奮闘記の徒然11
2023/10/3
ようやく、少しばかり、スケジュールが空いて、ほっとしている
で、そういうときに、いそいそと資料作りに勤しむ自分が不思議ではあるのだが、昨日はようやく、漢方関連の作業が進められて、良い気分だった
なんとなく、自分が次にどこに向かうのか、を、考え始めているのだと思う
独立してから、一貫してやってきて、すでに形になってきたもの
プロジェクト、という現象を、工学、仏教、漢方という3つの柱で考えていく
講師業(企業向けのプロジェクトマネジメント研修)
コンサル業(振り返ると、基本的には、先端技術の社会実装系か、組織変革系のどちらかをやってきたわけだが、その場その場で出会ったものを、なんでもやってきた結果である)
キックプ譜(プ譜のSaaS)
上記について、思っていること
本当に言いたいことの、1%も言えてないような、本当にやりたいことの、1%もやれてないような、気がしている
暮らしていくことが、なんとか、できるようになって、本当に良かったと思っていると同時に、ここで安住してしまうと、駄目なんじゃないか、とも思っている
特に、クライアントワークが主体であり、プロダクトアウトできてない、というのが気になっている
今現在の、日本経済、日本社会の抱える致命的な課題に対して、ちゃんと切り込んでるのか、切り込んでないとしたら、結局のところ、いまの自分の暮らし方は、社会にフリーライドしてるだけではないのか、という、自責の念みたいなものがある
ということで、いま、こういうことをやっていきたいと、思っていること
個人の独立支援
単一ビジネスモデル、年商10〜30億企業に対する、新事業・業態転換・次世代バトンタッチ支援
個人向けPM教育のパッケージ化、プロダクト化
個人支援について
まさにJJがそのプロトタイプだったわけだけれども、ナレッジ集では不十分だという結論に到達した
集合知的なナレッジ集、というコンセプトはすごくいいと思って始めたのだけれども
本当にそれを具現化するためには、もっと手をかけないといけない、しかし、なかなか、自分もそこまではやりきれない
あと、やっぱり、scrapboxという形式も含め、コンセプト的にも、ちょっと時代に対してかなり先行してしまっていたんじゃないか?ということも、思ったりする
個人支援は、やっぱり、個々の事情や状況、条件に寄り添う必要がある
とはいえ一定のパターン性もある
だからこそ、漢方アプローチに希望がある気はしているのだけれども
法人支援について
これは、実は、個人への独立支援と、構造的には変わらない
変わってくるのは、相手方の意思決定プロセスが、組織的になる、というところ
個人には個人のむつかしさがあり、法人には法人のむつかしさがある
いずれにせよ
個人、法人への支援が、もう少し、ちゃんとできるようになって、実績も増やしていけたら、「日本経済、日本社会の抱える致命的な課題に対して、ちゃんと切りこんでいる」と、自信を持って言えるようになると思っている
業態としては、まぁ、コンサル業に分類されちゃうのかもしれないけれど、でも、自分として大テーマを掲げ、自発的に取り組む、いち事業であると、言っても恥ずかしくないだろう、と思う
一定のプロダクトなり、メソッドを構築できて、組織的に展開できるようになったら、それこそまさしく事業と呼べるものになる
上記ふたつを抽象化して統合すると
良いものを持っている人の新価値創造を手助けしたい、ということであって
だとすれば、いま一緒に仕事させてもらっている企業と、コラボしてやらせてもらう、みたいなことも、全然あり得るのかもしれない
かたやの、個人向けPM教育のパッケージ化、プロダクト化について
たぶん、これは、支援的なアプローチの、真逆から登って、同じ山頂を目指そうとしている発想なのだろう
一旦、具体的には、企業向けにやってきたことを、まさにいまコンテンツとして、ぎゅっとひとまとめにしようとしていて
個別個別の企業のニーズに寄り添って、ちょこちょこカスタマイズしてやるのは、やはり、限界があるような気がしているのだ
本当に理解すべきもの、が、先にあって、それありきで、その全てを学んでもらう、理解し、体得してもらう、ということが、できないか、と考えている
キックプ譜が、この話の中核的プロダクトだ、みたいな位置付けになると、非常に美しいと思っているのだけれども、いつ、どこで、どう合流するのかは、まだまだ全然わからない
今年はPMタイプ診断と、chatGPT連携と、ふたつリリースできたわけだが、まだまだ種であって、水もやれてない、みたいなところがある
加えて、結局のところ、プ譜だけで語りきれるものでもないことが、ようやくわかったし、受け入れられたし、そのうえでの自分なりのコンテンツも整ってきたのが、現在地としてある
そんな状況を考えるなかで、あらためて、もう一冊、本が書けたらいいのかもしれない、とも思うんだけれども
じゃあ、書くべきは理論書なのか、啓発書なのか、教科書なのかと考え出すと、なかなかこれも難しい
手元のPDFを使って、課題提示を中心としてやるなら、別に特別新たなコンテンツを作ることもないわけだし
