第6章 曲がった道
愛は、私達が誰であり誰になれるかを、どのように変えるのか
午前7時15分、病院の周りが明るくなって来た頃、男性が救急治療室に入りました。
彼は五十代で、腹は太鼓腹、顔は灰色がかっています。
彼は胸の痛みを感じており、胸骨の後ろにある持続的な不快感を病院の受付で訴えました。
トリアージ・ナース(治療の優先順位を振り分ける看護師)は、心拍数、血圧、呼吸数など、上昇した全てのバイタルサインをグラフ化します。
彼は強制的に紙のガウンを着せられて台車付き担架の上に乗ります。インターンは心臓モニターを準備しています。
もし、血栓やコレステロール結晶が心臓動脈をブロックしたとすれば、彼の心臓の一部は死んでしまうので、病院に入院する必要があります。その場合、病院のスタッフは各種の機械を使って彼の命を救おうとします。
しかし、医療の現場にはよくあることですが、彼の症状は一方向を指してはいません。彼の症状に当てはまる比較的軽い病気としては、潰瘍、不安発作、筋肉の断裂、未消化の牛肉などがあります。
もし胸の痛みがある人が全員入院したとすれば、医療システムは現在の予測よりも早く破産してしまいます(訳注:どちらにせよいつか破産するという著者の含み)。この時点で判断可能な、信頼がおけるテストは未だ存在していません。状況は、不確定な事実を総合して判断する専門家を必要とします。病院では、一日に何千回も、確定判断につながるような情報がないまま、誰かが判断を下しています:
この人は心臓発作を起こしているかどうか?ということを。
医師は何世紀にもわたってこの質問を吟味しており、見た目の症状を裏切る心臓疾患と対峙し、小さなヒントとオカルト的な兆候とを集めてきました。
彼らは、心臓発作とは何か、それがどのように、どこで、なぜ起こるのか、その症状の餌食になりやすいリスクが最も高い人は誰か、ということを理解しています。それでも、心筋梗塞を検出する医療スキルは完璧にはほど遠いのです。
カリフォルニア大学サンディエゴ校救急医学部のウィリアム・バクストは、心臓発作と類似のさまざまな状態を区別することを学習できるコンピューターアシスタントを募集することで、診断能力を高めたいと思っていました。バクストは、356人の患者の病歴の詳細をプログラムにかけました。
その後に起こった320個の胸痛のケースにおいて、医師は全体の5分の4のケースで、正しく電話呼び出しを行うことができました。コンピューターの得点は97パーセントでした。
人間と機械の間の「事実上の」分業は、通常、心地よいと感じられる境界はどこかという線に沿って分割されます。コンピュータは通常、アルゴリズムを疲れることなく繰り返すということに優れています。この繰り返し作業は、人間が進んで引き受ける傾向をほとんど見せない、単調な精神労働です。チャンピオンシップチェスへのスーパーコンピューティングの侵入は、巧妙な戦略ではなく、機械的な組み合わせの力に依存しています。これは驚異的な計算機ではありますが、そのような最も賢い機械であっても、直喩表現を感じ取ったり、連続放送のお笑いドラマのプロットを要約したり、犬を散歩に連れて行くことはできません。
もしそうなら、心臓生理学について何も理解することができない数百行のプログラミングコードが、どのように人間の医師を急速に追い越す医学診断を身につけたのかが疑問になります。。
人間には2つのハート(訳注:heart、心臓もしくは心)があります。
1つ目は、胸の中で脈動するこぶし大の筋肉です
2つ目は、神経伝達ニューロンの重要な秘密結社であり、それは感情、切望、愛を生みだします
この2つのハートは、ここで一瞬交差します。なぜなら非常に見事に心臓の危険性を判断したこのコンピュータプログラムは「ニューラルネットワーク」と呼ばれているからです
このプログラム自体はニューラル(神経系)でもネットワークでもありませんが、その計算手法は脳の素早い計算を模倣したものであるために、このような詩的な名前がつけられています
ニューラルネットワークの「手口(訳注:modus operandi=ラテン語で犯罪の手口、運用法の意)」はユニークです。
標準的なコンピューターソフトウェアは、事前に人間が作成したスクリプトに沿って、ある特定の仕事、繰り返し処理、条件付き応答を行います。このようなプログラムは、プログラマーが予見できない状況を処理できません。また一度作成したプログラムは変更されません。
一方、細心の注意を払って作成されたニューラルネットワークのコアは、経験から学習し、経験それ自体を変換します。これは、脳内に存在する有機細胞間で発生するコミュニケーションの小規模ソフトウェアモデリングによって作成される能力です。
ニューラルネットワークは、ソリューションを計算する前に、集中トレーニングセッションからの情報を最初に吸収します。その学習段階は、プログラムの内部を徐々に変えます。ニューラルネットワーク(並列分散処理またはコネクショニストモデルとも呼ばれる)は、数百の変数により決定される微妙なパターンを収集するのに優れています。
現在の最高のニューラルネットワークは、
医師よりも洞察的な診断を行い、
気象学者より優れた天気予報をし、
投資信託のファンドマネージャーよりも収益性の高い銘柄の選択を行います。
ニューラルネットワークは、機械により生み出された直感であるともいえます。
コネクショニストプログラムが問題への判断を行ったあとに、判断の詳細な過程
ー「なぜ」患者Aは心臓発作を起こし、患者Bは起こさなかったのかー
について、意味のある知識は残されません。
ネットワークを調べると、結論の根拠に関する最小限の情報が得られます。ニューラルネットワークは脳自体のデータ処理メカニズムを利用するため、人間の感情的なハートと同様に、洗練され、分析不可能な推論に到達します。ニューラルネットワークがどのように機能するかを理解すれば、私たちを恋に導く直感の、最も内側の秘密を知ることができるでしょう。
