「科学とSFと量子コンピューター」
2025年4月22日(火)
代官山蔦屋書店でのトークイベント
実験物理学者の田中純一を交えたもの
メモするまでもない素粒子物理学の基礎的な話題はすべて省略した
本編
コンウェイというパズルを作るのが得意な変な数学者がいる
自由意志定理もその類のパズル
今回、量子力学に関するSF小説を、と依頼されたので、いい機会だということでここで披露することにした
コンウェイの発想はあまりまともに捉えられていなかったが,マーミンによる巧みな構成が得られてからはまともな議論の対象に格上げされた
興味のある方はコッヘン-スペッカーあたりを調べてみるといい
(下村メモ)円城塔作品には,コンウェイの関与した業績がやたら頻出する.これは意図的か,意図せずとも引き寄せられるのか,または真に無意識か
今回の小説は、量子力学といえばこのへんか?というような気持ちで書いた
“引き寄せ”を揶揄するつもりで書いたが、なんだか“引き寄せ”方面に引き寄せられたという感がある
量子力学100年というのに、超高速通信をするためにEPRを導入しようとするのはやめよう
EPRは逆だから!できないって(笑)
100年経ってるんだから普通に使えるようになろう、と思うんだけれども、そうはなっていない
結局、STEM教育は大事であるというところに行くのではないか
いい量子力学SFや啓蒙書はありませんか、という話に対しては、量子力学SFと言えるものはないし、啓蒙書より簡単な教科書を読むのがいいと答えている
朝永振一郎以来、正しい物理を大衆に広められている人はいない
相対論、量子力学は根本的に人間の素朴に理解できる範疇を超えていて、電磁気学あたりが関の山なのではという気持がしている
(司会)0, 1のデジタルな計算が存在した時代とは一種の過渡期で、自然は量子力学的なので量子計算のほうが自然であるという議論については?
そんなのミチオ・カクしか言ってないでしょ
量子計算は速いが、速さで言ったら3G回線だって速かった
SF作家ではないが、ドイッチュの主張する量子計算に関する多世界解釈は気に入っている 多くの並行世界で量子麻雀をして、すべての世界を足し合わせると天和になっている、というのは感動的
何かのために量子力学を使うとほぼ確実につまらないものになる
量子力学からSF的な嘘を作り出すほうが好み
例えば、夢のある対称性を勝手に標準模型に追加して、ダークエネルギー計算とかやると面白い 愛に帰着させてはいけない(なぜお前の愛だけが特別なのかという話になってしまうから)
(司会)フィクションから生まれる科学はあるか
(田中・円城)フィクション駆動型の科学というのは難しい
科学技術に直結したのはクラークの軌道エレベーターくらいのもので、特許を取るところまでいけたものすらない
昔は紙とペンだけで(キーボードとワープロだけで)小説を書いていたが、最近は調べるようになった
古い本などを読んで考えることが増えた
最近、小説に参考文献をつけるようになったのは、フェイクに負けないため
フェイクと戦うことで手一杯
(司会)素粒子実験は典型的なビッグサイエンスで,欧米の白人男性がその大半を占める.欧米の白人男性クラブによる物理学への影響はあるか
(田中)実験施設が世界にほぼ2箇所しかないと言って良い状況で,しかもその施設の建設には莫大な金がかかるというところから,新規参入は難しい.1人の天才だけでことが進む理論の世界とは異なるので,カリブ海から出てきた1人の動きでどうにかなるものではない
物理学もそうだが,哲学と数学で女性が特に少ない
哲学の方で,女性が少なすぎると主張する女性が出てきて,いい風潮だと思っている
ミンスキーやサールはセクハラしてたわけだけど
ラマヌジャンをみんなありがたがるが,ラマヌジャンが1人いるなら,ラマヌジャンと同程度の女性がそこそこいてもいいはず,いないのであれば複数無視されていると考えてもおかしくない
計算機の大元はジャカード織機だった.織物から始まっているのだから,(プログラミングが現在では男性的な印象であるのに対して)女性的な印象が付与されていてもよかったのでは
女性的な事物に依ったゆるふわ物理,例えば編物物理学とかでSFやってもいいのでは
物理学が女性中心に進展していたなら,宇宙とかワープの利用法として,妊娠という困難の解決に使われたのでは
(下村メモ)両者とも,白人かつ男性による影響に明言していないことに注意せよ.田中は非白人が少ないことには言及しているが,素粒子実験が資本主義の生み出す資産(金銭,エネルギー,人手)に拠っている以上,先進諸国($ \simeq欧米)出身の人間の関与が必然的に多くなる,という事実を説明している(金と人を多く出したところがポストを得やすくなるため).一方,円城塔は,物理学における影響自体に言及していない.
