American Mind
この話はウォークネス/ポリティカル・コレクトネスを意識してて、ポリコレについては、政府を通した権力を行使するという側面は、(経済政策などに比べ) あまり重要ではないと考えられるから?
ayu-mushi.iconメディアと世論の関係については、いっぱい世論調査とかで調べられてるだろうから、いまさら机上の空論でやってるのは馬鹿らしいんじゃないかという気がするー!
あとヤーヴィンは左翼右翼という概念を、一義的なものとして扱っているが、実際には社会文化軸と経済軸で別の振る舞いをしてたりしないのかっていう疑問がある。
ayu-mushi.icon「左翼的な政策が、学者→メディア→一般世論という経路で伝わる」という説は、福祉国家の拡大を説明する上ではもっともらしくないのではないか。
アメリカの世論調査では、メディケア、年金について、公的支出を現状よりも多くすべきという声が大きい。(か??? 世論調査では「減税」も「支出増」も人気という不整合な結果があるから、データの読み解きはもうちょっと慎重にするべきかも)
Deciding To Win – Toward A Common Sense Renewal of the Democratic Party
もし仮に、アメリカが完全な民主主義だと仮定しよう。すると、中位投票者定理により、「【現状の支出】 = 【世論調査で調べられるような、大衆の望む支出の中央値】」となるだろう。だから世論調査の中央値を取れば、「現状のままでいい」という結果になるだろう。
しかしそうならず、福祉を拡大する方が世論調査で大きいのは、アメリカが完全な民主主義ではなく、エリートが影響力を持っており、(政治に大きな影響力を持つ) エリートの方が、大衆よりも福祉の拡大に否定的だからだろう
さらに、アメリカを含む多くの国において、現在、公的支出の中で比率的に多いのが社会保障であるという事実も、Cathedral理論で説明するのが難しい点ではないか。
というのも、社会保障は、所得を移転するものであるという性質上、他の政策に比べ、多くのテクノクラートを必要としないのではないか?
どちらかといえば、アカデミアが政府を操っているというよりも、(社会保障は高齢者によって消費されることが多いため)老人が政府を操っているという方が、データに即している。
地球温暖化対策などについては、エリート主導であるというのは間違いないだろうけれど(学者が言わなければ誰もそんなことに気づかないのだから)
正直、cathedralという言葉がヤーヴィンの語録の中で人気らしいのは、この (4) の彼のメインの理論がウケたというよりも、学者やジャーナリストに対し宗教をイメージさせる意味合いのネーミングがウケたというだけなのではという気も。(3)の、インテリが支配階級であるという話もウケたのかもしれないけど。
近年話題のウォークネスは明らかに大学から始まって一般に波及した運動だからというのもありそう?
Paul Graham "The Origins of Wokeness"
ケインズ主義とかがCathedral理論で説明できることの代表だと言いたいらしい (Chapter 3: AGW, KFM, and HNU | A Gentle Introduction to Unqualified Reservations | Unqualified Reservations by Mencius Moldbug) けど、フランクリン・ローズベルト本人はケインズ読んでないらしいよね?
ナチスの公共事業がケインズに影響を受けているわけではないだろうし、フレデリック・バスティアは19世紀に公共事業による失業対策を批判しているのであり、不況時に公共事業を行うのは昔からある。
憲法には次のような条項がある、――「社会は、国、県、地方自治体が公共事業を確立 し、仕事を求めるものを雇用することによって労働の発展を奨励し、促進する。」
緊急の場合、厳しい冬場の一時的な手段としては、納税者によるこういった干渉も有用 かもしれない。それは保険と同じような役割を持つ。それは雇用にも賃金にも何もつけ加 えないが、通常時の雇用や賃金を、損失は伴うものの、困難な時点へと移すのだ。〔バスティアが"景気の安定化"をある程度認めているのは面白い〕
永続的・一般的・体系的な手段としては、それは破滅的な神秘化、不可能性、以外の何 ものでもない。それはわずかばかりの労働者の喜びを伴う、それは見えるものだ、同時に 大量の実現されなかった労働を強いられることになる、それは見えないものなのだ。
フレデリック・バスティア (1850) "見えるものと見えないもの"
ということは、アカデミック→政治という順番は疑わしいんじゃないだろうか
単に公共事業を行う、というだけではなく、やり方の具体的な処方箋という意味では当然影響を与えているだろうけれども。かつての公共事業は、赤字国債を発行するのではなく、増税してそれを支出するみたいな、不況対策として意味ないやり方で行なわれていたこともある。
Joseph Bronski / Leon Voß "Was Moldbug Right about the Cathedral?"
Joseph Bronski / Leon Voß "Why Moldbug was wrong about leftism - Leon Voß"
科学社会学者とか、科学知識の社会的構築、フーコーとかが、学問は権力によって影響されるみたいな話はしてそう
批判: ヤン・エルスター
グラムシの文化ヘゲモニー
文化ヘゲモニー - Wikipedia
Chapter XIV: Rules for Reactionaries | An Open Letter to Open-Minded Progressives | Unqualified Reservations by Mencius Moldbug リバタリアニズムは公共政策の専門家に職を与えることを正当化しないため、アカデミア/メディアにおいて人気にならない、という (負け惜しみ?)。
暴露論証
You are going to lose - by Curtis Yarvin - Gray Mirror
ただ、この記事では「Cathedral は、ポピュリストが自由市場を旗印にしたときは自由市場に反対するが、そうでないときは単にいい考えなので採用する。19世紀のマンチェスター学派の古典的自由主義のときには、自由市場支持の方がインテリ言説で人気だったのである。よって、Cathedralは自由市場に対し、原理的に反対するものではない」と言っている。今まで言ってきた「Cathedralが権力を得るために、大きな政府が生まれた」という説を完全にひっくり返しているように見える。
60~70年代には、公共政策の言説は、シカゴ学派・新古典派経済学の影響で自由市場重視に傾き、カーター政権の航空規制緩和法につながったことを指摘してる。
「学者はソーシャルエンジニアリングとかテクノクラシーによる支配によって自分たちが社会を導くことを望んでるから、人間本性を可塑的なものとみなしてラディカルな社会改良を可能 (かつ望ましい) とする見方 (ブランクスレート、社会構築主義) によってそれを正当化しようとするんだ」みたいに反知性主義/保守主義の用語を使っても説明できる気がするけどそういう言い回しはしてないね。
ジョセフ・ヒース「一分でわかる保守派の反理性主義の歴史」(2015年4月) – 経済学101
以下のヒースの話と結びつけることもできそうだと思った。
進歩的な社会変革は本質的に込み入っており、達成が難しく、妥協、信頼、そして集合行為を必要とします。したがって、「心 (ハート)」だけで達成できるものではなく、膨大な「頭脳」の力も必要です。
言うまでもなく、アメリカにおける富と機会の分配について何かしようと試みることも、極めて込み入ったものになるでしょう。ウォール街近くの公園を占拠しても、大手投資銀行の力を弱めることにはなりません。銀行の運営方法を変え、不正行為を罰することは可能ですが、これはすべて規制を通じて達成されます。そして、その面で行動を要求するには、何を要求すべきかを知っていなければなりません。それを理解するには、多くの退屈で細かいディテールに関与する必要があります。しかし、ウォール街占拠者の中で、資本準備金要件やクレジット・デフォルト・スワップのディテール、または取引所と決済機関の違いを理解する忍耐力を持った人はいるでしょうか。富裕層から貧困層への富の再分配のような単純なことでも、税法(キャピタルゲインの扱い、代替最低税など)に関する退屈な議論が絡んで、すぐに複雑になります。
ジョセフ・ヒース『啓蒙思想2.0』(Google 翻訳)
進歩的左派が支持する社会変革は本質的に複雑であり、理性を必要とする (ヒース)。
理性が必要なら、それに秀でた専門家も必要だ。人は自分の営みが社会的に必要だという話を語りたがるし、そう人々に納得させれば研究費も、専門家の政策への影響力も増えるだろう。そうして、学者たちの間では、自分たちの必要性を正当化する話が広まっていく (ヤーヴィン)。
From the Quaint to the Bizarre: Jeff Friedman on Hayek - Econlib
ここでブライアン・カプラン (と、ジェフ・フリードマン) は、ハイエクの、科学主義や設計主義的合理主義 (constructivist rationalism) がインテリを社会主義へと向かわせるという考えに疑問を呈している。
そもそも上のヒースの引用も、左派の目的を成功させるには理性を必要とするにもかかわらず、しばしば理性を軽視するということが念頭におかれたものなので、そんなにストレートな関係ではない。
The Clear Pill, Part 2 of 5: A Theory of Pervasive Error - The American Mind
Cathedralの理論とウォークネス/ポリコレの説明を結びつけた記事。
Chapter XIV: Rules for Reactionaries | An Open Letter to Open-Minded Progressives | Unqualified Reservations by Mencius Moldbugによると、犯罪学者が犯罪への罰を減らし、更生を目指すアプローチを支持するのは、
1. 犯罪への罰を減らし、更生を目指すアプローチをすると、犯罪が増えるため、政府からさらに犯罪学者が求められ、犯罪学者の研究費が増えるから。逆効果なことを提案するインセンティブがあるのだ。
2. そのアプローチ (罰を減らす) は直観に反する。当たり前のことを説明するだけだと社会科学者要らないと言われてしまうので、当たり前でないことを言いたいから。
3. 一般人にとって不快であるというまさにその理由によって、知的エリートに訴えるから。
――という理由だとヤーヴィンは言っている。
ayu-mushi.iconしかし、(1)のモデルは、犯罪学者たちを「「「無限振動状態」」」に導くッ!!!