前章では、記憶を宇宙的な観点、つまり人がどのように記憶し学習するかという観点から見てきました。ニューラルネットワーク理論は、その反対側の極にある縮小模型から始まります。 数学者は、脳の記憶作成ステップを方程式に変換し、コンピューターに実装し、見習いの弟子をより良い学習者に育てるための努力をします。彼らは心臓発作の判断方法のように賢明なプログラムを作成しただけでなく、科学者が学習過程という生きたメカニズムについて考えるやり方を根本的に変えました。その探求は一周して、「計算機神経化学」という成長著しく新しい分野により、元の問題すなわち脳は ー従って人間はー どのようにして今のようなあり方をしているのかという問題に飛び込むことに向かわせています。これが発見されれば、辺縁領域の最後の、そして光を放つ力 ー愛が脳の構造を変える力ー を明らかにするでしょう。 記憶は何で作られているのか
適切な条件の下で、ニューロンの集まりは学ぶことができます。 迷路を走るネズミ、おすわりの命令に従うシェパード、そしてゲティスバーグ演説(訳注:リンカーン大統領の有名な演説)を暗唱する子供は、神経系が情報を記録してそれを保留する能力を表しています。ネズミ、犬、子供は保存された記憶を使って筋肉を収縮させるーつまり行動を行うーまでには、それを記憶してから何年も経っているかもしれません。 アメリカの小学校に通った人は誰でも、例えば、ゲティスバーグ演説がどのように始まり、最初の音節がどのように始まるのかを思い出すことができます。それは、マジシャンがリンカーンのシルクハットから結ばれたハンカチを引き出すときのように、するすると引き出せます。このような詳細なデータを想起することは、生理現象が見事に共同作業を行うことの結果です。そのありそうもない一連の流れは、何らかの形で、生きた細胞の中に記載されています。それは数十億の細胞の中のちりのようなものであり、一時停止したアニメーションの中に暗号化されて埋め込まれており、その生理機能が記憶を一瞬で意識の前に引っ張り出します。リンカーンの忘れられないフレーズは、脳細胞が生きている限り、その細胞の絡み合いの中に存在し続けます。しかしどうやってでしょうか?
データを保管することを目的とするシステムはみな、物質的な記録の状態変化を形成します。
キング・ジェームズ版の聖書は真理をページ上の点の散らばりとして保存しますし、「モナリザ」はキャンバスの顔料に、コンパクトディスクはきらめくプラスチックの円盤のくぼみ(ピット)として保存します。メカニズムはそれぞれ異なるかもしれませんが、到達点は同じです:
つまり、情報を、持続する物理信号として残す、ということです。
脳には、信号を表す点も絵の具もくぼみもありません。あるのはニューロンだけです。
全ての精神的な動き、
つまりある理論を熟考したり、熱いチョコレートサンデーを味わったり、隣の部屋に住む男の子を夢に見たりすること
は、複数のニューロンがある一定の順番で着火されることをその動作ステップの中に含みます。ニューロンがリンカーンのゲティスバーグ演説のある一節を記憶するとき、その一節を定義する特定のニューロンのざわめきがその記憶を持続させるためにつくられるに違いありません。そのような持続性はどのようにしたら得られるのでしょうか。
感覚的な入力を保持し、それを引っ張り出すという単純化したネットワークモデルを考えてみます。ここでは下記の図において、それぞれのニューロンは他の全てのニューロンと巻きひげのようなもので弱く結びつていると仮定します。
https://gyazo.com/1fcc10ba20d76b613f5d3a39e85c2c15
このネットワークはまだ「うぶ」です。それは経験を受け取る準備はできてはいるものの、まだ何も記録していません。
ここで以下の視覚的な入力が到着したとします:
https://gyazo.com/6e620db99e6214149e24682a92b4dbdd
ピアニストは、目の前にある音楽の点と線の不可解な渦巻き(訳注:楽譜のこと)を、彼の指のひらひらする動きに、そして美に変えます。
ここでは、その逆のことが起こります。感覚的経験の豊かさは、脳の独特な表記法に変換されます。そこには五線譜も半四分音符もなく、代わりに、ニューロンが発火します。
https://gyazo.com/d5a2b3f8ed21c7e99f440c02bec2bd30
ここでは、その変換の詳細、例えばなぜこのニューロンであってあのニューロンではないのかと言った内容について、いつまでも考え続ける必要は無いと考えます。
どれかのニューロンがこの外部刺激を感じ取り、ゆらゆらとした光として変換するものと考えます。
このような信号を描き出すためには実際の脳は何百万個ものニューロンが必要となりますが、この例ではより簡潔に考えるために単純なモデルを考えています。
この例ではたった16個のニューロンが交差する線で繋がれています。
このネットワークは、記憶を保持するために、前回のパターンの消えそうな繋がり線を強化することにより、ある「特定の」接続パターンを持続させます。 https://gyazo.com/8b706a7c1ef354cb723fe83e3e8b21fc
目に写っていた外部刺激としての図が視界から外れ、ニューロン細胞が静かになると、その骨格の残骸が残ります:
https://gyazo.com/50db817e7ab98d49d77adae6ebecb37b
一度強化された履歴を持つこの接続関係は、これらのニューロンのセットが再び発火させることを可能にします。
それらのグループのうちのいくつかが消灯したとしても(A)、それらの間にはわずかにすり減った道が残っているので、その道にそった接続が再び起こり、消灯してしまった仲間を再び誘導発火させます。
ドミノ倒しのように、個別のニューロン達はお互い同士を、同じ運命へと倒し合います。
