一言で言えば、ブラウザで使える公開メモ帳のようなものだ。(非公開設定もできる)
なんでもない思いつきから生活の記録、読書メモ、はたまたブログまで書けると思う。
今のところメアドなどもなしで登録することができる。
以下の記述はデライトの「良い点」ばかりを述べているものではないが、
私個人にとってはデライトは最高のメモツールである。
ただ、私は率直に書く。
デライトは独特なUIで、多くの人は戸惑うのではないかと思う。
個人的な予想では、見た目の時点で使うのをやめる人もけっこういるのではないかと思う。
https://gyazo.com/6f65fc5fdff5b73dbdc6b0aa03d80294
次に、多くの確率で独特な投稿内容が目に入る。
特に、タイトルだけ書かれて本文が何も無い投稿が目に入るだろう。
しかも、そういう投稿の仕方をしている人は1人ではない。
まるでそういう投稿の仕方がそこではスタンダードであるかのようだ。
そして、実際スタンダードである。
個人的な予想では、SNS的なものを期待した人はここで引き返すのではないかと思う。
だが、これらの見た目上の奇妙さは、メールに慣れている人がLINEを見たときに感じる感じる違和感のようなものだ。
と言いたい。
しかし、「タイトルだけしか書かれていない投稿」については説明が必要だろう。
ここから、私の独自解釈をまじえた奇妙な話をする。かなり読みにくい文章になると思う。
まず、投稿に見えるものは輪郭と呼ばれる。
「輪郭」はデライトの独自用語としてのそれであり、これは単なるラベルではなく特定の概念を意味している。
もしも「輪郭」が、投稿のためのデライト内での名称にすぎないとしたら、「本文がない投稿」は不可解なものとなる。
普通、投稿には本文があるものだ(タイトルはなくていいとしても)。
しかし、輪郭に本文はなくてもいい。
ひとまず言っておくと、これはどういうことかというと、輪郭は投稿より気楽なものだということだ。
開発者の言葉を引用する。
特に「知名のみの輪郭」という意識をしたこともありませんでした。その時に知名だけで十分なら知名だけの輪郭が出来ますし,当然その後描写に書き加えることもあります。知名があるか描写があるかということに固定的な意味はありません。私にとっては,この「知名のみの輪郭」という意味ありげな概念もどこから生じたのか不思議でした。
なぜ「タイトルだけの投稿」があるかといえば、「その時に知名だけで十分」だからだということになる。
だが、「その時」とはどういう時か。「知名だけで十分」とはどういうことか。そもそも「知名」とはなにか。 輪郭が投稿であるという一種の譬喩を捨て去る必要性を私は感じる。
この譬喩を捨てるには、輪郭の概念を獲得する必要がある。
「その時」とは、私の解釈では、描出のときである。
「描出」とは、輪郭を新規作成することを指す。
「輪郭を新規作成」は機能的な表現だが、より実践的には、ある認知対象を輪郭によって把捉することを意味する……
と私は解釈している。
「輪郭によって把捉する」とは、ある「認知対象」をフレームに収めるような行為を指す。
輪郭とはここで言われているフレームのようなものだとも言える。
この把捉行為は言葉によってなされる。
一般的に、そのための典型的な行為は「記述」や「描写」と呼ばれる。
「本文がない(タイトルだけ)」というのはどういうことかと言えば、言語的把捉のために記述や描写を必ずしも必要としないということである。
知名だけで十分とは、輪郭を用いた認知対象の把捉のために知名だけで十分ということだろうと、私は解釈する。
ここで、デライト特有のものである「三景」ないし「輪括」という概念が登場する。 とっくにお気づきかもしれないが、デライトには独自用語が多く存在する。
三景はいわば3つの場所の総合名称だが、それは場所というよりは視点の奥行きの段階を指すだろう。
三景は、前景・中景・後景のことである。
前景はパースペクティブの手前側であり、中景は今ちょうどピントがあっている次元であり、後景はパースペクティブの奥側である……と考えると分かりやすいかもしれない。
私は次のように整理している。
前景は、視点がすでに通り過ぎてきた背景であり、中景はいままさに話題となっている問題であり、後景は更に進むのであれば目前に見えてくるであろうディティールである……と。
※私にとって、前景は背景だ。この言語的な不一致は長い間自分を苦しめた。しかしながら、私は最近、「背景」と「後景」を区別することによってこの苦しみから脱した。 たしかに輪郭は認知対象を捉えるためのものだ。
ところで、認知対象はどこにあるのか?
それは、あるパースペクティブの中に存する。
輪郭は、この認知対象の事情を反映している。
デライトのデザインは、鳥瞰的ではない。
グラフビューが山頂から見た地上の景色だとすれば、デライトの輪括は登山中の景色である、と言えるだろう。 輪郭法の特色は,そのグラフを俯瞰するのではなく,その頂点に一人称視点を持ち込んだところです。イメージとしては,そのグラフをストリートビューで見ているような感じでしょうか。輪郭一覧は,「ワープ先」の選択肢でもあります。 デライトに特有な点はこの認知上のパースペクティブがツールに反映されている点であり、
この一点で、私は、デライトが自分にとってベストなメモツールだと判断した。
一方、デライトが認知的なパースペクティブを反映した構造になっているというのはそのUIからは分かりにくい(個人的感想)。UIからそれを読み取るためには、あらかじめ三景の概念を理解しておく必要があるだろう。 これが難しい。
この関係は、輪郭に他の輪郭を引き入れたり、輪郭が他の輪郭によって引き入れられることによって表現される。 この表現は、操作上は、輪郭の前景や後景に他の輪郭へのリンクを配置することによってなされる。 したがって、輪括と三景は相互に深く関係し合った概念である。 https://gyazo.com/447fcb87a70326804922e48542d7bf53
輪郭同士の関係には以下のようなものがある
輪郭Aが輪郭Bの前景にある
輪郭Cは輪郭Bと兄弟関係にある。すなわち、同じ輪郭Aによってともに引き入れられている