議論の都合上、仮に犯罪学者は全員サイコパスだとし、彼らは常に研究費を得るために最適と思う行動を行う、と仮定する。ただし、犯罪学者はサイコパスであっても、サイキック能力者ではないので、誤った信念を持っている場合には当然最適でない行動をすることがある。最適な行動をするのではなく、あくまで最適と思う行動をするのだ。
もし犯罪学者のAさんが、犯罪を増やし、研究費を得るために、「犯罪に対し刑罰の厳しい対応は逆効果」と言ったとしよう。もちろん、人々を説得するためにそれらしい根拠をつけて。
――ここで、そのAさんの発言に、別の犯罪学者のBさんが説得されることを防ぐものはあるのだろうか?(たしかに犯罪学者はサイコパスだと仮定したから、仲間もそのことを知ってるとすれば、仲間の言うことを全部嘘だと思ってもいいんだけど、まあそれは置いといて)
私的なコミュニケーションチャネルがなければ、Aさんが嘘をついているのか否かはBさんにとって不明だ。犯罪学者は世界中に散らばっているから、公的なコミュニケーションチャネルを使うしかあるまい。
しかし、もしAさんに説得されてしまったら、Bさんもサイコパスであると仮定したから、「犯罪が増えれば、僕の研究費が増えるぞ。クックック。そういえば、Aさんが犯罪に対し厳しい対応は逆効果って言ってたなぁ (Aさんは真な主張をしていると思ってる)。じゃあ、「犯罪に対しては、厳しい対応が効果的」と言っておけば、みんながそれを信じて実行した結果、逆効果になって、犯罪は増え、犯罪学者である僕の研究費は増えるだろう。」というふうに推論し、「よし、「犯罪に対しては、厳しい対応が効果的」っと。ムワッハッハ!」というように行動することだろう!
さらに別の犯罪学者のCさんがBさんに説得されたとしよう。すると、次のように考えるだろう。「犯罪が増えれば、私の研究費が増えるぞ。クックック。そういえば、Bさんが犯罪に対し厳しい対応は効果的って言ってたな。じゃあ、「犯罪に対しては、厳しい対応が逆効果」と言っておけば、効果的な対応ができず、犯罪は増え、犯罪学者である私の研究費は増えるだろう。よし、「犯罪に対しては、厳しい対応は逆効果」っと。」
以下「「「「無限振動状態」」」」!!
(サイコパスの犯罪学者とそうでない犯罪学者が混ざったモデルではさらに共謀は難しくなる。なぜなら、サイコパス犯罪学者が、そうでない犯罪学者に信じていてほしいことは、ほかのサイコパス犯罪学者に信じていてほしいことと真逆だから。)
犯罪学者を、常に最適なことをできるサイキック能力者のようにモデル化して、最適なことをするには知識が必要というのを見逃しているのが問題。
つまり、ここで目的を達成するのに効果的な嘘をつくためには正しい知識が必要なのだ (どうすれば犯罪が増えるかが分かっていなければ、どういうことを人々に信じさせれば自分の研究費が増えるのか分からないだろう)。公開のチャネルで嘘を言ってしまうと、仲間の犯罪学者までそれに説得されてしまう危険がある。そうして自分自身が嘘に騙された場合、どういう嘘をつけば自分の目的を達成できるかを誤ってしまう。逆に、目的を達成するのに効果的に嘘をつくために必要な知識を公開のチャネルで共有してしまったら、犯罪学者以外にも嘘がバレてしまう。
それを避けるには、
「「犯罪に対し刑罰の厳しい対応は逆効果」という主張を発表するとき、犯罪学者以外を騙せるくらいには洗練されているが、犯罪学者がお互いに騙しあうのを防げるくらいには馬鹿げた論拠をあえてあげておく」
「犯罪学者しか行けない秘密の会合で真実を情報交換し、公開の場では研究費を得るための嘘を言うように示し合わせている」
「「厳しい刑罰は逆効果」というのはどの犯罪学者も信じないほど馬鹿げているので、ほかの犯罪学者がそれを聞いても研究費を得るための嘘だとすぐにわかる」
「研究費を得るための嘘と、効果的に嘘をつくために必要な真の知識を区別するために、しゃべるときの始めの子音を別々にする」
「犯罪学者にとってはそこから犯罪の抑止法について正しい知識を推論できるが、一般人にはそのように推論できないようなデータを予め共有しておく (その共有されたデータ自体は嘘ではないことが保証されている必要がある)」
「犯罪学者を「リーダー」と「フォロワー」と呼ぶ2つのグループに分けておいて、リーダーだけが戦略的な推論して研究費が得られるようなことを言い、フォロワーはリーダーの意見を復唱することにしておく」
とかいうようなトリック (≒陰謀) が必要になる。もちろん、そんなことは全然もっともらしくない。
参照:
・社会が信念を、真理性ではなく結果に基づいて信じることは良いことか?
・つまり、2つの理論があったときに、どちらの理論が人々をお互いにナイスになるようにできるかを尋ね、ナイスさを最大化するような理論の方を教えたり、広めたりすべきだろうか?
もしあなたが上の両方〔twitterアンケートの形式になっている〕に投票したなら、我々はナイスさを最大化するための虚偽を広めるかどうか決める際に、他のナイスさを最大化するための虚偽の信念を使っていいのか? それともその場合には真な信念だけを使うようにするべきか?
もしあなたがそのときは真な信念だけを使うようにするべきと考えるなら、どの社会的信念が本当に真で、どの社会的信念は真だと装っているものにすぎないのか、というのを区別しておく方法についてのあなたの提案はなにか?
https://twitter.com/RokoMijicUK/status/1297115991781117953
Appeal to consequence#64025f4194865400000caf08
ここで、「人々をナイスにするための虚偽」を「研究費を得るための虚偽」と置き換えてみよう。
「更生をするためのやり方を考える上で、犯罪学者の研究費が増やされる」とかだったら、上の反論はくらわないんだけどね (どうすれば研究費が増えるかという信念自体が、語る虚偽によって影響されないので)。
もし人々が分野の必要性を正当化する命題を信じさせることに成功した結果、その分野の学者全体に研究費が増やされるのであれば、「自分野の必要性を正当化する命題を信じる研究者」と「自分野の必要性を正当化しない命題を信じる研究者」の両方が利益を得ることになるため、ミームの遺伝子プールにおいて前者が適応的優位を得ることにはならないのでは?
そういうわけで、ヤーヴィンがいう誤情報のフィードバックループが起こされるためには、「自分野の必要性を正当化する命題を信じる研究者が多い分野」が「自分野の必要性を正当化する命題を信じる研究者が少ない分野」より予算をもらって増長していく、みたいに、選択の単位を分野にする必要があるのではないかね。
科研費を評価するのはほかの研究者なので、分野が選択の単位になるのはいいんじゃないかな。
Why Economists Detect Fraud - Cremieux Recueil
経済学のほうがステークが大きいので、不正が発見されやすい。ということは、ヤーヴィンのいうように社会への影響が大きいから誤った考えから利益を得る人がいるという効果だけでなく、影響が大きいからこそ正確になる方の効果も考える必要がある。
The best endorsement of the quality of work in economics that I've seen: "For example, we find that going from the most left-wing authored estimate of the taxable top income elasticity to the most right-wing authored estimate decreases the optimal tax rate from 77% to 60%."