そうして古いパターンは若返り(B)、元の特徴は再現されます。
https://gyazo.com/af5d1c194e89271c386cafd72b4dad22
このような記憶保管のしくみは心理学者ドナルド・ヘブの発案によるもので、これは強力な説です。ヘブは、第二次世界大戦が終結した数年後にこのメカニズムを提案しました。しかしそれから15年間という短い間に、研究者たちはヘブのメカニズムの数学的諸前提を調べ上げ、その大規模なコンピュータモデル(ヘブ学習モデル)を作成しました。その数学的基礎固めと、それを元にしたコンピュータシミュレーションモデルの構築という2つの努力により、人が考えたり感じたりする過程についてのいくつかの謎が明らかになりました。 ヘブが提案した概念は、実際の脳細胞に対して電気的測定を行うための実験の技術が向上するまでは、仮説のままでした。数学的な抽象概念を物理的実験で検証したところ、実際の脳のニューロンは、ヘブが予測したとおりに振る舞うことが示されました。脳は、同時に発火するニューロン間の結合を強化することにより、ものごとを記憶します。 この本の印刷されたページは、何百年も存続するかもしれません。CDの有効期間は1〜20年であり、磁石を使った子供用のお絵かきボードの跡は長くても数分で消えてしまいます。
ニューロンの「オン」状態は、1000分の1秒間続きます。その儚い一瞬の信号は、脳に対して、現在のデータと過去のデータとをそれぞれ別々に描き出させます。
どの時点においても、発火したニューロンの構成は、脳が「現在」認識しているものを表象します。
しかし過去は、(訳注:過去のぞれぞれの出来事の重要性に応じた)それぞれのポテンシャルに応じて蓄積された接続作用として、脳のネットワーク構造の中に「休眠して」横たわっています。静かになった接続の「型(constellation=星座、心理学の「布置 (constellation)」)」は、過去に行なわれたアンサンブルが再び組成して思い出されるという可能性を体現しています。 過去と現在とのこの分離が、脳というネットワークを、生き生きとしてかつ常軌を逸した特徴を持つ、驚くべきタイムマシンにしています。
脳と関わり合いを持つ全ての生き物は、脳の接続線の一部を変更しますが、各個別のデータは、深淵を持つ全体のうちのごく一部にしか影響しません。微妙な変化が生じると、経験は脳の微視的構造を再度接続しなおし、「私達は誰『だった』のか」という認識を、「私達は誰『なのか』」に変化させます。
微視的な視点(小人の視点)で見ると、脳とは外部から入ってくる感覚というフローを、静かに進化する存在である神経の構造へと変換する、精巧な変換器です。
小さな個々の出来事は、離れたところにある特定のニューロン同士を一時的に結び付けるだけですが、認識の型を変えるような経験は、一生の間その人に(訳注:良くも悪くも)こびりついたままで頑固なパターンを形成します。
そしてこれらの暗号化されたパターンのすみかである大脳辺縁は、心の脆弱な境界を乗り越えて、広い射程を持つ別の事実まで到達することができます。
音響のリング
ニューラルネットワークを構築して動作させると、その奇妙なメモリのメカニズムは、分身の魔法のような働きを始めます。同時に並行して発火するニューロンは、緊密な関係で互いに結び付けられるようになると、再び発火する傾向があります。
同時にオンにならないセル同士は、互いに抑制し始めます。かつては均質だったネットワークが、自発的に分かれ、それぞれの派閥を形成します。チームメンバーはお互いに火花を散らし、大量に発砲します。敵の戦隊はアクティブになるチャンスを求めて戦います。いつでも、単一のニューロンは同胞から刺激を受け、敵から抑制信号を受け取ります。細胞が賛否両論を交わすと、それぞれが自陣営の落ち着くべき活動レベルを発見します。
その後、ネットワーク全体が、アクティブなユニットと非アクティブなユニットの特定の均衡状態に落ち着きます。ネットワークは、1つのチームが勝ったとき、つまりある結びつきを持ったニューロン群が発火するときに、最も安定します。
脳では、いくつかのニューロンが他の1万個のニューロンから入力を受け取り、それをさらに別の1万個のニューロンに対して配信することがあります。
このように広範囲に信号が広まっている場合、全体が関連し合っているのではないかという単純な仮定を置くことは、それほど的はずれなわけではありません。チームメンバー内のセル同士がお互い刺激しあって興奮状態になるように、お互いに互換性のある(訳注:似たところがある)「複数のネットワーク同士」は、お互いを脳内で動機付けしあいます。
同様に、不協和音を奏で合うネットワーク同士は、競争し、お互いを押さえつけます。
このような予測できないカトリックの言説による結果(訳注:神学論争もしくは団結する必要を説く宗教上の説教についての暗喩か)は、感情的な記憶が直線的に流れる時間という流れを回避させます(訳注:過去の似たような感情体験を思いだしてその感情を強化させるなどにより時間を乗り越えること)
あるネットワークがオンになると、それと調和する他のすべてのネットワークに対して、すぐに電気的な励起(強化作用)が伝達されます。そして、伝達された側は、共有された親和性に正比例した強さで点灯します。
ネットワークAが発火し、それに対するネットワークBの親和性が高い場合、AはBに電流を流します。この親和性の高い共同アクティベーションは、Bが覚醒すると、その仲間がそれに応じて覚醒するという、こだま現象を引き起こします。水しぶきの中央から次々に伝達される波紋のように、記憶のネットワークはネットワーク感の類似性に沿って広がり、人生に相互調和をもたらし、通信が途切れるにつれて影響力が弱まります。
