奮闘記の徒然7
2023/6/17
「改善王」が、期待を遥かに超えるポテンシャルで、突如、立ち上がった
「聞く人」も良い雰囲気を醸し出している
良かった、本当に良かった
あらためて思ったこと
己の長所を信じよ(当たり前と思い込んでいることのなかから、発見せよ)
短所(と思い込んでいること)への未練や羞恥心は、捨てよ
この2点である
できないことはできないと、潔く認め、これだけはできる、という一点に、表現の焦点を絞ること
独立家の「構え」とは、きっと、そういうことなのだ
長所を信じ、誇りを持つためには実体験が必要で、そこにつながる機会があるのなら、たとえ無料でも、やらせてもらうべきである
自信と誇りが己に余裕を与える
余裕のある人には、おかしみやユーモアが宿る
独立家には、悲壮感は似合わない
意外性と納得感、ちょっとの遊び心があって、そうして初めて、良縁が巡ってくる
そういう順番なのだろう
そう考えたら
自分は結構危ない橋を渡っていたのかもしれない
独立したての頃は、それこそ、自信も誇りも、空っぽだったから
それどころか、気力も体力も、お金も、展望も、なにもかもが、からっぽだった
この5年間、よく、生きてこれたものだ
不思議で仕方ない
数多くの導き手が、導いてくださったおかげだったのだと、心の底から、思う
それは、仏恩、としか言えない何かである
それはそうと
ふとしたきっかけで、半年ほど前に書いた、当時のとある新規顧客向けの企画書を読み返した
よくこれで受注に至ったものだ…と、冷や汗というか、なんというか
いまだったら、こうは書かないぞ、という内容だったのだ
しかし、考えてみたら、その受注があってこそ、自分が変化して、価値観も変わったのである
いま、ここにある自分を、常に、全力で信じる以外に、ないのだろう
2023/6/20
仏教と俳句のことは、昨日の収録で、ようよう、語り合えた気がしている
こうして語ってみることで、なにかが変わるのかなと思っていたんだけど、どうなんだろうか
自分の内面的には、かなり大きな変化があったけど
仕事とか、経済といった方面では、目立った変化はない
まぁ、速効性のあるようなものではないのかもしれないけれども
やってみてわかったことなのだが、今回の試みは、受けるかどうか、とか、反響みたいなものに、一切、忖度せずに、やりたい放題やる、が、テーマだったのだ
かなりの達成感を得ることはできたのだけれども
改めて、まだまだ道は長いよなぁ、という
とば口にすら立てていないのかもしれない
2023/6/21
昨日に引き続き、なんとはなしにつぶやいてみるのだけれども
世直し、世直しと、あんまり思い詰めてもしょうがないのかもしれない
人は、そうそう、変わらない
とはいえやっぱり、時間が経ってみたら、いつの間にか、変わっていたりもするのだけれど…
みんながこう考えればいいのに、というのは、たいてい、思考の罠なのだ
一方で、非常に普遍的なものも、あるとは思うのだけれども
万有引力は、個人の主観とは関係ないだろう?みたいな話
それはさておき
先日の収録では、放哉について語ったのだった
語りながら、思った以上に、放哉への思いが眠っていたことに驚いていた
放哉は、決して、決して、呪われてなんか、いやしない
純粋だったのだ
ただただ、ひたすらに、純粋に、純粋だったのだ
おそらく
囲碁でなく将棋、短歌より俳句、山頭火より放哉、ワンピースでなくハンター、宮崎駿でなく押井守、クッキングパパでなく美味しんぼ、最澄でなく空海、という自分の指向性は、この、純粋さ、というところに、あるのだろう
純である、ということは、ともすれば、社会性を喪失してしまいかねない
そう考えると、自分もまぁ、よくご飯をを食べていられるものだと嘆息する
実務的なスキルと、なにはともあれ稼がねば、という強迫観念のようなもののおかげなのだろう
2023/6/22
最近、新しい本の企画について、よく考える
タイトルと序文だけが、浮かんでは消えていく
たとえば
プロジェクトオーナーのためのプロジェクト入門
計画駆動と実績駆動の統合理論
プロジェクトを生き抜くための、要件定義の本質
プロジェクトが行き詰まったときに読む本
最近思うこと
人は、真実や真理を求めているわけではない
見たいものを見たいのであり、聞きたいものを聞きたいのである
そんなことを思いながら、自分のためのプロジェクト理論でなく、人に届けるために語る、という方向性を、考え始めた
たとえばこれは、その試みである
書いてみて思うのだが、やっぱり、これでも、まだ、固い
固いというか、普遍性や一般性、ロジックとしての整合性を意識しすぎなのではないか
もっと、固有で、特殊な一点に絞っていけばいいのではないか
結果として、読む側に、一般解が創造されるような…
2023/6/24
今日は、朝起きたら体調が悪く、一日、寝ていた
先週は、対面の仕事が2件あり、また、長期案件の中間報告もあったり、ちょっと疲れてしまったのかもしれない
身体は疲れていても、思考は普段通り、いや普段以上に駆け巡るから、どうも、じれったくなる
これで、もう少し、気力、体力があれば、もっと全然、パフォーマンスが異なってくるのになぁ、と、よく思う
緊張しやすい性格のくせに、危なっかしいことばかりやって、いつも心配ばかりして生きてきたので、疲れがそのぶん、溜まっているのだろう
焦らず、いまは、余計なことをせずに身体を休めるときなのだ
などといいながら、結局あれこれ、新しいことに手を出し続けていたりもする…
なかなかどうして、自分を御するのが、たぶん、一番、難しいのだろう
2023/6/26
くまーるさん!
この書き込みには、笑ってしまった。笑
いまさら!笑
ぜひとも、好きなことをたくさん、書き込んでいただけますよう。
それはさておき
Facebookでひどく莫迦莫迦しいプレスリリースが回ってきて、一瞬(小一時間ほど)怒り心頭状態だった
なんでこんなに腹が立ったのだろう?と、しばらく考えてみた
こういう、詐欺的な、見せかけの、不誠実極まりない仕事をしている輩が世の中にはしこたまいて、自分は、そのお尻拭きや後始末をすることが多いからだ、と、気づいた
理由がわかって、ひどく納得した
しかしまぁ、そうした「お尻拭きや後始末」は、自分にとっては、仕事をさせていただく機会である、という一面もある
そこまで考えが至ると、なんだか複雑な気持ちになった
それはそうと
「AI」に関する問題は、機械が人間にとっての意味を扱うことができない、ということにある、と、改めて、気付かされた
扱うことができるフリ、が、あまりにも上手くなりすぎているせいで、ちょっと異次元の混乱が生じているように思われる
こうした現象の意味を、いま一度、腰を落ち着けて、よくよく考えなければならない