私がこれまで見た中で、経済学の研究の質を最もよく物語っている一文はこれだ。
「たとえば、課税対象となる高所得層の所得弾力性について、最も左派的な著者による推定値から、最も右派的な著者による推定値へ移ると、最適税率は77%から60%へ低下することが分かった。」
https://x.com/wwwojtekk/status/1861573718264201353
これは経済学における政治的バイアスの要因が存在するものの、そこまで大きくはないということを主張するのに使えるかもしれない。しかし、ヤーヴィンはそれでも、このようなコンセンサスをもたらしている原因は証拠ではなく、社会的な要因であるというふうに言いそう。ヤーヴィンの論点は、コンセンサスそのものが左に向かっているという論点であり、個々人の左派政党支持を問題にしているわけではないので。
Broader Impacts | NSF - National Science Foundation
On Priesthoods - by Scott Alexander - Astral Codex Ten
Chapter 5: The Modern Structure | A Gentle Introduction to Unqualified Reservations | Unqualified Reservations by Mencius Moldbug
"Brother Jonathan" (コメント付き版: Unqualified Reservations: A gentle introduction to Unqualified Reservations (part 6))
Cathedralの起源、なぜ悪いか
ヤーヴィンは現代アメリカはウォルター・リップマンやチャールズ・フランシス・アダムズ Jr. (Mugwumps - Wikipedia) が理想にしたような報道・大学・行政機関が実権を持つ体制だと言っている。しかし、ウォルター・リップマンやチャールズ・フランシス・アダムズ Jr.の著作がその主張の根拠になるわけではないだろうと思った (人間の計画や理想が一般的に成功するという法則はないので、彼らの計画がほんとうに成功したと言いたいのであれば彼らの著作とはべつの根拠を改めて必要とすると思う)
マグワンプ、公務員制度改革、ペンドルトン法、資格任用制 (アメリカの行政国家の起源)
"Walter Lippmann and John Dewey"
Big Pharma, Big Wonkery | Easily Distracted (コメント欄)
〔What’s even more distressing is〕さらにいっそう深刻なのは、私の考えでは、この問題が単なる表面的なものではないということだ。これは政府に対する進歩主義的な設計思想全体に内在する、根本的なエンジニアリング上の欠陥であり、その起源はペンドルトン行政改革法や、いわゆるLiberal Republican Party(「マグワンプス」とも呼ばれた)にまでさかのぼる。
基本的に、Henry AdamsやCharles Francis Adams Jr.のような人々(私は彼らを心から尊敬している)が、「古い伝統的な意味での民主主義」、すなわち国民が国を運営する指導者を選ぶ仕組みとしての民主主義は失敗だった、と考えるようになった。少なくとも、それは、いわゆる金ぴか時代の大げさな愚かさと腐敗を生み出してしまった。
そこで彼らは、政府の政策は政治家やその取り巻き・操り人形によって立案・実行されるべきではなく、公平中立な専門家によって行われるべきだ、と考えた。しばらくの間はそれはかなりうまく機能したが、結局のところ、それもまた昔ながらの永久機関の夢と同じだった――監視人を監視するために、さらに上位の監視人を置くという発想だ。
この仕組みはしばらくはうまく回る。しかし最終的には、腐敗した監視人〔政治家〕を、腐敗した“スーパー監視人”〔専門家〕に置き換えただけになる。改善ではない。(だからといって、元の腐敗した監視人に戻ることも、たいして魅力的な解決策ではない。)
今日の政府における具体的な結果は、「手続き」が容赦なく支配する状態だ。民間部門で働いた経験のある人間なら誰でも、政府から漂ってくる圧倒的な匂い――それは硬直化し、思考停止した手続き主義の匂いだと感じるだろう。これは幸福で花咲く夏の香りではない。
Comments - A Robin Hanson Perspective on the Origin of Woke 初期ヤーヴィンの「アメリカにおける戦後の進歩的左派はキリスト教、ピューリタン、カルヴァン派、超絶主義、ユニテリアン主義、クエーカー派、メインライン・プロテスタント、エキュメニカル運動などに由来する」という説は、強い経路依存を主張する説。
一方、のちの、「意見の自由市場が政治権力と接続されると、正しい考えではなく、自分たちが政治権力を得るために役立つ考えが知的エリートの間で広まる。それが進歩的左派の考えである」という話は、経路依存性が低い。
経路依存性 - Wikipedia
「新自由主義」批判がグダグダになりがちな理由(ジョセフ・ヒース論文「批判理論が陰謀論になるとき」メモ) - 清く正しく小賢しく におけるジョセフ・ヒースの批判理論批判は、ヤーヴィンのCathedralの話に対する批判としても有効そう。
ヤーヴィンの Cathedral, Universalism 論は、ある種の陰謀論もしくは批判理論では?
①集合行為の構造。受益者グループが支配・搾取のメカニズムから利益を得ているというだけでは、受益者グループが実際にそのメカニズムを維持するために行為している証拠にはならない。受益者グループは個人で構成されており、個人が集団の利益のために行為するには、広範なコーディネーションと協力が必要になるからである。粗雑な陰謀論者は秘密の会合のようなものを想定するが、多くの陰謀論、そして批判理論は、コーディネーションと協力がいかにして行われているかを説明せず曖昧にぼかしている。
まあ実際学者にとっての意見を支持することの私的費用に当たるものが何なのかよくわからないから、フリーライダー問題になるのかはよくわからないけど、コーディネーション問題はあるでしょう。
②搾取・支配のメカニズム。搾取・支配のメカニズムは、(伝統的な植民地主義や封建主義などの場合を除いて)観察不可能であり、理論的に仮定されるものである。更に、メカニズムが観察可能なら被害者がそれを許していないだろうという考えから、隠れた搾取・支配のメカニズムが探求されることになる。単純な陰謀論はマインドコントロールなどを想定するが、批判理論も言説編成における「規範」や「論理」の影響を想定しており、陰謀論と大きく異なるわけではない。〔ayu-mushi.iconヤーヴィンも何が観察の結果で何が理論的な推定なのか、どの観察からの推定なのかをあまり明示せずに書いていた気がし、悪い感じがする〕
ヤーヴィンは「集合行為を行うことを道徳的に正当化する信念 (それ自体は道徳的でも事実的でもいいっぽい?) の共有により集合行為をコーディネート・動機づけするが、(その信念は偽であり) その集合行為は実は現実には彼ら (だけ) に利益をもたらす」というような ("An adaptive misconception is a belief about reality that is false, but allows its believers to conspire maliciously in a way that would be benign cooperation if it were true.")ことで、(道徳がフリーライダー問題を解決できたとして) ①と②を同時に解決しようとしている?
"distributed Machiavellianism"
https://x.com/curtis_yarvin/status/1996303578668151157
たとえば「トリクルダウン理論を用いて富裕層の減税を道徳的に正当化するが、それは実際の効果としてはそれに基づいて富裕層が共謀して取られる税を減らし自らたち (のみ) に利益をもたらすという隠れた機能を持っている」という説とかと同じ構造っぽい
Does Class Warfare Have A Free-Rider Problem? | Slate Star Codex
このScott Alexanderのイデオロギー論だと、イデオロギーは被害者を騙して搾取するためにあるんじゃなくて受益者の間でのコーディネーション/協力を行うためにあるってことになるけど
何が受益者の利益になるのかということを公言して討論しないとコーディネーションとして意味がないから、それは被害者を騙すために使えるタイプのイデオロギーとは全然一致しない? Too Many People Dare Call It Conspiracy | Slate Star Codex
ナショナリズムとかは自集団内のコーディネーション/協力に役立つタイプのイデオロギー (本当に役立ってるのかはしらない) の例になるけど
富裕層への減税が富裕層の利益になるのは明らかだから、何が自分たちの利益になるのかを考えるための談合はそんなにいらないだろうけど
「そもそも何が自集団の利益になるのか」を考えるという談合と、行為の段になってのコーディネーションは別なのでは
共有知識、犬笛
つまり、トリクルダウン理論は富裕層にとって前者を解決しない (そもそもそれが富裕層の利益になるのは自明なので解決する意味がない) けど、後者を解決する役割があるってこと?