「犬」という言葉を考えてみてください。そのとき「ジャーマンシェパード」と「ゴールデンレトリバー」というイメージの信号回路はあなたの頭の中で温まっていき、「歩行」「骨」「ノミ」などのイメージ回路はそれよりは少ないですが、少し温まります。
「犬」というイメージの強い活性化は、「投資信託」というイメージを冬眠中のままにします(ただしこの特別な橋(訳注:神経回路同士の接続回路のこと)ではめったに起こらないイベント、たとえば犬のポチがあなたの証券取引明細書を食べた、などが起こった場合を除く)。
コンピュータベースのニューラルネットワークはこのように動作し、人間も同様に動作します。実際に「犬」という言葉をある人に見せれば、「骨」や「ノミ」という言葉に対するその人の応答速度は速くなりすが、「投資信託」という言葉に対する反応時間は変わりません。
https://gyazo.com/e0f9129a21504b3632c59ed0cdbcd875
「犬」の周りに「骨」「ノミ」「吠える」「歩く」というイメージが分布
大脳辺縁系を持つ動物にとって、このような関連し合うネットワークの主要な軸となるものが、感情です。「犬」という言葉が「骨」「ノミ」という概念を引き寄せるとき、ある特定の感情が前回に実体化(訳注:instantiation, ここでは過去の記憶のイメージ)した全ての記憶を蘇らせます。
全ての感覚体験(二回目以降の体験、すなわち記憶による過去の想起のこと)は、多層的な体験であり、現在の感覚はそのうちの一部を占めるだけです。
第三章(第3章 アルキメデスの原理)でわたしたちは、感情の消え入りやすさ、つまりその発生と消失の振る舞いは、ほぼ音楽と同様であるということを見ました。 今、その比喩が適切である理由が大きくなったと言えます。
ある音は、ある物質に対し、その周波数に応じた振動を伝えます。これは「共鳴」現象と呼ばれます。 ソプラノの歌手は、特定の音程の声を出すことにより、ワイングラスを手で持って曲げることなく割ることができます。
これと同じような方法で、脳内の感情というトーンは、過去との生きたハーモニーを作り出すことができます。
脳は糸で構成されておらず、頭蓋内には振動する繊維はありません。
しかし神経系の中では情報という音響が、調和を保っている神経ネットワークにつながった糸に響きを与えます。もしその感情という琴線がハンマーで打たれれば、その感情と同じ感情を持った過去の記憶を呼び起こします。
これらのオーケストラが喚起されることの明確な現れの1つは、感情的な記憶が即時に選ばれるということです。 喜びを感じている人は幸せだった時間を自動的に思い出すのに対し、
抑うつ的な人は特に努力しなくても、喪失、放棄されたこと、絶望的な過去の出来事を思い出してしまうことになります。
不安な人は過去の脅威にこだわります。
パラノイアは、迫害された過去の状況に心を奪われたままになっています。
ある感情が十分に強力なものである場合、それがそれとは反対の感情を完全に押さえつけてしまうことがあり、その場合は反対側の感情へのアクセスが不可能になります。
なぜならその反対感情の全体がその逆の感情で覆われてしまうためです。
そのときその人の内部世界の中では、それらの出来事は発生していないのです。外部の観察者にとっては、彼は彼自身の過去の履歴の全てを忘れているように見えます。
ひどく落ち込んだ人は過去の幸せだった時間を「忘れて」しまうことがあり、過去の積み重ねの確からしさという善意の(=良かれと思ってやったが悪い結果を招いた)保護者に促され(訳注:?)た場合、それらの良い思い出を激しく否定するかもしれません。
その否定の激しい感情は嫌悪感を生み出す場合があり、それがある種の(訳注:良心への)鈍感さと内心の免罪符を伴い、かつて自分が愛していたことを忘れてしまった人たちへの攻撃を引き起こすことがあります。
脳内ネットワークで起きた感情という残響音は、そのムードが支配的な間は、(訳注:その人の性格的傾向という運命により)選ばれた健忘症の壁を超えて広がります。苦しみに満ちた子供時代は、つらい痛みの痕跡としてその人の心にしつこく残り続けます。その過去の苦しみをちょっと思い出すということさえも、不快な考え、不快な感情、不快な予期の発生を促進する可能性があります。ひどく虐待された子供時代をもつ大人は、大人になった後に過去の状況を単に暗示するような状況にあっただけで、眠っている番犬にぶつかってしまったときのようにその牙の恐ろしさを近くに感じるかもしれません。辛い実験結果として、虐待を受けた子供達に様々な人の顔の写真をめくってもらう実験を行ってもらったところ、怒りの表情をめくった時点で彼らの脳波は非常に増幅されました。 また他の人達は、否定的な感情をパスとして受け取るような感じで扱うというよりも、それを受け入れすぎてしまうという状態に悩まされます。そのような人たちは、不快な感情が発生したらそれをシェイクすることができないと感じています。その感情は通常何分か後には減少するべきものなのですが、彼らの場合はその感情が数日間残り、心をかき乱します。このような辺縁系の敏感さ、体が自然にショックを受けるような敏感さが受け継がれることは、ほとんど耐えられないものになります。
感情的な残響が過度の感情ネットワークを引き起こす人への救済策が存在します:
いくつかの精神薬はピアノのダンパーペダル(訳注:音響減衰ペダル)のように作用し、感情のブザー音に対して抑制的な影響を与えます。
なぜそれらの薬がこのような特性をもっているのかはまだわかっていませんが、これらの薬が主観的な感情に与える影響は次のように予想されます:
感情の音の響きはより静かになり、速やかに音を減衰させるようになります。辺縁系のネットワークが強い人にとっては、この手当が命を救うことになるのです。
例えばある人は、あらゆる小さな妨げが彼女の中に何日も残り続けると言います。
彼女は「それが何の意味もないことはわかっているんです」と言いました。
