認識可能性
from
フレーム
Butlerにとって、命が「嘆かれ得る」かどうかは、その命が人間として認識可能(recognizable)かどうかにかかっています。
これは認識論的であると同時に、存在論的な問いです。
ある命が傷つけられても損失として現れない時、その命はそもそも「生きていた」ものとして登録されていない。
つまり嘆きの不在は、命の価値の低さを示すのではなく、その命が人間としての輪郭を与えられていなかったことを示す。フレーム(枠組み)の外に置かれた命は、死んでも「死」として現れない。