(政治献金はスタグハントゲームや男女の争いのような構造ではなく、ほんとうにフリーライダー問題があるのか?
貢献する人数が増えるほど政治的効果が高まると仮定するとフリーライダー問題になるが、一定の閾値以下では政治的効果を持たず一定の閾値以上からそれ以上増やしても政治的効果を持たないという状況ではフリーライダー問題よりスタグハントゲームや男女の争いに近そう?)
いや、コストが貢献者にだけあって、利益は他の人にもある (ほとんどの利益が他の人に帰属する) という意味ではフリーライドの余地があるか。公共財ゲームのように「全員貢献する」状態にすればパレート改善になるというわけではないけど、お金の移転を考えれば「一部が貢献する + 貢献しないが利益を受ける人がお金を貢献者に送って補償する」とすればパレート改善する。
んーでもここで問題になってるのは政治献金だから、お金を移転すればパレート改善するんだったらそれぞれが直接献金するんでもいいような
投票は閾値があるけど献金は閾値はないような (もしある候補が選ばれればそれでいいし、それ以上の献金に意味はないという状態なら閾値があるか)
一定数の貢献がしきい値を超えると通るみたいなモデルだとフリーライダー問題にはならないけど、実際そういう事は少ないのでは (特定の党が勝つために働きかけるならそういう状態になるけど、どちらの党にも全体的に自分の傾けたい方向にプッシュするみたいなことには閾値がない)
Too Many People Dare Call It Conspiracy | Slate Star Codex
Too Much Dark Money In Almonds | Slate Star Codex
Why I Am Not A Conflict Theorist - by Scott Alexander
政治がゼロサムの問題の場合、欺瞞の意味が大きくなる: Matthew Yglesias "The rise of cosmopolitanism and the crisis of liberalism"
道徳がコーディネーション・協力を両方説明することから派生して、広範なコーディネーションと協力を説明できるように見える?
集合行為を道徳的に正当化/動機づける信念が共有され、人々が道徳的動機から集合行為を行うという場合には、たんなる公然とした協力も含まれる
「イスラエル国家の建設というのは実はシオニズムというものによって共同しユダヤ人の利益を目指す集団的な計略なのだ!」と言う場合、ユダヤ人以外にとっても目的が明らかな、完全に公然とした協力の例。陰謀の場合とは対照的
「○○は☓☓を正当化するのに使われる可能性があるから危険だ」「こっちの考えのほうがより進歩的な考えを正当化しやすい」のようなことを人々が明示的に言っている場合においては、特定の道徳的判断を正当化するという目的のために協力してある信念を広める / 広めることを避ける、ということも不思議ではない (個々が動機づけられた推論を行うということも不思議ではないので、道徳的判断が先に共有されてそれを正当化する信念をおのおのが動機づけられた推論によってもってしまう あるいは説得力を感じてしまう、というのも、不思議ではないか)
この例は道徳的判断の正当化であって集合行為やその隠れた機能の話とは違うか
あらゆる可能な道徳のデザイン空間を考えたときに、その中で普遍化可能性とかを満たすものは少数にすぎず、その中の多くは一部の集団の中での協力を可能にするにすぎないとするなら、一部の集団が他の人々を犠牲に利益を得る規範というのはありそうな感じがする
しかし Cathedral は完全に公然とした協力とは異なるように見える。ヤーヴィンは権力を追求することなどが (「地球温暖化することが環境に悪い影響を持つ」という信念などの) 信念の真の機能だと言っているが、「かくかくをすれば我々が権力を獲得できるので良いでしょう。よってかくかくをしましょう。」とみんなに言って協力を始めるわけではない
権力獲得・維持に役立つ行為を道徳的に正当化する信念の存在によって広範なコーディネーションと協力は説明できても、今度はなぜ権力獲得・維持に役立つ行為を正当化する機能を持つ信念が選択的に広まるのか? という新たな謎に答えなければならなくなるだろう――すごい偶然の結果たまたまそういう間違った信念を持っているというのではないだろうから
真の結果を知ることが難解すぎると受益者自身からも隠れてしまい受益者の間でどう広まるのか説明するのが難しくなるし、簡単すぎると受益者以外にもすでに知られてしまっているだろうからわざわざ2008-2014年にヤーヴィンが指摘するまでもないだろう
あるいは受益者は言説の真の機能が分かる洗練された人 (京都人?) だが、受益者以外は文字通りの内容として受け止めるナイーブな人だとする必要がある
受益者と被搾取者に知識の違いがあって受益者の方が真の機能の理解に至りやすいというようなことはありえる。専門家と一般市民の知識差とか
受益者自身もその機能を知る必要がないと言っているように思えるが、単に気分がよくなるような信念が広まるというくらいだと Machiavellianism とは言えなそうだから、意識せずに戦略的思考をしているというような変な構図がある
確かに人には自分に有利になるような自己欺瞞をする能力があってもおかしくないけど
地獄・天国への信仰など、信念が隠れた社会的機能を持っているように見える例はある
機能主義的説明
これは社会単位の (そういう信念を持つ社会は滅びにくいというような) 文化進化によるものか? それとも社会の中の特定の人々の利益になるものが広まることができる?
チェスタートンの柵は、存在するものには何かしら機能があるかもしれないというけれど、それが特定の集団による搾取という機能であるという可能性は? (例: 畜産を行うことは人間にとって意味があるけれど、それは非ヒト動物に損をさせて人間が利益を得るという機能)
特定の人々の間でだけの社会契約
親が、「そんなことしてると地獄に落ちるよ」と子供に言う場合、規範に従わせることはまさに意図された目的であり、隠れた機能ではないかもしれない
どうせその場の議論で勝つためみたいな場当たり的な動機が多くてそこまで戦略的じゃないんじゃないのという感じがする
「悪意があるわけではなく、現実にはある集団の利益になるような振る舞いAについて『Aは道徳的に (も?) 良い』というふうな信念をなぜかちょうど選択的に持っている」というのは、Hansonian Optimism (Hansonian Optimism | Slate Star Codex)と似ている (Hansonian optimismの場合は集団というより個人かも)
Trivers on Self-Deception - LessWrong
「自集団の利益になる」という信念自体は持たれているものと考えているのか? (つまり、上の括弧内の「も」は含まれているのか)
「も」が含まれている場合はよりありえそうな感じがする
富裕層への減税が良いと考えるおかねもちの場合は、富裕層にとって良いということは当然理解していて、それがたまたま社会的にも良いのだ、と言っているのだろう
医師会が、医師免許取得が厳しいのは安全のために必要なんだ、という場合、医師の供給を絞って賃金が上がるということは分かってて (このことはそこまで一般常識ではないけど)、それがたまたま社会的にもいいんだ、と言おうとしている
その場合、権力獲得・維持に役立つ性格が隠されているわけではなくて、提唱する人々の権力獲得・維持に役立つし、しかも (幸運なことに) 社会的にも良いのだ、と (被害者をふくめ) 人々は思うことになる?
医師のほうが規制で供給を絞ると賃金が上がるということを理解しているという状況では全然騙せる気がする
知識が非対称なので、自分たちの利益のために言ってるのかほんとに安全のために必要なのか医師以外にはわかんなくて、後者のリスクを考慮すると前者の可能性があっても制限したほうがいいみたいなケースもありえる
集団Aが、行為xは集団Aの役に立つと思っているけど、集団Bの人への説得のために、「実は行為xは集団Aには損! 実は集団Bにとって得!」 といった場合、これに仲間も間違って説得されてしまうと、同じ戦略的理由から今度はその説得された集団Aの人は、「行為xは集団Bには損! 集団Aにとって得!」と言うインセンティブが発生して、それに仲間が説得されてしまうと、以下同様 という無限振動状態になって面白い
David Friedman "Ideas: A Revealing Cartoon"
motivated reasoning
ヤーヴィンが民主主義は実質的にはメディアによる支配だというとき、メディアの人が民主主義を支持するときはそのことを分かってやっていると想定しているのか
メディア支配から逸れた民主主義は populism , politics, politicization と呼ばれる、みたいなことをいってるから暗黙の理解か何かがあると思ってるんじゃない?