「でもある日に私の上司が私のレポートのスペルミスを修正したとき、私の心がこう考えるのを止めることが出来ませんでした。『彼は私が無能だと思っているわ。私が十分な仕事をできていないから、私は仕事を失うかもしれない』って。それは馬鹿げた考えだって、私はわかっているんです。私は実際には、部下もいるマネージャーで、私の上司にとっては最高の部下なんです。でも何かうまく行かないことがあると、この嫌な気持ちをシェイクすることができなくなるんです」。彼女は少しの感情的な事象に対してもとても敏感だったので、親密さを深めるという営みからは身を引いていました。どんなに気をつけていても、彼女のパートナーは彼女の心を傷つけることをしたり言ったりすることからは逃げられず、彼女は数週間落ち込みます。彼女が言うところによれば、人と関係を持つことは裸足でダンスするようなもので、徐々に彼女のつま先は痛めつけられ、彼女はそこから逃げる羽目になるだろう、とのことです。
正しい薬を少し処方したところ、彼女の感情的な音の響きの大きさは、標準的な範囲まで減少しました。人生で初めて、彼女は小さな心の苦痛というものを感じることができました。彼女は30分ほど動揺した後、その日を乗り越えることができました。「他の人にとっての人生ってこんな感じなんでしょうか」と彼女は尋ねました。「みんなが関係を築けるのも不思議ではないですね」と彼女は言いました。
彼女の傷つきやすさが生きやすいレベルまで下がったことにより、彼女は愛に対する準備が出きました。彼女の言うところによれば、彼女は今靴を履いてダンスしているとのことです。
カーブした道
ニューラルネットワークが多くの外界の経験に接するようになると、その結果として生じる奇妙な癖は、人間の愛についての経験を混乱させ、それを複雑なものにします。
下記は最初の感覚入力と遭遇した後のネットワークです。
https://gyazo.com/3db4203e6e1f8233ae452a1b96f18992
下記のように、1番目と似たような視覚情報が2番めに現れると、
https://gyazo.com/53479e35f9fb175133b4faa975985dcf
ネットワークはこのイメージの特徴と性質を再び分解し、それらを明滅する様々なニューロンへと分類して収納します。この2つ目のイメージは1つ目のイメージと似ているので、ニューロンの描き出しも前回のものとかなり重なり合う部分があります。
https://gyazo.com/17178f0d575d6d25b5d00042c61c4e10
ヘブモデル の仕組みにより、これらの接続は強化されます。 https://gyazo.com/16ef8457b7e04ed69e76ec575bdefcba
ここで、第3と第4のアイテムが目の前に現れたとします。
https://gyazo.com/b23f30536c75b65640c462067c632dd7
ここでも同様のプロセスが繰り返されます。これらのアイテムもまた、前回と同じニューロンの多くを利用するため、それらの間のリンクはますます強くなります。
https://gyazo.com/69e1465a55018e2b77e8bc4de2050b80
これら4つの情報セットが保管された後にネットワークが休みを取ると、ニューラル記憶の興味深い性質が明らかになります。 脳内の記憶は、始まりの時点では、流動的です。
リスがナッツを複数の隠れ場所に分散させて盗難を防止するように、脳はそれぞれの接続点に、その記憶の宝をたくさんばらまきます。
分散させることの利点はセキュリティーです
欠点は、それが不貞な行為(訳注:infidelity、ここではお互いがしっかり結び合っているのではなく、浮気的に種を撒き散らすこと)であるということです。
脳はあちこちに散らばったニューロンを失うことが多く、まとめられたデータはそれに比べると失われることが少ないです。
このネットワーク記憶効果は「優美な消え去り(graceful degradation)」と名付けられています。
しかし新しい事実がネットワークに降り注ぎ、ネットワークの網の中を流れ落ちると、古い接続のいくつかは解消されます。
(お互いに)異なる情報パターン同士は、脳内でお互い衝突することなく共存できます。なぜならそれらの個々のパターンは、別々のニューロンで構成されているためです。
しかし、お互いが近かったり、同じものを指していたり、重なり合ったりするパターン同士は、お互いの輪郭線を消し合ったり修正し合ったりすることが避けられません。
脳にとっての過去とは、私達がそうであってほしいような(かつそのように想像するような)、硬い岩に刻まれているものではありません。
その代わりに、それぞれの生命の物語は、砂丘の上に残された軌跡であり、それは風という時間と経験により徐々に形を変え、ある形から別の形へと変わるものなのです。はじめの状態から時間が経てば、私達の記憶という追跡ははじめに見たときの形からずれ始めていき、一度エンコードしたデータの初期の状態を取得することは二度とできません。 このような記憶のドリフトから発生する不都合な事象として、目撃証言が悲惨な誤り方をすることが挙げられます。ほとんどの人は実感できないと思いますが、人は起こった出来事を起こったその通りに思い出すことはできません。人が何かを見たり聞いたりしたという記憶は、事後に何度も思い出すという作業の中で、前後の出来事の断片を取り入れたり、一般的な予測や先行する質問による影響を受けます。その結果として出来上がった事実・空想・示唆・ほのめかしを混ぜ合わせたシチューは、より正確な記憶と同じくらい説得力があります。
