発達
よく使われる「ソフトウェア開発」の「開発」の原語は development で, これは都市開発などで使われるのと同じ. でも, それは「未開 (発) の地を切り開く」というような意味であって, ソフトウェアを構築する行為にふさわしいとは思えない
今どき「デヴェロッパ」(開発業者) というのは, 社会の敵, 悪役である...
develeopment は写真で言えば「現像」で, これは (フィルム時代には) 露光したフィルムから映像が現れる過程を表していて, 日本語としてはより適している気がする (ソフトウェア現像!)
現像の過程はたいてい光から密閉した容器の中で行われるので, その過程を見ることはほとんどない
過程は違うが, 「プリント」(印画紙にフィルムの影を焼き付ける過程) も (そうは呼ばれないが) 同じように「現像」であり, 暗室でプリント作業したひとは誰でも知っているとおり, ゆらゆらと印画紙上に像が現れる様は, まぁソフトウェアを作る過程と似ている気もする (そして, その時点で始めて撮影が失敗したのに気付き, あのシャッタを切ったときに頭に描いていた素晴らしい映像が実は今やどこにも存在しないことを悟るのも似ている)
別の訳語としては, 「発達」というのもある. 実はこの方がソフトウェアの実際の歴史には近い. アラン・ケイ (Smalltalk のひと) を始めとする一部のソフトウェア工学の背景には, ジャン・ピアジェ (スイスの発達心理学者) などの強い影響があるからだ. ソフトウェアを発達過程として捉えるのは, 現在のソフトウェア工学につながる重要な視点である
もっともそのときに, 以下のような点は必ずしもあまり議論されてこなかったし, ソフトウェア工学に反映されてきていないのではないか
何が (誰が) 発達するのか
ソフトウェア (を XXX する) というひとの営みはその発達にどう関わっているのか
ここでは, ソフトウェアを作るひとも使うひともネットワークの一部なので, 特権的な「養育」「教育」する立場ではない. 一緒に 発達 する, 育つ 立場なのだが となってくると, 定型/非定型の問題が出てくる. 当然, あらゆる発達は非定型なのだが
ここでもケン・ウィルバーが出てくると, あー, なるほどねー, 勘弁してねーとなるけど
アジャイルというのはセックスみたいなもので, DevOps は出産みたいなものだから, その後, つまり育てる, 育つというのがこれから必要なのだろう