たとえば思想家が「人々の行動に与える要因として、思想は強力な要因だ」と考えたら、自分自身が影響力を持っているかのようで気分がいいかもしれないが、そう考えることによって本当に影響力が手に入るわけではないので、あまり Machiavellianism 的ではない
それは本当の権力の追求ではなく、自分の妄想の世界の中での権力者になるだけだ
いや、それで自分がやっていることは重要だと他人に説得し、研究資金などが得られるなら 戦略的にも有効か (この例だと、影響力があるということでむしろ危険視されるかもしれないけど)
別に思想家が思想を重要と思うのは、生物学者が生物学的要因を重要と思うのと同じで、自分がそれによって仮に対象に介入できるようにならない (たとえば遺伝子操作が発明される以前でも、遺伝学者は遺伝的要因が重要だと思うかもしれない) としてもありえるから、自分野の説明能力を過大視するという傾向の一例ってだけで、権力追求の例ではない気がした
それも、説明能力が高い→威信が高まる→権力を得る みたいな説明はできなくはないけど
教育学部の人が教育が重要って思う (アマラとカマラみたいな) のはどっちなんですか
妄想の中で権力者になりたい or 重要だと思われると威信が上がる or 自分野の説明能力を過大視する一例にすぎない
「対策が逆効果をもたらすことによって自分自身に利益を与える」というのはかなり難しくて、なぜならその信念が偽であることにまさに依存して利益を得るということだから、心のある部分ではそれを真だと知らないだけでなく、偽だと知っているというタイプの自己欺瞞を行わないとそれによる利益を (たまたま得るだけでなく) 追求することはできないだろう
もしその嘘理屈に、仲間まで説得されてしまったら、その仲間にとっては嘘理屈を言うインセンティブがなくなってしまうのでは
成功すれば世界が救えるし、失敗しても自分には利益になるし、という気分で支持する可能性はある
Appeal to consequenceに、「いくらみんなにとって望ましい結果をもたらす信念に見えても、真であることではなく社会的に望ましい結果を持つことを理由に信念を採用すると、長期的には社会的に望ましくない結果に導く」という議論を載せたが、これは「みんなにとって望ましい」の部分を、「自集団にとって都合の良い」に変えても成立するだろう (「自分個人に都合の良い」に置き換えても成立するかもしれない)
自集団にとって本当に利益になる自己欺瞞を行うのは、そう簡単なことではないんじゃないか
Chapter 4: A Mystery Cult of Power | How Dawkins Got Pwned | Unqualified Reservations by Mencius Moldbugのpositive camouflageとnegative camouflageがそれぞれ①と②に当てはまるかもしれない?
②としてヤーヴィンは、報道機関と世論の関係に関する強力効果論? のようなメカニズムを考えている気がする
実際に「マインドコントロール」という言葉も使っている
サイモン・レン=ルイス「フォックスニュースは投票行動を左右する:経済学からの知見」 – 経済学101
サイモン・レン=ルイス「イギリス右派系新聞の影響力」 – 経済学101
ヤーヴィンは現代民主主義をナチスや共産主義と同じくくりにして「ナチスや共産主義者はジョージ・オーウェルが描くようなプロパガンダ国家だった、だから現代先進国がそうであってもおかしくない」みたいなことを言っているけど、Hugo Mercier によればナチスのプロパガンダはじつはそこまで成功していなかったというので、その帰納で根拠づけるのは無理では
"11: Rationality in the Evaluation of Communication, Guest lecture by Hugo Mercier"
でも Hugo Mercier は論理的説得は広まりやすいとも言っているから、論理的説得でプロパガンダを行ったらみんなに影響を与えられる可能性があるよね。メディアはそれを行ってるのかもしれない、というのはありえる。
論理的というのは、人にそう思われればいいわけで、バレない限りでは詭弁でもいいだろうと思う
Dan Williams "People are persuaded by rational arguments. Is that a good thing?"
利用可能性ヒューリスティックとか
Unqualified Reservations: A gentle introduction to Unqualified Reservations (part 1)
〔The basic premise of UR …〕URの基本的な前提は、20世紀に競い合ったあらゆる統治システム――そして最終的に勝ち残り、今日に至るまで私たちを支配している西洋民主主義を含めて――は、最も適切には「オーウェル的」と分類できる、というものだ。〔20世紀に競い合った政治システムというのは、ファシズムと共産主義を念頭に置いていると思われる。〕
それらは世論を形成することで、自らの正統性を維持している。
そして世論を形成するのは、大衆に提示される情報を巧みに造形・選別することによってである。
あなたもその「大衆」の一員である以上、世界を認識する際には、自国政府によって鋳造されたレンズを通して世界を眺めている。
つまり――あなたは完全に掌の上で転がされている(=支配されている)。
バラモン(学者・ジャーナリスト・公務員ら) が集団として (?) 利益や権力などを (計画的・意識的・共謀ではなく、無意識・創発的にということではあるが) 追求しているとしている点、一般的にそう思われていないが強大な権力を持っていると考える点、我々の事実認識や言説も彼らの都合の良いようにひずめられていると考えている点などから、陰謀論的と言えそう
conspire や scheme という言葉自体も使っているわけだし (schemeは1人でもできるので陰謀とは限らない?)
It can also be seen as a perfectly distributed conspiracy, à la H. G. Wells, with no central structure at all.
これはまた、完全に分散化された陰謀――H. G. Wells流に言えば『The Open Conspiracy』のようなもの――として見ることもできる。そこには中央集権的な構造がまったく存在しない。
Chapter 7: The Age of Democide | How Dawkins Got Pwned | Unqualified Reservations by Mencius Moldbug
"distributed conspiracy"
〔As a good democrat, 〕善良な民主主義者として、もちろんあなたは、この種のシステムを恐れるべきものだと教えられてきた。ただしそれは、その背後に邪悪な天才、あるいは少なくとも秘密結社のような集団が存在する場合に限る――いわゆる『陰謀論』として語られるような場合だ。だが実際には、こうしたシステムが分散的で自己調整的であり、その中でアイデアが知的設計によってではなく、ミーム的進化によって選別され整理されていくものであるなら、むしろそのほうがはるかに不気味で危険だと考えるべきである。
Chapter 5: The Modern Structure | A Gentle Introduction to Unqualified Reservations | Unqualified Reservations by Mencius Moldbug
〔Union of church and state can foster stable iatrogenic …〕
教会〔ここではアカデミアの比喩〕と国家の結びつきは、次のようにして安定した“医原病的(iatrogenic)な悪政”を生み出しうる。第一に、教会は『ある問題が存在し、その解決策がそれを解決する』という大衆的な誤解を育て、維持する。第二に、国家はそれに応じて、その解決策を実行するための部門・機関・あるいは触手のような出先機関(pseudopod)を伸ばす。こうして機関(agency)と教会は、医者として、生産的でない、あるいは逆効果ですらある仕事を生み出すことに協力することになる。おそらく彼らは、その利益の分け前をうまく分配する方法も見つけるだろう。
Unqualified Reservations: A gentle introduction to Unqualified Reservations (part 1)
ヤーヴィンのモデルは、大きな政府を本当に説明できるの?
ヤーヴィンは政府内の対立によって大きな政府ができると主張するが、逆に対立によって小さな政府ができるという方がありえそうではないか?
