WRM 2021/07/26
「方法論からやり方学へ 人文的実用書に向けて」
■体系はどこまで必要か
しかし、今はその考え方に疑問が生じている。第一に、そもそもそうした分類が可能であるかが疑問である。第二に、仮にそうした分類が成功したとして、それが知的生産の実践に役立つのかが疑問である。特にその体系が、論理的に構築されたものであればあるほど、実践には役立たないのではないか、という疑問がある。そうした体系は「標準的」過ぎるのである。
ある方法論を膨大な時間と手間をかけて完璧な整理・分類をしたとして、果たしてそれは誰にでも実用できるものなのか?
ストレングス・ファインダーで収集心、達成欲、着想が上位にくる身なので、こういう理想を描きがちだったけど、scrapboxに出会って考え方を変えられる気がしてきた。
「部分が全体を表す」。だから体系化よりもまず、1を作り出そう。
それこそ、物語という形式も世界の一部を切り取ったものだ。
「体系化」ができたとしても、それは「誰のためでもあり、誰のためにもなっていない」ものになるのではないか、という疑問である。
業務マニュアルとは違う。何が違う?
業務マニュアルは「誰のためでもある」体系化だ。
実用書は業務マニュアルではない
■二重の人文的実用書
情報発信のビジネス的観点からいっても、「ノウハウの情報部分だけ」のようなものはインターネットに、あるいはwikiに回収されてしまうものであり、それを「商品」にして売るのはだんだん難しくなってくるだろう。しかし、周辺情報までも含めた情報であるならば、途端に話は変わる。ある「やり方」を取っているにせよ、そこに至るまでの道のりや、自分なりの試行錯誤、そしてさまざまな思索と共に語られているならば、それは立派に価値を持つ(価値を見出されやすくなる)。
一見無駄と思われるものにこそ、価値がある。Amazonの書評でよく「著者のやってみた経験しか書いてなくてがっかり」みたいなものを見る。だがここではそれにこそ価値があるという。まあたぶんその経験が面白くなかったか、共感できかなったからだろうけど。しかしこれは対象の読者ではなかったってことかな。
遠回りの記録は記録以上のものになる
■人の文と文
つまり、散文や小説であっても良いということだ。言い換えれば、それは技術書のように書かれなくても構わない。
人文的実用書は、一見技術書のような顔をしていない。
むしろ、それを技術書たらしめようとして、大切な要素がぽろぽろとこぼれ落ちてしまうならば、はじめから技術書であろうとすることを諦めたほうがよいだろう。
めちゃくちゃ、面白い。こうきたんだ。
知識が無料になった今、ただの技術論やノウハウは本が担うの役目ではない。
考える時間を作る場を作る
散文や小説に流れる時間は遅い。すぐに役に立たない。倉下さんが実用書がつまらないと言っているのはまさにここで言われている「インプットとアウトプットのタイムラグを極限まで短くしたもの」だ。
実用書はそれじゃ面白くない。ほんとにそう思う。
優れた実用書は、高橋源一郎や保坂和志がよくエッセイで書いている「小説的なもの」に近づいていく。
■実践を促す
「どんな仕方が有効なのか」を自分で考えること。唯一の正解のない問題に取り組んでみること。その取り組みにこそ、贈与性は宿るのだと考えられる。
なにか気になることがある。それを研究してみたくなる。そこですべてを網羅した体系化をしようと構想しないこと。してもいいけど、まずできない。
それよりもまずは、歩みはじめを記録すること。数値的な記録だけではなく、どういうことを思ったのか、どんなふうに脱線したのか。それをこそ記録していく。
遊歩的実用書と言えるかもしれない。
むしろ、その「自分だけがわかる」という領域から外に出ようとするとき、それぞれの人の個性が発揮されるのだ。「どんな仕方が有効なのか」に対する答えは──正解が無いがゆえに──多様である。つまり、コンテンツの多様性が刺激される。そうして展開される多様なコンテンツは、人間の多様性から見て救いとなるだろう。「ああ、これは自分のために書かれたものなのだ」と思える出会いが起こるのだ。1億人が喜ぶコンテンツではない。「自分のため」だと思えるコンテンツ。
まずは「ただ自分だけがわかればいい」から脱していればOK。
scrapboxは「ただ自分だけがわかればいい」という気持ちではじめたけど、このページは少なくとも倉下さんのメルマガを読んだ人とは引用文で繋がれる。自分用のメモであるとともに、外に向けた歩みはじめの記録でもある。
そうしたコンテンツを受け取るとき、受け取った人間もまた新たな贈与の旅をはじめることになる。それがぐるぐると回っている間は──細かいことがいろいろあっても──希望を抱くことができるだろう。
自分の人生に意味を与えられるようになる
自分の宇宙を作ることは可能ということになる
#WRM #倉下忠憲