(下村メモ)当然のことではあるのだが,物理学者が白人であろうとなんであろうと,その人が提唱した理論は実証されれば正しく,反証されれば棄却される.自然を正しく説明出来るか否かが物理学の判断基準であって,提唱者の人種や性別に制限されるような代物ではない.田中と円城の反応はおそらくこれと同じ考えをもとにしているため,言及を避けたのであろう.
(下村メモ)余談だが,下村が尊敬する理論物理学者のエミー・ネーターと実験物理学者の呉健雄は共に女性である.
ネーターは素粒子物理学の指導原理であるネーターの定理で知られるほか,多くの物理学者・数学者を教育した偉大な物理学者・数学者
呉健雄は弱い相互作用でパリティ対称性が最大限破れていることを巧みに構成された実験によって実証した優秀な実験物理学者
神と科学
(田中)欧米の人たちの物理学に対する感覚は,日本人の感覚とかなりズレを感じる.万物理論が最終的に一本の式で書けるという異常な信念を持つ人がそこそこ多い
万物理論は300万本の式で書けます,という事態になってもいいはず.むしろ,円城塔としてはそちらの方が面白く感じる.1本じゃなかったとき,一本派の人たちは生きていけるのだろうか
(田中)カトリックの情熱,プロテスタントの倫理みたいなものが奥底で影響しているのかもしれない
量子計算機に対する期待
速くなるとうれしい
人文系はもっと頑張れ
質疑応答
未来予想
(田中)働かない世界,というのはかなり疑問.働きたい人は意外と多くて,その人たちが勝手に働いてしまうので,全人類が全く働かないというのはないのでは
ジョン・ヴァーリイ『スチール・ビーチ』は,科学が最高到達点を迎えて完成された社会が舞台.そこでは人があまりに暇なので,レンガもち協会というのを結成してレンガをもつことに執念を燃やす人たちが出てくる. フェイクと闘うことの実例
円城塔の近作を読めばよろしい
最近は意図的に日本回帰を志している
安部公房が海外で急速に忘れられていっている.これの原因を,公房があまりにも無国籍だったからだと見ている.国に根付かないと忘れられてしまうかもしれない,という焦りの下,日本という国に意図的に回帰している.
物理学の好きなもの,嫌いなもの
(田中)積分はつらい.イメージできるとうれしい.数式だけで納得できるか,あるいは実体がほしいかという感じかもしれない
熱力学の存在が好き
ミクロのことがミクロな状態量から書ける,わかる,というのはわかる.ミクロがミクロで閉じているのは大変よくわかる
マクロのことがマクロな状態量から書ける,わかる,というのは驚きである.
当時の東大駒場の身の回りの環境によるところは大きいが,通常では熱力学と古典力学の狭間で統計力学が生まれるのだとするところ,統計力学が熱力学を与えるのだと吹聴する人がおり,大いに影響された
生物という相がある,相と相のつながりがある
特に圏論とエントロピーの関連には心惹かれた
コメント
円城塔の素粒子物理学の知識は物理学科卒として標準的なものに留まるということがわかった
「十二面体関係」は素粒子物理学の中でも時空寄りの話だったので,場の理論周りの理解度と時空周りの理解度にはムラがある模様 流石に修士レベルの専門的な領域を網羅しているわけでないというのはそれはそう
俺も複雑系は体系的な知識があるわけではないので人のことは言えない
そして素粒子物理学の根本的なところ,還元主義がそこまで強くないことから,やはり複雑系の人なんだなという印象が強まった 作品によく出てくるお気に入りの学者(コンウェイ,ドイッチュ,クヌース,ウルフラム,ペンローズ)あたりはイジれるから使っているのだということを確信した
円城塔ほどの人物が多世界解釈を多用しているのが不可解だった(なぜなら多世界解釈は物理学ではないので)が,物語の要素として使いやすいのでイジり倒しているということを確信出来た 物理学を知りすぎると,その適用範囲を知り尽くしているがために,SF的な嘘をつけなくなってしまう.例えば私は素粒子物理学が専門だったので,量子力学や相対論はもちろん,標準模型と標準模型を超える新物理のうち可能な理論の範囲すら理解しているため,標準模型に反する嘘をつくことが出来ない(具体的には『三体』の智子に関するアホアホ理論は死んでも真似出来ない)
円城塔にもその傾向は見られ,円城塔が扱う複雑系の議論は,すごく自明なものと物理学的に逸脱した反証不能な信念的なものに明分される
物理学を修めたがゆえのタガを円城塔も感じているんだな〜というのが大変強く印象に残り,大いに安心した