何のために日記を書くのか?
これはちょっと考えさせられる内容だった。
yuki-2021.iconがなんで日記を書いてるのだろう?と問われると、「日々の生活の記憶を残していくため」というのと「単なる習慣」であるという二面があるかなと思う。 色々とブログでも何度か書いたと思うけど、ブログを書いておくと認知行動療法のセルフモニタリングの効果にて、自然と自分の行動が改善されていくような気がするのである。どうも、僕は統合失調症で生活がバラバラにされていた時期があるので、それのリハビリのために毎日文章を書く習慣を始めた。 しかし、ある時から、ブログを書くことが完璧に習慣となっており、力を入れなくても書くことができるという心境に至った。この状態では、ブログを書くということは歯を磨くのと同じような習慣であり、理由はないけどブログを書く時間だからブログを書くという、行動と目的の混同が行われてしまってる状態である。 それで何か問題があるのか? と開き直ることはできるけど、なんとなく、ブンガク的な心の使い方じゃない。ちょっとは内省して苦しんでる様子がある方が多少は見栄えもあるというか、即物的で土臭くて田舎っぽいような雰囲気を感じる。
しかしまー、僕は思考の根っこの方ではプラグマティズムを採用しているし、人から頭が良さそうに見られるために苦悩を持ち込むというような心の使い方は嫌いである。 兼好法師が徒然草で書いてることでもあるけど、随筆というのは不健全な行為だよな。健康で真面目な市民というのは、書いた日記を世間に晒そうとは思わんのである。これはブログなんてものは全部、不良のやることだ。 そういう反社会的な行為であるということも含めて僕はブログ文化というのが好きなのである。「自分のエゴを世間に一方的に押し付ける」というのはロックだと思う。そこからたまにそれを良いなと思ってくれる人と繋がる表現行為というのは、本質的なコミュニケーションの行動じゃないかなと思うんである。
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