時間感覚のコントロール
時間感覚はアテにならない
コンピュータの反応時間は速いほど良いと考えられています。ユーザの操作に対して即座に反応するシステムは「サクサク」動くと言って喜ばれますが、反応が鈍いシステムは「もっさり」と言って嫌われます。自分のパソコンがもっさりしていると気分が悪いので、少しでも速くするために高い金を出して改造する人も多いようです。Webページの反応時間が0.1秒以内であればストレスが無く、5秒反応しないページには誰も戻ってこないと言われており、Webサービスの反応時間を良くするためにサービス提供者は苦心しています。コンピュータがサクサク動く場合でも、操作方法が難しいと気持ちよく使うことができません。コンピュータを操作するとき人間がどれだけ疲れるか定量的に計測するのは大変ですが、どれだけ時間がかかるか調べるのは簡単ですから、システムの使い勝手を調べたいときは操作時間が短いほど良いシステムであると判断するのが一般的になっています。
不確かな時間感覚
多くのアプリケーションにおいて、メニュー項目として用意されている機能がキーボードショートカットとして定義されており、マウスを使って呼び出すことも特定のキーを叩いて呼び出すこともできるようになっています。メニュー操作は、遅いけれども初心者でも使えるのに対し、熟練ユーザが効率良く使うためにキーボードショートカットが用意されているのだと一般に信じられていますが、手品とインタフェースで紹介したBruce Tognazzini(Tog)がAppleに勤務していたとき沢山の実験を行なった結果、常にキーボードショートカットはマウス利用よりも遅いということが判明したそうです。「そんな馬鹿な! 複雑なマウス操作がキーボード操作より速いわけがない!」と思う人は多いでしょうし、私もそう思いますし、実験に参加したユーザ自身もキーボード操作の方が速かったと感じていたそうですが、計測結果を見ると常にマウス操作の方が速く、いくら実験してもこの結果は変わらなかったということです。Togの考察によれば、ショートカットキーの利用には高次レベルの思考が必要になっており、そのときユーザは一時的に記憶喪失になっているため、短い時間で操作できたように錯覚してしまうのだろうということでした。それほど人間の時間感覚はアテにならないということなのでしょう。 時間の有効活用
コンピュータの使いやすさを判断するときは、実際の作業効率よりもユーザの満足感の方が重要です。システムの動作が遅くてもユーザの体感時間が短ければ遅さは気になりません。操作に対して0.1秒で反応するシステムと1秒かかるシステムは全然違いますが、0.001秒で反応するシステムと0.01秒で反応するシステムの違いはわかりません。また、大規模な計算をするときは1分かかろうが10分かかろうが待つことに変わりはないので気分的に大きな違いはないでしょう。コンピュータの使い勝手は多分に人間の性質や気分に影響されるといえるでしょう。
工夫によって体感時間を減らすことができれば遅さに起因するイライラを減らすことができるでしょうし、体感時間を長くすることによって楽しい時間を長引かせることができるかもしれません。前述のような錯覚はいくらでもあるのでしょうし、そのような結果がいくら示されてもユーザがすぐに行動を変えることは無いかもしれませんが、様々なシステムをより気持ち良く使えるようになる可能性はあります。少しその例を考えてみます。
遅いシステムをごまかす
注視している対象は動きが遅いように感じられ、注意を払っていないものは速く動くように感じられるものです。湯を入れたカップラーメンをじっと見ていてもなかなか時間が経ちませんが、ちょっと目を離した鍋はすぐにコゲてしまいます。デジタルフォトフレームをじっと見ているとなかなか画面が切り替わりませんが、仕事机の脇に置いておけばどんどん表示が変化するように感じられます。Wikipediaをランダムに表示するページをじっと眺めるているとなかなか表示が変わらずイライラしますが、サブディスプレイに表示するとどんどん表示が変わるように感じられるでしょう。自分の家族の成長はゆっくりしていますが、他人の子供は一瞬で大きくなっていて驚くことがあります。ユーザの注意をうまくそらすことができれば、システムの遅さを隠せる可能性があります。 気を散らせると時間が短く感じられる
エレベータをじっと待っているとイライラするものですが、エレベータの前に鏡を置くだけでイライラが減るという話がありますし(*1)、デジタルサイネージなどを置けば宣伝効果とイライラ減少効果の両方が期待できそうです。起動が遅いソフトウェアはイライラするものですが、起動中であることを示すアニメーションを表示したり関連情報を表示したりすることによってイライラを減らすというテクニックは広く使われています。待ち時間をきちんと提示し、かつユーザの注意をうまくそらすことによってシステムの遅さをかなりごまかすことができるでしょう。 時間を長く使う
歳をとると時間が速く経つように感じられるものです。時間が経つ速度が年齢に比例するという「ジャネーの法則」が19世紀から知られていましたし、時間感覚と年齢に相関があることは確かなようです。老化による体の変化によるものだという説もありますが、新しい刺激が少なくなるためだという説が有力です。ジャネーの法則は、新しい経験の量に体感時間が比例することを示唆していますが、いつも同じことをしていると新しいことを考えなくなってしまうので、時間が速く経過してしまいます。引越しや転職などは面倒なものですが、新しい経験をすることが多いので、その直後は時間が長く感じられるものです。有意義な時間を使った気分を味わうためには、新しい面倒なことを沢山体験してみるのが良いでしょう。 https://gyazo.com/e4d3bcf104386673a50ea2da7f530f70
スキマ時間をうまく使う
時間はいつも足りないものです。ぼーっとしていると時間があっという間に経ってしまいますが、わずかな空き時間も無駄にしない工夫をすると時間を有効に利用できます。電車が来るのを待つ時間や料理が来るのを待つ時間など、生活の中には短い「スキマ時間」が沢山ありますが、スキマ時間も蓄積すればかなりの量になるので、時間を有効利用するにはスキマ時間を活用するためのシステムが必須です。
昔は電車の中で新聞や本を読む人が沢山いましたが、最近はスマホやタブレットを使っている人が圧倒的に多いようです。スマホの小型さと手軽さがスキマ時間の活用に有効だということでしょう。まとまった時間をとりにくい人でも電車の中などのスキマ時間を利用すれば長い映画を観ることができますし、体感時間が短くなるので通勤の辛さが軽減されます。インタフェースを進化させれば、スキマ時間をもっと色々なことに活用できるようになるでしょう。
私はレストランで食事を待つ間にiPadで映画を見たり、電車で立っているときにノートパソコンでプログラムを書いたり、スキマ時間を活用する工夫をしていますが、現状ではこれらはあまり自然な行動に見えないかもしれません。どのような環境でも自然な形でスキマ時間を利用して楽器を演奏したりプログラムをデバッグしたりできるようなコンピュータやインタフェースを開発し、人生の時間を有効に利用できるようにしていきたいと思っています。