気分と勘違い
人間は気分で行動するものであり、様々な勘違いをするものなので、システムを設計するときは人間の気分や勘違いについて考慮しておくことが非常に重要です。人間が何かのよしあしを判断する場合、実際の価値よりも気分の方が問題になることが多いものです。様々な勘違いによって間違った気分を感じてしまうことには注意が必要ですし、逆にこれを利用する可能性を考えることは意味があるでしょう。これまでいろいろな勘違いについて紹介しましたが、人間はどのような勘違いをするものなのか整理したいと思います。 視覚や聴覚の錯覚は勘違いの基本です。錯視のような錯覚については広く知られているので、単純な勘違いには比較的気付きやすいと思われますが、人間の体感時間はあてにならないものですし(時間の錯覚)、動くものに関する人間の感覚も全くあてにならない(c.f. 変化の認知)など、人間の感覚はあてにならないことが多いことにも注意が必要です。 統計と確率
確率評価の難しさでは、確率や統計に関する直感があてにならない例を紹介しました。モンティ・ホール問題のように、一見単純に見えるのに誰もが間違いやすい問題もありますし、直感的な確率感覚/統計感覚は正しくないことが多いので、確率が関係する事柄を判断するときは充分注意して考えて計算する必要があることは間違いありません。 誤った納得
「マンホールは何故丸いのか?」という有名なクイズがあります。「蓋が丸いと穴に落ちないから」というのが模範解答だと思われていますが、これはおおいに疑わしいと思います。そもそも穴というものは普通は丸いものです。紙に穴を開けろと言われれば普通は丸い穴を開けますし、ドリルもキリも丸い穴を開けるようになっているし、自然現象で開く穴も丸いのが普通です。穴は丸く開けるのが一番楽なのだからマンホールも丸く開けようと思うのが普通でしょう。
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グァテマラの穴
また、パイプや管は普通は丸いものです。水道管もガス管も土管も血管も丸いものです。表面積や強度の点で丸い管は最も効率が良いので丸いのが自然なのでしょう。穴もパイプも丸いのが自然なのであればマンホールの穴も蓋も丸いのが当然でしょう。丸い蓋は穴に落ちないという利点があるのは確かですが、それが最大の理由だとは考えられません。ルーローの三角形のように、円でなくても穴に落ちない形は存在します。 http://gyazo.com/ed7938a9ecf1aaeeeed99414ceed2c44.png
ルーローの三島形
「ぐっすりの語源はGood Seep」だという俗説があるそうですが、マンホールの蓋が丸い理由というのも同じような俗説だと思われます。しかし聞いたとき一瞬「なるほど!」と納得してしまうところに罠があるようです。
安全感と安心感
安全と安心で詳しく解説したように、安全さと安心感は全く異なるものですが、それを混同するのはよくあることです。飛行機事故に逢う確率よりも自動車事故に逢う確率の方がはるかに高くても、地上の方が安心感があるので飛行機の方が怖がられるものです。ギザギザの多い鍵はいかにも安全そうに見えますし、記号を羅列した長いパスワードはいかにも破られにくそうな感じがするものですが、ギザギザな鍵でもピッキングで簡単に開いてしまうことがありますし、複雑なパスワードでも管理が悪ければ意味がありません。本当に安全かどうかは関係なく、なんとなく安全感が感じられるシステムならばユーザは喜んで使うものです。強力な暗号も弱い暗号も複雑感は同じようなものに見えるので、強い暗号の利用をいくら推奨してもなかなか使ってもらえません。 雰囲気
インドの学生が発明したという触れ込みで、A4用紙1枚に256GBのデータを保存する技術を開発したという怪しげなネタが話題になったことがあります。少し考えればそんなことが不可能であることは明白なのですが、インドの不思議感、インドといえば数学だ感などによって、多くの人がインドの学生ならありえるかもしれないと思って騙されてしまったようです。 怪しい勧誘にうっかりついて行くと、会場の雰囲気に飲まれて激しく儲かる感や私にもできる感を植えつけられることがあります。この気分を持続するため、定期的に会合を開いて達成感を盛り上げる努力がされていることもあります。困った商法に限らず、普通の小売店も常に割安感を表現する広告を出しているわけで、多かれ少なかれいろいろな商売で気分や雰囲気が有効に活用されています。
私が以前米国で新車を買ったとき、買い手の気分を手玉に取るディーラーの手腕に思う存分翻弄されました。値段の相場は充分調べてあったので本体価格の交渉はスムーズに進行したのですが、価格交渉が終わったという安心感につけこんで、妙な割安感のある保険を勧めてきたり、事故や故障に対する不安感につけこんだサービスプランを執拗に勧めてきたり、気分を操るテクニックの良い勉強になりました。(後から選択ミスと気付いたとしても、自己正当化の圧力の影響によって、「ちょっと高かったかもしれないけれど、安心できる保険に入れたのだからまぁいいや」などと納得していたことは間違いありません。)。常に正しい論理で判断を行なうことは難しいものです。状況や勘違いにもとづいた、理屈を越えた気分は商売でも詐偽でも大事なようです。 因果関係と相関関係
相関関係と因果関係を混同するのは詭弁や勘違いの基本です。Googleの業績と私の体重には相関関係がありますが、これを因果関係だと勘違いすれば、「Googleが調子良いのは私の体重の増加のおかげである」と思ってしまうかもしれません。ここまで極端なものは間違いだと誰でもわかりますが、微妙に関係がありそうに見える属性に相関関係があるときは、因果関係があるのか偶然なのかの判断に困ることがあります。 もっと気分的な因果関係を感じてしまうこともあります。交通事故の多くは偶然の不幸で起こるものですが、運転者の心がけに問題があったのだろうとつい思ってしまうことがあるので注意が必要です。東南アジアの某国では、電気製品が壊れるのは家の人間に問題があるからだと思われやすいので、電気修理屋さんは客の家の前に車を駐めてはいけないのだそうです。
勘違いの活用
ここであげたものは人間の勘違いのほんの一部です。人間はあまりに多くの間違いをしますから、すべての勘違いを網羅するのは簡単ではありません。人間の勘違いのパタンは人類の進化を通じて醸成されてきたものですから、何か勘違いしている人に対してそれを指摘して気付かせることは困難です。勘違いが起こると困る場合はそれを避ける工夫が重要でしょうし、役にたつ勘違いの場合はこれを活用すればよいでしょう。たとえば、時間を忘れて議論したがる人がいる場合は、目立つ場所に時計を置いておけば長話を聞かずにすむかもしれません。また、エレベータを待つ時間にイライラする人がいる場合は、エレベータの前に鏡を置いたりすることによって、長い間待ってる感を軽減することができるでしょう(c.f. エレベータと鏡)。このような勘違い工学をいろいろな場面で活用したいものです。 一番大きな勘違いが有るとすれば、「自分は勘違いなんかしない」と思うことかもしれません。勘違いや気分の問題について充分理解したうえで、日頃からこれらに注意したり積極的に楽しんだりする余裕を持つと良いでしょう。