あるいは動画なのか、とか
手段の幅も広いし、ゴールイメージも、提供価値も、まだまだフォーカスが定まってないので、まぁ、まだまだ、これからなんだろうな
しかし、まぁ、なんだ
それにしても、我ながら、どうして「方法論」なんていう、メタな領域でやってるんだろうなぁ
本当は、ものづくり、とか、医療、とか、映画、とか、クリエイティブ、とか、個別の業種・業態における具体的な成果を生み出す側に、回りたかった、というか、回るものだと思っていたし、自分はそちら側の人間だと、思っていたのだ
しかし、最終的には、どの具体的領域にも、没入し、我が身を捧げるような興味は湧かなかったし、無理くり興味があると設定してやったこともあったけど、それはあんまりうまくいかなかった
実生活上も、そちらには向かっていかなかった
メタな理論を、蜘蛛の糸のように吐き出す行為については、よくよく考えてみたら、結構、早いうちから対価をもらうことができるようになっていた
たぶん、ビジネス+itに連載させてもらい始めていた、2010年頃が、全ての発端だったのだ(気付くのが、いまさら過ぎるけど…)
まぁ、そっちに向いている人間なんだろう
それはそれで、いいではないか
人にはあんまり、理解されないけど
でもまぁ、実は、理解、感謝、対価には、ある程度の比例関係なり、相関関係があると考えると、それなりに理解はされてるのかもしれない
なんてことを、思いながら、くまーるさんに連絡を取ってみると、やっぱりさすが、僕らのくまーるさんである
コンテンツは、やっぱり、誰かのために作るものなのだ
そして、作ったことを、作ったものを、見てもらってなんぼだし、見てもらうためのアクションを、起こしてなんぼなのだ
そういうことをせずして、作ったものを置いてポカンとしてても、しょうがない
や、まぁ、しょうがなくもないんだけど、それでは、商売には繋がらない
商売に繋がらなくてよいのであれば、それでいいんだけど
繋げたいときは、とにかく、単純に、自分がその仕事をできることを、人に知ってもらうということ
と、思ったときに、やりたいな、やれるかな、と、思ったのは、意外な方向だが、「PM塾」であった
とにかく、時間の枠だけ決めて、「やってます」ということを、人に知ってもらうことを、始めてみようかしら
そうしたら、意外なことが、意外なふうに、始まるのかもしれない
2023/10/4
作るのは楽しい
見てもらおうとするのは苦痛
ほんとに。笑
届けたい相手に、届くように表現せよ!
表現したものは、届けるという行動をせよ!
もう、壁に書いて貼っておかんといかん
色々と刺激をもらったので、今朝は2本ほど、企画書を書いたのだった
書きたい、でなくて、届けたい、に基づいたからこそ、書けた
次は、届ける!
届けるのだ!
と、いいながら「明日からでいいかな」と、腰が引けちゃう自分がいる。笑
そういうところだぞ!と、自分に言い聞かせている
永井さんと結縄さんと私、3人で、「ちゃんと届ける会」でも、結成しますか。笑
2023/10/20
気付けばもう10月も下旬
このところ、結縄さんにハッパをかけている
かけすぎたかもしれない、という気もするし、いまかけないで、いつかける、という気もしている
実は、同時進行で、木岡さんにもハッパをかけていたのだった
コンサルや研修のお客さんにもハッパをかけている
気がつけば、ハッパかけ男である
木岡さんと結縄さんは、とても素晴らしい魅力を備えているのに、ふとした瞬間、どこかしら、自分に自信がないように見えるときがあるのが、似ている
山田さんにも、そんなところがある
もちろんそれは、謙虚という美徳によるものなんだけれども
独立家である以上は、自負心、つまり自分を背負って立つ心を持つ必要がある
それは、己の力によって、成果を出して初めて得られるものだ
しかし、自負心がないものは、そもそも土俵に立てない
その矛盾を、どうすれば解けるのかというと
ある瞬間に、えいやっ、と、殻が割れる瞬間が来る
それしかないのだ
最後の最後に問われるのは、やはり、己の中にある「思い」なのだろうとは思う
人間、本当にやりたいことなら、自ずからやる
本当に行きたい場所なら自ずから歩いていく
もちろん、からみつく現実的なあれこれもあるし、なによりも自分の心を奮い立たせるのが、最も困難ことではあるのだ
最後の最後で、そこを、ぐいと押し切れるのかどうか
まぁ、もちろん、そこを押し切らない生き方も、あるにはあるのだから、そんなに深刻に考えることもないのだけれども
でも、やっぱり、自分はぐいと押し切って良かったと思っているし、みんなにも押し切ってほしい
その先に開ける景色、空気、世界を分かち合いたいと思っているのだ
まぁ、そんなことを言いながらも、あんまり思い入れ過ぎるのもよくない
探し物は、あきらめたときに見つかるものだと、井上陽水も歌っていた
それもまた真なり、なのである
限りなく真剣に、命を賭けて目の前のことに取り組んでいるようで、どこか遊んでいる、というのが、一番良い状態なのだろう
なんだか、最終的には、自戒の言葉みたいになった