心理学者のウルリック・ナイサーは、1986年のスペースシャトル「チャレンジャー」の爆発が起こった日の朝に、44人の学生にインタビューし、最初にこの悲劇のニュースを聞いたときに学生たちがどこにいたかを尋ねました。彼は2年半後に同じ質問を繰り返しました。元の記憶と完全に一致した回答をした学生はいませんでした。学生の3分の1は「非常に不正確」な回答をしました。学生達は、過去に心に浮かんだことが記憶の中で偽造物になったということについて全く気にしておらず、快活な様子でした。多くの学生は、最近の記憶、つまり間違っているバージョンの記憶が実際には正しいと主張しました。ナイサーは「私達が言えることとしては、元の記憶は単にどこかに行ってしまった、ということです」と結論づけました。 神経ネットワークの中では、新しい経験は古い経験の輪郭をぼやかします。
逆もまた真です:
古い神経は現在に干渉します。
経験は、脳を慎重かつ系統立てた形で再配線します。
そしてこれまで見て「きた」ことの性質が、何を見ることが「できる」かということを決定します
私達の脳内ネットワークは、神経ニューロンの集まりが結合する接点を持つという、際立った特徴があります:
神経ニューロンは、ネットワークにより3回か4回強化され、結合線を共有するようになります。
https://gyazo.com/c30eab4d4d75d97e95e3adde7aaae84d
この累積された接続のグループは、4回の入力が共通して持つ要素を保持します。4つの入力を混ぜ合わせると、それらの内容は以下のはっきりとした形になります。
https://gyazo.com/8c10616c6b9a5ad5f56bd4f8aed6d441
この混合物は、4つの入力が共通して持つ特徴を保管する役割を果たしています:
その特徴とは、縦の線が2つあり、それらが1つの水平線によってつなぎ合わされている、ということです。
それぞれの要素、例えばセリフ体のフォントや渦巻のような筆記体のフォントであるという特徴は、わずかに記憶されるのみで、洗い落とされてしまいやすいという傾向を持ちます。
4つの参加者(訳注:4つの入力イメージのこと)はそれぞれ一本のデータの点がつながったものでしたが、ネットワーク全体は複数の要素のうち最も強い組み合わせという概略、つまりそれら要素が例示することになる「流れ(trend)」、つまりここでは「ローマン体のH」を、エンコードします。神経ネットワークは、さまざまな筆記体の文字に遭遇した場合、自動的にそれらの全ての文字の中に含まれている「Hらしさ」を自動的に抽出します。
ーつまり多様で乱雑な経験の中から、純粋な原理を抽出することー
は、自然で避けられない、神経による記憶の結果です。 わたしたちは「記憶」と「凝縮」とにそれぞれ別の言語ラベルを貼っていますが、それらは脳の中では1つのものです。人の思考の構造は、それに応じて形作られます。 以下は、プロトタイプが組み込まれたネットワークです。
https://gyazo.com/d1da1cf40c0fc30b68a72b9121942c95
ここで以下が第5のイメージとして現れたとします。
https://gyazo.com/9be94e9ef514817b230d7700dc5b1a11
これは、プロトタイプに似ていると言いたくなるような形をしています。そして神経ネットワークがこの最後の入力を処理しようとすると、時間は逆回しにされて、その一貫性は分割されます。 https://gyazo.com/20acd4d42f51d2de57f5d91e6488b7bf
5番目の図はいくつかのプロトタイプニューロンをトリガーし、それらの相互連鎖反応は瞬間的に発火します。スタジアムのライトの列のように、プロトタイプチームは光に浮かび上がります。
https://gyazo.com/8033dcbe9cebf5ee829b98dac6e9843d
Aチームは一瞬光ったニューロンよりも容易に、最後の文字の真の姿をエンコードすることができます。Aニューロンの束が蘇ったことにより、ネットワークは現実から離れていきます。
ここで描き出されているのは、現在という事実と過去というプロトタイプとの交差点です。 https://gyazo.com/449f15359aad1df00f568a118d873b39
ネットワークから見ると、最後の入力はHです。
並んだツインタワーとそこにかけられたクロスバーという特徴は、プロトタイプの特徴とおなじみの関係をほとんど持っています。現実の、曖昧な入力に対して行なわれるこのような解釈という変更は、生きている脳がこのような方法をとっていることによります。 アトラクターは、より弱い情報パターンを圧倒することがある、深い接続が集まったものです。
入ってくる感覚データがアトラクターが発生するしきい値を超えアトラクターを引き起こすと、アトラクターはチームメイトをトリガーします。アトラクターは他のユニットを完全に圧倒し、ネットワークはアトラクターの白熱光を主に記録することができますが、別のパターンのホタルの退色が最初はそこにかすかに見えます。
ネットワークは、新しい感覚情報を「過去の経験に適合したものとして」登録します。
これと同じような方法で、太陽の眩しいまぶしさは、真昼の空から、無数の調光器のようにそれぞれ大きさの違う数々の星を洗い去って見えなくしてしまいます。
ニューラルアトラクターを使用すると、人間は手書き文字を解読できます。
真っ直ぐで正しい線から際だって逸脱した間違った文字が感覚刺激として入力された場合でも、解読できます
その真っ直ぐで正しい線で作られた文字とは、小学一年生が真似しようと努力するものであり、大人はずっとまえに、すでに放棄しているものです。
手書きのメモを英語の文字に変換することは、ニューラルネットワークでは数ミリ秒の作業ですが、現実をそのまま処理するコンピューティングデバイスでは、最初の主題化という捻じ曲げ作業がなく、アトラクターによる定義下の影響もないので、骨の折れる作業です。逆に、アトラクターは、ニューラルプロセッサにとって校正作業を非常に困難にします。
