防衛的コミュニケーション
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相手の発言から自分を守る・いなす等の表面的な事を考えながら行うコミュニケーション
本質が伴っていない
嘘と欺瞞と言い訳に満ちたコミュニケーション
しかも防衛的コミュニケーション自体が防衛的コミュニケーションを用いて正当化される
と思っているのだが、正当化ではなく本当に正当な理由があるのなら知りたい
もしかしたら、これに直面した時にもっとシンプルな心の動きが自分の中で発生しているのかもしれない
守られると壊したくなる
棄却: 負け惜しみでムカついて攻撃したくなる説
防衛側で勝ち戦をする時は凄く気持ちが良い
結果的に勝った戦ではなく、最初から勝ちが見えている戦
でもこれは守る・いなすとは違っていて、終始一貫した理念のもとで相手をねじ伏せるイメージ
これを考えると相手の防衛に対して腹が立つのは負け惜しみかもしれない
よく知らん理念のもとで勝ち戦をされると理念が見えないから苛つくのかもしれない
じゃあ、これはブーブー文句を言っているだけなのかもしれない
本質が伴っていない
嘘と欺瞞と言い訳に満ちたコミュニケーション
いや、官軍に対する文句ではないな