例: Tyler Cowen "Another reason not to be a Civil War revisionist"
南北戦争で州権主義の南部が脱退後に戦時社会主義化して経済介入を始めたという話。
北部と南部の対立併存が小さな政府を保っていたのではないかという考え
民族・人種の多様性と社会支出の大きさには負の相関がある。これはヤーヴィンの理論 (対立が大きな政府を導くとする) が予測できないことではないか。むしろ、協調が大きな政府の原因になっているように見える
Super-Economy: Ethnic Diversity and the Size of Government
Bryan Caplan "The Political Externalities of Immigration: Two Graphs to Ponder"
人種多様性が高いほど社会支出が低い。黒人の多い州は福祉支出が少ない。
Multiculturalism (Stanford Encyclopedia of Philosophy) には人種多様性と社会支出の負の相関があるとする説に対し、「あまり一般化できない」という批判をしているが。
Racism is a big deal - by Matthew Yglesias - Slow Boring
第一に、回答者の86%は、福祉受給者に占める黒人の割合を大幅に過大評価しており、平均的な回答者はその割合をほぼ2倍近く過大に見積もっている。
第二に、白人の福祉政策への支持は、福祉受給者に占める黒人の割合が高いと認識されるほど低下する。この点について私たちは、福祉受給者の人種構成に関する信念に対する操作(処置割当)を操作変数として用いることで、因果的主張を立証している。
第三に、白人の参加者に福祉受給者の人種構成について考えさせるだけで、福祉への支持は低下する。
第四に、福祉受給者の人種構成について正確な情報を白人回答者に提供しても(何の情報も与えない場合と比べて)、福祉への支持には統計的に有意な影響は見られない。
Richard Hanania "Diversity Really is Our Strength"
ヤーヴィンは大きな政府を、行政国家特有の現象として説明しているように思うが、アメリカで公的年金・メディケア・メディケイド・軍隊が一般の有権者にも人気があることを考えると、有権者が強い民主主義だとしても説明できる現象ではないか (その結果として民主的にコントロールされていない公務員が必要になるかもしれないけれど、それは結果であって原因ではない説)
政府支出の主要なカテゴリーの全て――公的年金制度、メディケア・メディケイド、軍隊――は 〔有権者に〕 人気がある。――ブライアン・カプラン "リバタリアン・ポピュリズムという蜃気楼" (ayu-mushiによる訳)
スティーブン・ピンカー『エンライトメント・ナウ』にも、「小さな政府」を掲げ年金などの社会保障を削減しようとする政治家は多いけれど、有権者の反感を買うので、その目的は達成されないみたいなことが書いてある
"大きな政府と高い税への反対にもかかわらず、国民は公的支出が 好き なのだ。それに触れた政治家は死ぬため、社会保障はアメリカ政治のサードレール と呼ばれてきた。" (p.109, ピンカー Enlightenment Now, ayu-mushiによる訳)
ヤーヴィンは「なぜ社会保障がそんなに人気なのかといえば、それは報道が政府機関の利益を擁護していて、それが世論に影響しているからだ」とみなすのだろう。
The Human Disposition To Help | Liberal Biorealism
その理論だと、なぜ政府支出の割合的には公務員の給料ではなく移転によるものが多いのかが説明できないし、対外援助が世論調査で人気がない理由も説明できない。
政府支出は女性参政権と相関がある。参政権を持つ人の構成の違いによって支出が変わるということは、当然有権者の意思は政府支出に影響しているということに違いない! Women Voting, Government Expenditure by David Friedman
David Friedmanのこの記事では、明確に政府支出と女性参政権の関係について断言しているわけではなかった
Chapter 7: The Ugly Truth About Government | An Open Letter to Open-Minded Progressives | Unqualified Reservations by Mencius Moldbug
たしかに移民やアファーマティブアクションのような政策は世論調査では人気がないのに、エリートの影響で推進されてきた (トランプ以前は) のだろうけれども、大きな政府をそのノリで説明できるわけではないだろうね。
福祉を人種的なレンズで見てる (黒人・ヒスパニックの下層階級への再分配というように) ため、移民/犯罪/経済という異なる話題でも「高学歴バラモン + 犯罪や福祉に生計を依存する下層階級 (主に人種的マイノリティ) vs. 白人プチブル」のような枠組み (Castes of the United States | Unqualified Reservations by Mencius Moldbug) で説明できるように思ってる可能性?
The Human Disposition To Help | Liberal Biorealism
https://x.com/Small_TP1/status/1322967983765872640
茶会太郎さんが言ってる "anti-taker populism"?
…とくに米国では人種的含意のある納税者・ノンエリート/福祉受益者+リベラルエリートという対比が強調されていました by 茶会太郎
文化戦争に乗っかった「大きな政府」批判
Actual letter to a liberal friend | Unqualified Reservations by Mencius Moldbug: 例えばこの記事では、アメリカの投票者を、「政府を他者に仕えるべきものと考える人」「政府を自らに仕えるべきと考えている人」「政府は自らに助成金を出すべきだと考えている人」の3つの階級に分けている。そして最後の階級は、「下層階級」だといい、その犯罪的傾向について書いている。
Chapter 10: The Mandate of Heaven | A Gentle Introduction to Unqualified Reservations | Unqualified Reservations by Mencius Moldbug
アメリカの病理を引き起こす主要な特徴は、「上流階級と下層階級が組んで中流階級と戦っていることだ」という。犯罪に対する厳罰を導入した「割れ窓理論」のルドルフ・ジュリアーニのように、上流階級の一部の離反勢力と中流階級が連帯し、「文明化された階級」を形成することが望ましいとしている。
Hrishikesh Joshi "What Are the Chances You’re Right About Everything? An Epistemic Challenge for Modern Partisanship"によると、アメリカにおける有権者の対立軸は、社会文化軸と経済軸とではなく、宗教軸と、人種+経済軸に分けられるという説 (Weeden and Kurzban (2016)) がある。
人種と経済が一体化してる。
〔Weeden and Kurzban (2016) have recently argued …〕
Jason Weeden と Robert Kurzban(2016)は近年、「社会的(social)」というカテゴリーはあまりにも曖昧すぎると論じている。主な問題は、アファーマティブ・アクション、African Americansへの政府支出や支援プログラム、移民政策、人種差別など、人種に関わるさまざまな争点をどこに位置づけるかという点にある。著者たちは、これらの争点に関する意見が、経済問題に関する意見とは強く相関する一方で、通常「社会的」争点とみなされる中絶、マリファナ合法化、同性愛に関する意見とは相関しないことを見出した。そこで著者たちは、イデオロギーの二つの次元は、「人種/経済」と「宗教」として特徴づけるのが最も有益であると提案している。
それでいうと、ヤーヴィンは宗教軸では世俗的だけど、人種経済軸では右派ということだ。
ヤーヴィンさん、もしアカデミアがメディアに影響し、それが世論を支配しているというなら、なぜ (経済学者が嫌う政策の代表である) 便乗値上げ禁止する法律はアメリカ人の世論調査でこんなに人気なの!!!
Kamala Harris’s economic policy slate more popular than Trump’s – poll | US elections 2024 | The Guardian
ブライアン・カプランによれば、教育を受けた有権者のほうが自由市場を肯定しがち。ならば、ヤーヴィンの言うように教育/メディア/アカデミアが世論を左派に傾けていくというのは、経済政策についてはもっともらしくない。
移民とか死刑制度とかトランスジェンダーとかアファーマティブアクションについてはもっともらしいかもしれないけどね。
How Americans view affirmative action in college admissions, hiring | Pew Research Center: アファーマティブアクションへの支持率は、聞き方による。
Richard Hanania "Abortion as the Affirmative Action of the Right"
有権者に支持が無いのに、ある政策を政府が取っているという事態は、民主党の移民政策やアファーマティブアクションだけではない。共和党の中絶禁止政策も有権者に人気がない。
Key facts about Americans and guns | Pew Research Center
共和党の、銃所持の自由も世論調査ではどちらかというと人気がない。58%は、現状より厳しい銃規制を望んでいる。それでも銃所持の自由が保証されているのは、Federalist Societyや、全米ライフル協会といった組織的活動の強さによるものらしい。
Bryan Caplan "Why Is Democracy Tolerable? Evidence from Affluence and Influence"
存在する政府支出は人気だとは言え、世論で人気のある政策がすべて実現されるわけではなく、アメリカでは高所得者の望む政策のほうが実現されやすい。
その結果、アメリカは、世論から予想されるよりも小さな政府になっている可能性が高い
カプランは、政策への選好が自己利益で説明できるわけではないとも言っているが、それでも高所得者のほうが自由市場を支持しがちではあるらしい。
Links for February 2025 (#2) - by Glenn
→アメリカで小さな政府を掲げ、かつポピュリズム的である運動は、(イーロン・マスクのDOGEがそうであるように) 外国や、不正利用、マイノリティへの (と認識された) 政府支出を標的とすることが多い。(あと、公務員の給料もありそう?)