たとえば、文の途中で「taht」を読むと、脳に強く引きつけられた「that」というアトラクターがしばしば活性化されます。ほとんどの場合、心の内側の目は自動修正された「that」だけを見るでしょう。したがって意識的に経験したことのないテキストの誤りを修正する機会は妨げられるでしょう。
現実を歪めるアトラクターはあなたの心の中にも宿っていることを自分で確かめてください。 https://gyazo.com/6acc86f82d56fc72ddb829db3be97f46
これはカニザ三角形ですが、見かけの三角形は全くの想像の産物です。実際のところ、3つのパックマン、6つの線だけがあり、そこに三角形はありません。
それでも心が三角形の形という信念を持つことは興味深いことです
なぜならこれらのほのめかしによる詐欺は、脳が線と頂点を知覚する際に使用する、変えられない要素としての神経ニューロンのショートカットと共謀して行なわれているからです。
そこには「実際には」何があるのかだけを見るようにしてください。そうすれば、あなたの脳がとどけようとしているより単純で精度の低い世界の背後で、真実が消えていくことに気がつくでしょう。
または、次の文を読んでみてください:
2つの単語の中央の「文字」が、まったく同一ではあるが複数の解釈を許す文字、つまりニューラルネットワークに入力された5番目の図が複数あるようなものである場合を考えます。
最初の言葉では、脳の学習した「THE」のアトラクターが、やってきた曖昧な文字をくずれた「H」であると解釈します
2番目の言葉では、別の(訳注:「CAT」の単語を取り込む)アトラクターが同じ行をくずれた「A」であると解釈します。
実際に書かれているものを見るやりかたが全て正しいとしても
「TAE CHT」として認識する人は多くはありません。
そして本当に書かれている内容が「T?E C?T」だということに気づく人はいません
(訳注:「THE CAT」のほのめかし、その言葉を推測させ、輪郭を描き出して浮かび上がらせるという手法を文章で行う例となっている)
アインシュタインの相対性理論は、質量の局所的な集中が空間をゆがめ、近くの物体の矢の飛行を曲げ、光の軌跡を曲げさえすることを証明しました。空間は、ビリヤード台やボウリングレーンのような堅い平面ではなく、表面を移動する物体の存在に影響されないようなものではありません。宇宙はゴムの張り詰めたシートのようなものであり、載せられた物質によってくぼむことがありますす。これは惑星のような小さい質量では軽くくぼむ程度ですが、太陽のような大きな密度に影響をうければ深いくぼみができます。 これと同様に、経験を濃縮してアトラクターとするという脳の習慣は、心を、柔らかく屈曲しやすいアインシュタインの織物にします。 力が十分に加わってくぼみができれば、その底はアトラクターになります。それは
平面上にある本来の思考のラインを畳み込み、
捻じ曲げられたり陥れられたりするのに十分なほど近づいてきた情報パターンに影響を与える準備をしています
大きな質量の近くでは時間の流れさえ変化します。それは強いアトラクターの近くにあるかのようにです。
ウォレス・スティーブンスは、時間・心臓・心について以下のように書きました:
胸の中で鼓動を刻むのは時間であり、静かで誇り高い心を打ちのめすのも時間である。
心は、自身が時間により破壊されるということを知っている。
時間は心の中で走る馬であって、
その馬は乗り手がいないままに夜の闇の中を走っている。
心はそれが通り過ぎるのを、ただ座って聞いている。
心の中で種牡馬をつなぎとめていたロープが緩められると、各アトラクターは馬が通る道を無理やり曲げます。現在起きている感覚をふるいにかけている間、脳は前回の知識パターンを引き起こします。前回の知識パターンはネットワークの中で突然再活性化されます。
古い情報が到達したとき、人はかつて何を知っていたかということを「知る」ことになります。人間は神経ニューロンという存在であるため、過去は潜在的には活気を再び取り戻す可能性に満ちています。
大脳辺縁系の脳には、人生の早い段階でエンコードされた感情的なアトラクターが含まれています。 「初期バイアス(基本バイアス・根底バイアス)」は、感情の世界を見たり、他者との関係性を導く不可欠な神経システムを統合してそれらを形作ります。 もし辺縁系ネットワークの力による人生初期の経験が、健康で感情的な相互作用を代表するようなものであった場合、そのアトラクターはその後の人生の中で関係性を構築するに当たり、信頼できるガイドとなるでしょう。
もし病的な愛が子供に与えられたら、その子のアトラクターはそれをエンコードし、彼が大人になった後の関係性は、ひどいプロクルーステースのベッドになるでしょう。(訳注:相手の事情を無視して無理に合わせることの比喩。プロクルーステースは自分のベッドの大きさに合わせて旅人の足を切断したり引き伸ばしたりしたギリシャ神話上の強盗の名前)。 なぜなら人の心はヘブモデル式の記憶と辺縁系によるアトラクターを標準装備しているため、例え周りの世界ががらっと変わったとしても、その感情経験を動かすことはできないからです。彼は、多くの人がそうであるように、何十年か前に作られた仮想世界に囚われたままでありつづけるでしょう。マーク・トウェインが言うように、人は想像力が視野に入らない場合、自分の目を信用することもできないのです。 辺縁系のアトラクターは、感情的で、人生の厄介物となりうる、魅力的な側面を生みつけます。それは、「(感情)転移」です。 これは「ある他人に対して、あたかもその人と過去に会ったことがあるかのような感情的な応答を持つような、人が一般に持つ傾向」をフロイトの用語で言い表したものです。フロイトは、「愛する人の特徴を目の前にしたときに、一度は消えていた記憶がその檻を破って浮かび上がり、過去の悪魔で現在の天使を覆い隠したり、その逆となったりすること」が、転移が存在する生きた証拠であると考えました。 科学は、真実が上記に劣らないくらいの奇想天外さを持つことを示すことにより、神話を塗り替えようとしています
