宮澤弘
1921~2012
理論家であり実務家、こういう人が今の時代も欲しい
宮澤弘
広島県知事
総理大臣の宮澤喜一の弟
内務省(総務省の大元)>千葉県副知事>自治省>広島県知事(1973~1981)>参議院議員
地方分権を最初に言い出した人(ということらしい)
広島県知事時代にコミュニティ振興策を実施した
そのパイロット地域の一つが廿日市市にある
「県政の概要」昭和51年
出版元は広島県議会事務局
第4 魅力ある地域社会の形成で「コミュニティ対策」がとりあげられている
本来、コミュニティづくりにおける行政の立場は、基本的には補助的なものであるが、現実には、そのための条件や環境の整備が重要な課題である。そのため、51年度(引用者捕捉、1976)は、学識経験者による広島県コミュニティ問題研究会を発足させコミュニティ問題の研究を進めているほか、地域連帯活動の促進、地域福祉活動の展開「みんなのスポーツ」の進行等の施策を強力に推進することとしている。
「広島県新長期総合計画 新しいコミュニティづくりをめざして」昭和52年, 1977
「県政の概要」昭和52年
「県政の概要」昭和53年
「県政の概要」昭和54年
「地方公共団体におけるコミュニティ施策の状況」昭和58年、自治省
「広島県におけるコミュニティ振興策について」昭和53年、細川、広島県コミュニティ振興課長、地方議会人掲載
S51,宮澤県知事定例県議会
コミュニティづくりの提唱
S51, コミュニティ問題連絡協議会>内部組織
現行施策の点検
S51, 広島県コミュニティ問題研究会>有識者会議
広島大学、八木佐市教授を座長、12人
「コミュニティ問題研究報告書」
長期総合計画へ組み入れ(S52)
著作
「地方都市の魅力:過密社会との訣別」1970
広島県知事以前
「都市からの出発:地方都市の未来図」1973
広島県知事時代
「あすの地方自治を考える:知事対談」1976
「地方都市ルネッサンス:あすの国土と市民生活」1977
広島県知事時代、コミュニティ振興策開始後
東京一極集中を中心に論じている。今と問題構造が変わっていない
鈴木行革時代
広島県知事を国政に急遽出馬したため退任、後任の広島県知事は竹下虎之助
竹下の回顧録に宮澤県知事時代のコミュニティ振興策について記載がある
広島県五日市町(現、広島市佐伯区)の町長、谷口寿太郎の回顧録にコミュニティ振興策の記載がある 町内会の連合地域(大体一小学校通学区域)をもって、コミュニティ(近隣社会)の単位として、住民が望ましい近隣生活を営むことができるよう、基礎的な地域社会づくりの必要を感ずる。
自治本省においても、コミュニティ対策の推進を打ち出し、昭和四十六年四月「コミュニティに関する対策要綱」を示してその実施推進につき、次官の依頼通達を各府県知事宛に発した。その通達の要旨は、都市的地域及び農村地域のそれぞれの地域の性格に即した、コミュニティの生活環境の整備と住民の自主的なコミュニティ活動のモデルをつくることであった。
私はこのことを聞いたので、まことに我が意を得たものと思い、ぜひそのモデル・コミュニティ設置の街として指定を受けるよう、県や本省に要望したのである。そしてそのモデル地域には、わが町の八幡地区が適当としてその準備を命じた。
昭和47年度(1972)から施策がスタートした
宮澤の広島県知事就任前から取組まれていた
宮澤県政のコミュニティ施策
コミュニティ活動実践地区
地域の福祉づくり実践地区
1977, 広島県廿日市市地御前地区が指定を受ける
廿日市市の地域振興策
大藤文夫「コミュニティ施策から協働施策へ 広島県廿日市市を事例に 1」
「コミュニティ 生活の場における人間性の回復」
所謂「コミュニティ」が政策化された最初のペーパー
広島テレビの20周年記念誌に記載あり
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