政府支出の0.7~1.4%にすぎない対外援助 (What the data says about US foreign aid | Pew Research Center)とか、レーガンのいう「福祉の女王」 (不正利用) のように
一方、(政府支出の多くを占める) メディケア、年金のような、アメリカ人の白人マジョリティが恩恵を感じることの多いタイプの政府支出をターゲットとすることは少ない。それらはそもそも人気なので、それを攻撃するとポピュリスト運動ではなくなってしまう。
What every American should know about US foreign aid: 世論調査によると、アメリカ人は、平均して対外援助が政府支出の25%程度だと考えている。実際は、0.7~1.4% (What the data says about US foreign aid | Pew Research Center))。政府支出の割合についての知識は一般的でないのだろう
David Beaver and Jason Stanley "The politics of language" も、アメリカでは「福祉」という言葉が人種的マイノリティへの再分配を連想するから「大きな政府」が嫌われているにすぎず、実際に政府支出の多くを占めるメディケア (高齢者・障害者向けの公的医療保険) やソーシャルセキュリティ (年金) といった福祉国家の中枢に対し、アメリカ人の多くは反対していないようだと指摘する (ayu-mushi.iconプレプリントを見て言ってる。リンク先には書いてないかもしれない)。
R. Shep Melnick "The Political Foundations of the DOGE Scam", Quillette
ヤーヴィンの考えは、ポピュリスト的なリバタリアンの誤った ――しかし政治的動員手段としては意味をなす―― 考えに乗っかったものになっているのではないか (大きな政府の受益者は公務員や人種的マイノリティだと考えているようだから)。
ヤーヴィンは、自らの仕事を増やしたり重要性を増すために公務員や学者は政府介入に肯定的みたいなことをいうけど、ブライアン・カプランによると一般投票者はかなり反自由市場的だが、アメリカではエリートの影響が強いので、アメリカでは自由市場 (と、個人の自由) が保たれているという。
Bryan Caplan "Why Is Democracy Tolerable? Evidence from Affluence and Influence - Econlib"
ヤーヴィンの主張の背景としては、公務員には民主党支持者が多い (ソース: Ideology and Performance in Public Organizations - Spenkuch - 2023 - Econometrica - Wiley Online Library) ので、独立した行政機関を左派のほうが支持しがちということだと思うけど
まあカプランの言ってるエリートは、公務員ではなく高所得者のことだし、公務員は左派よりなんじゃないかな。
公務員に民主党支持者が多いのは、民主党支持者の方が公務員になりたがるからでしょ (self-selection)、って私なら思うけど、ヤーヴィンは、「左翼的政策は公務員の権力を増やすため」みたいに説明しそう。
各政党支持者の連邦機関への好意のデータ: Americans favorable of many federal agencies, especially Park Service, USPS, NASA| Pew Research Center
https://scrapbox.io/files/64735969462c99001bdb3aa0.webp
Public Expresses Favorable Views of a Number of Federal Agencies | Pew Research Center
Federal employees donate $4.2M in presidential race, mostly to Harris - Government Executive
ニック・スザボも民主的な議会より専門特化しており産業界のロビーイングの影響を受けやすい独立した行政組織の方がより自由市場に介入しない可能性を指摘している:
企業のロビーイングは、競争を阻害して供給を絞り価格を上げて利益を得るために規制を求めることもあり、かならずしも規制緩和を望むわけではないはずだけど、スザボは議会の方がより規制を求めると考えているようだ
Tobin Project "Preventing Regulatory Capture: Special Interest Influence and How to Limit It" も、産業界のロビーイングは、deregulatory capture や corrosive capture と呼ばれる、規制緩和を求める企業からの政府への capure の方がむしろ現在では多いかもしれないと言っている
Byran Caplan ( Pro-Market AND Pro-Business - Econlib )も、移民を雇いたいから移民制限に反対する企業など、規制より自由を求めるような企業ロビイングも大きいのだと言っている。
Ideology and Performance in Public Organizations - Spenkuch - 2023 - Econometrica - Wiley Online Libraryによれば、やっぱり公務員は左派が多いので、このスザボの意見はあんま正しくなさそうな気がしてきた
Nick Szabo:
〔My instinct is to say that Chevron is a profoundly unlibertarian decision〕
私の直感では、Chevron U.S.A., Inc. v. Natural Resources Defense Council, Inc.(いわゆる Chevron 判決)は、規制機関により多くの権力を与えるという点で、きわめてリバタリアン的ではない判断だと言いたくなる。しかしよく考えてみると、本当にそうなのか疑問に思えてくる。もちろん、それがきわめて非民主的であることは確かだ。事実上、この判決は議会が規制機関を統制する能力を弱めることになる。
議会はあまりにも多くの問題を抱え込みすぎていて、明確な法律を書く能力に欠ける。そのため、規制機関が自由に解釈できるような大きな空白や曖昧さがたいてい残される。
そうすると、Chevron 判決について本当に問うべきなのはこうだ。議会のルール制定プロセスと、行政機関のルール制定プロセスとでは、どちらがよりリバタリアン的なのか? その答えは、単に反射的に『民主主義』を支持するのでない限り、決して明白ではない。もし産業界のロビー活動が、平均して規制負担を増やす以上に減らしているなら(Chevron 事件ではそうだったように)、そして(おそらくそうだが)規制機関へのロビー活動――狭い専門分野の専門家たちに働きかけること――のほうが、議会へのロビー活動――何の専門家でもない者たちへの働きかけ――より効率的であるならば、Chevron 判決はよりリバタリアン的なルールを生み出す傾向があるだろう。この問題についてぜひあなたの意見を聞きたい。
Nick Szabo "Unenumerated: In defense of the judicial branch"
ここで言及されているChevron法理 (行政機関が訴えられないようにしてあった) は2024年6月に無効化された。 Chevron 法理の廃止は一般的に (小さな政府を掲げる) 共和党保守派の勝利とされている
「シェブロン法理」の無効化、通商分野にも影響か(米国) | 地域・分析レポート - 海外ビジネス情報 - ジェトロ
Chapter 4: A Mystery Cult of Power | How Dawkins Got Pwned | Unqualified Reservations by Mencius Moldbugでは支持者自身の価値観や利益に照らし合わせても左派の信念は有害だと言っているので、左派が真の意味で「都合の良い」ことを言っていると考えているわけではない(強い意味で利益追求に役立つ / マキャベリ的なものと考えているわけではない) ようにも見える
(もしちょうどぴったり自分の利益を最大化する考えを抱くなら、そんなことはおこらないはず)
不幸の手紙のように、ミームの利益と主体の利益は食い違いうるってこと?
ヤーヴィンは、道徳的な面については、Cathedral の問題は誤信念や権力維持に伴う副次的被害、ineffectiveness であるとしており、搾取 (分配の不公平) や支配 (権力分布の不公平) 自体は、Cathedral が行っていることだと考えるものの、 (少なくとも明示的には) 道徳的観点から問題にしているわけではない
(暗にレトリック的にその点を非難しているところはありそうで、あと報道の人が民主主義を謳うのにそれ自体非民主的であることの一貫性のなさ・偽善性を非難していることはある)。
フォーマリズムを導入すると現在の支配構造をそのまま維持したまま でも Cathedral を廃止でき、権力関係の不公平自体は残るものの、それで問題ないと考えるはず
つまり、現在の支配階級の人々に現在持つ権力に応じて株式を分配したネオカメラリズム政府にすれば、支配階級はそれからは誤信念によって権力を維持する必要がなくなる、とヤーヴィンは考えている
これによりヤーヴィンが道徳的に問題にするところの、誤信念や権力維持に伴う副次的被害、政府の無能さが解決できるため、(分配の問題、支配・搾取の問題は残るものの) 問題がないと考えるだろう
ayu-mushi.iconもしそれが真なら、支配階級にとって (も) 望ましいはずのフォーマリズムがすでに世界に導入されていないのはなぜか。支配階級は権力と利益の追求が下手なのか?
しかし、支配階級が望むことは実現されやすく、フォーマリズムは支配階級にも得とすると、フォーマリズムを導入することが現実に可能と信じる理由にはなる
なので、マルクス主義や批判理論のイデオロギー論との関係は、
事実認識は構造が似ている
道徳的価値判断の面 (それを問題視する理由) については大きく異なる
という感じ?