ヘブモデルに従う全てのシステムは、それが生物であれ機械であれ、同じようなゆがみの傾向を持ちます
コンピュータ上で動く神経ネットワークプログラムにおいては、
記憶のメカニズムが、
経験をより小さくコンパクトな、ときには論理的に正しくない予測へと落とし込むことにより動作します。
わたしたち自身もまた同じです。
人間は神経ニューロンにより物事を記憶するため、以下の傾向を持ちます
すでに見たことがあるものをもっと見たい
今までで最も良く聞いたことがある音を聞き直したい
自分がいつも考えているようなことを考えたい
その慣性の向こう見ずさは、速度をゆるめることが困難です 長く生きれば生きるほど、その勢いは増します
下記はその痛切さについて触れた、2人の神経科学者による言葉です
科学的研究における新しい理論は大学院生によってのみ理解され、そのときその学生の知的枠組みは完全に移行(transform)します。
これとは対照的に、教授はこのようなお互いに結びついた慣性によってがんじがらめになっているため、その教授たちは新しいアイディアに出くわしても、時々現れる小さなイラつきを除いては、目に見える変化を表にださないということがあります 世界が衝突するとき
人は思考の構造に埋め込まれているため、自分自身のアトラクターを自分のやり方で考えることはできません。
そして人間では、アトラクターの影響範囲は心に限定されません。大脳辺縁系の脳は、アトラクターの影響圏を外に向かって爆発させ、新星のガス状の殻の活気に満ちています。辺縁系の共鳴と調節は、影響力のある信号の継続的な交換で人間の心を結び付けるため、すべての脳は、アトラクタを含む情報を共有するローカルネットワークの一部です。 このように、大脳辺縁系アトラクターは、それらを生み出す脳内だけでなく、他の辺縁系ネットワークにも歪みの力を発揮し、互換性のある記憶、感情状態、および人間関係のスタイルを呼び起こします。アトラクターの影響の大脳辺縁系伝達を通じて、ある人は他の人を自分の感情的な仮想性に引き付けることができます。私たちはみな、関係を保っている限りは、他人の感情世界の重力の影響を受け、同時に彼の感情を私達自身の感情といっしょに変化させています。 それぞれの関係は連星(訳注:共通の重心のまわりを公転する 2 つの星)であり、重力を及ぼし合う燃える流動体であり、与えては感じ、感じては与えるという深い古くからの影響を及ぼし合ってます。 レイチェル・ナオミ・レメンは、「キッチンテーブルの知恵(Kitchen Table Wisdom)」という本の中で、自分のブラシ(訳注:化粧や磨くことの比喩)と他者の心とがつくる影響について触れています。
彼女は思春期の頃自分の太っている容姿に悩んでおり、彼女が年上のいとこと話し合うのはいつも、女性が自分のひどい外観を受け入れるということはどういうことかについての話題でした。
レメン博士はその後エレガントな女性に成長しましたが、彼女は、その成長したアイデンティティについてのいとこのカプセル化された信念から逃れることができませんでした。彼女のいとこがいると、彼女は縁石につまずき、衣服に食べ物を垂らし、財布の中身をレストランの床にこぼしてしまいました。私たちが他者に抱いている内なる概念は、「私たちが彼らの目の前にいることにより彼らに反映され、自分自身でも完全には理解できない方法で彼らに影響を与える可能性があります」と彼女は書いている。「ここ数年考えていることは、私といとことの関係のように、密かで私的な、それでいて触れられるようなイメージを共有することが、より直接的な影響を及ぼすのではないかということです」
アトラクターの辺縁系伝達は、個人のアイデンティティを部分的に順応性のあるものにします。私たちが結びついている特定の人々は、私たちの日常の神経活動の一部を引き起こします。
想像の世界では、自分は誇らしい船です。
確かに、風や潮流の影響を受けますが、マストやそれを支える木材、梁に満ちており、かなり堅固です。
私たちは、私達自身のアイデンティティが、自分がその上を航海している海のように流動的であるかもしれないということはほとんど想像しません。
EE Cummingsは、このようなアイデンティティーを構成する愛し合う人たちの様子を描きました。
あなたの帰郷は私の帰郷—
私はあなたと一緒に行きますが、私だけは残っています。
影の幻影の彫像または一見
(常に誰もいないほぼ誰か)
誰も、彼らとあなたの帰国まで、あなたの朝に目が開いたことを夢見て、彼の孤独の永遠を過ごす
彼らの星があなたの空を昇っていると感じます
大脳辺縁系アトラクターの射程は刹那の瞬間を超えて広がります。ニューラルネットワークの正弦波は、その量に正比例してニューロンのパターンを強化する傾向があります。
思考が摩擦や抵抗をほとんど伴わずに飛び回れるほどに、回路が十分に磨耗すると、その思考という道はあなたの一部になります。それは現在の言葉、思考、行動、態度の習慣になっています。
他者のアトラクターに続けて触れ続けるということは、本人の神経パターンを単に活性化するだけでなく、強化します。長年の一体感は、脳という開かれた本の上に、永続的な変化を書き込みます。
わたしたちの人間関係においては、ある一人の心が別の人の心に変更を加えます。一人の心がパートナーの心を変えます。
このような驚くべき遺産、哺乳類としてまた神経ニューロンとしての性質を合わせた遺産は、「大脳辺縁による修正」です。
この力は、愛する人の感情というパーツを再編成するものであり、
それはわたしたちのアトラクターが辺縁系という通り道を活性化することにより行なわれます。
そして脳の変えることのできない記憶のメカニズムが、それらを強化します。
私たちが誰であり、そして誰になるかは、部分的には、私達が愛する人に依存します。