Cathedralの考えは、マルクスのイデオロギー論/虚偽意識に似ているけどなんか致命的に違うよねと思ってたけど、事実判断の部分/道徳的価値判断の部分に分けるとすっきりするかな。
ヤーヴィンの考えは、以下で批判されているMichael Lindの考えと同じ問題がある気がする:
〔At times, the line between Lind’s brand of materialism and crackpot conspiracies…〕
時として、Michael Lind流の唯物論と突飛な陰謀論との境界線は、きわめて曖昧になる。2020年、George Floyd protestsについて、「ポスト左派」系出版物 The Bellows に寄稿したコラムの中で、リンドはこう書いている。
「『警察予算削減(Defund the police)』というスローガンは、ブルジョワ的専門職左派によって、『主に労働組合に加入しているが大学教育を受けていない警察官たちから税収を移し替え、主に大学教育を受けているが労働組合に加入していない社会福祉・非営利部門の専門職へ回すこと』として解釈されている。」
つまり、警察の暴力に対する一見心からの抗議運動は、実際には「20代・30代の専門職ブルジョワ階級のために、より多くの仕事を作り出す手段」にすぎない、というのである。
これは馬鹿げている。警察廃止(abolition)を支持する白人が、「そうだ、自分が安定した政府の仕事に就くいちばん確実な道は、短期的にはほとんど成立の見込みがない急進的な刑事司法改革を支持してデモ行進することだ。でも理論上は、それによって社会福祉への投資余地が財政的に生まれるかもしれない」と考えてその立場に至った、などということは、まずありえない。
The Delusions of the Radical Centrist by Eric Levitz
Michael Lind は ヤーヴィンと同じく、ジェームズ・バーナムを評価してるらしい:Michael Lind "The Importance of James Burnham - Tablet Magazine"
学者の重要性を増す考えが広まるため介入主義的 (左派的) な考えが広まる、というのがヤーヴィンの考えに反論してみる:
行政府に対し違憲審査を突きつけるほうが最高裁判所判事や法学者の権力や重要性 は増すので、自由権のイデオロギーを採用するほうが得かもしれない? (ロックナー時代のように)
Federalist Societyとか
計画経済の方が経済学者の職は増えるのに、経済学者には自由市場を支持する人が多い。農業で自由市場が機能し、そのことが知られ自由化されれば、「農業経済学者」の社会的重要性は下がるだろう。では農業経済学者は自由市場に反対するのか? 多分そうだった気がする
マクロ経済でケインズ主義やマネタリズムが人気で、オーストリア経済学がアカデミアで人気がないのは、それが経済学者に職を与えないからというのがヤーヴィンの理論だと思うけど、(よく知らないけど) 主流派マクロでもリアルビジネスサイクル理論とか、合理的期待形成理論のように、中央銀行ができることについて疑念を持つものがある:
〔When I asked a macroeconomist at the University of Michigan why RBC…〕
ミシガン大学のマクロ経済学者に、リアルビジネスサイクル理論モデルがいまだに妙に人気があるのかと尋ねたところ、彼は肩をすくめて「政治だ!」と言った。リアルビジネスサイクル理論では基本的に、FRBも議会も実体経済を安定させることはできないので、財政刺激策や金利引き下げといったものを使って不況に立ち向かおうとしても無意味だというのだ。私が話をしたマクロ経済学者は、このモデルの特徴が、少なくとも当時は経済学の分野でそれなりの影響力を持っていた、小さな政府を掲げるリバタリアンにアピールしていると示唆した。
Noah Smith "Politicized science inevitably tends toward pseudoscience"
よく知らないけど、オーストリア学派が学会の主流派にならないのは、数理モデル化を嫌ってる点とか、実証しないとかのほうが大きそう?
なぜ右派はケインズ経済学を嫌うのか? - himaginary’s diary
大きな政府を支持せずにケインズ経済学を支持することは可能。それはケインズ自身の立場だった。Mark Thomaが述べたように、「政府の規模とケインズ的な安定化政策の間に必然的な関連は存在しない。」
オーストリア学派の研究手法と政策への適用 - himaginary’s diary
理論主義*2、個人主義、および主観主義の方法論的原理の上に構築されるとともに、景気循環現象を説明したり予測したりする可能性に対して複雑性によって科される限界、従って政策手段によるコントロールの可能性にも科される限界を心底から認識していることから、オーストリア学派の景気循環理論が政治的玩具として使われることは決してない。それが、経済政策担当者に実際には持っていない知識を持っているように見せかけることを促すマクロ経済学の過度に単純化された手法と違うところである。
たしかにそれなら、公共政策の専門家に人気がなくても不思議ではない
ブライアン・カプランの話を踏まえると、むしろリバタリアンは Cathedral の一部なんじゃないかという気がした。主流派経済学というのはもちろんアカデミアの一部であり、オーストリア学派に比べればそうでないにしても、一般人より自由市場に好意的だ。もっとも、ヤーヴィンはそういったアカデミックな体制側に取り入っているリバタリアンが嫌いのようだが (ベルトウェイ・リバタリアンとして否定的に言及)。
リバタリアニズムなどの合理的な保守イデオロギーは大学で代表される機会が過小である訳ではない…むしろ、人々が実際にそれらのイデオロギーを支持している割合と比較すれば、合理的な保守イデオロギーは〔引用者注: 大学では〕過剰に代表されている可能性の方が高いのだ。
ジョセフ・ヒース「保守主義者へのアファーマティブ・アクション?」(2017年 11月9日) – 経済学101
リンク先: Bryan Caplan "The Libertarian Target - Econlib"
"自分は体制側の欺瞞に気づいている"という意識で陰謀論に向かっている思想の一種な気がするね
Curtis Yarvin "The Cathedral and the Bazaar - Modern Government - Tablet Magazine"
(<title>はThe Cathedral and the Bazaar"だけど記事内で表示される記事名は"The Cathedral or the Bizarre"となっている)
political formula というのは
被支配者に支配者を愛させ、奉仕させ、服従させるように説得する考え
支配階級にとっては自分自身が正しいことをしていると正当化し、政府に経済的に依存している人にとっては自己利益を保証し、納税者に対しては服従させるようなもの
であると言っている
福祉国家について、白人から取って黒人に配るものと認識しているのか?
納税に注目した区分は、政府を経済的搾取の手段とみなし、それにもとづく階級論を唱えたフランツ・オッペンハイマーっぽい?
私作る人、僕奪ふ人(F・オッペンハイマー) - ラディカルな経済学
Actual letter to a liberal friend | Unqualified Reservations by Mencius Moldbug
〔I’ve also noticed that a lot of people in tech make hating the media central to their political identity, and in this case it’s understandable. …〕
テック業界の人たちの多くが、「メディア嫌い」を自分たちの政治的アイデンティティの中核に据えていることにも気づいている。そしてこの場合、それには理解できる面もある。いわゆる「大覚醒(Great Awokening)」以降の報道を読んでいると、多くのテック記者はテクノロジーそのものに関心があるというより、業界内部の人種差別や性差別を暴くことを自分たちの仕事だと見なしているのが明らかだからだ。美術評論家やスポーツ記者と同じように、報道対象そのものはかなり二次的で、本当の目的は「物語(ナラティブ)」を作ることにあるように見える。
それでもなお、被害者意識(victim mentality)が民族集団にとって望ましくないのと同じように、政治運動にとってもそれは自己破壊的だ。被害者意識は、人々が自分たち自身の欠点を見たり、自分たちの状況を客観的に評価したりすることを妨げる。そして陰謀論を受け入れやすくし、破局化思考(catastrophization)に陥りやすくする。私はすでに2022年の保守派の世論調査の失敗について触れたが、それは共和党に自分たちの見通しを誤認させ、結果として本選では勝てない候補を指名し、しかも彼らが予備選の延長戦のような選挙運動をしてしまう一因になった可能性がある。
…
人々が「MSM(主流メディア)」はいずれ消えるはずだと期待し続けるのは、その権力の源泉を誤解しているからだと私は思う。Balaji Srinivasan はそれを「法定通貨的情報(fiat information)」と呼び、Curtis Yarvin は「大聖堂(the Cathedral)」と呼び、Steve Sailer は「拡声器(the megaphone)」と呼んでいる。しかし、これらの表現はいずれも、なぜ報道機関がこれほど強力なのかについて誤解を招く。
Richard Hanania "Why the Media is Honest and Good"
Plutocracy Isn’t About Money | Slate Star Codex
Against Rothbard and Keynes, for Marx | Entitled to an Opinion