石上乙麻呂
石上乙麻呂 - Wikipedia
いそのかみのおとまろ
奈良時代
の
公卿
・
文人
万葉集
に短歌が2首採られている
大船にま楫繁ぬき、大君のみ言かしこみ、あさりするかも
(368)
土佐
配流
を題材にした歌もある
巻第六 1022~1023(
口訳万葉集
より)
父君に我は愛子ぞ、母万自に我は寵子ぞ。参上る八十氏人の手向りする懼ノ坂に、幣奉り我はぞ退る。遠き土佐路を
自分はお父様には可愛がられた子であり、母上にはいとしがられる子として育って来たのだ。その父母に別れて、京都へ上って参るたくさんの人々の、お供え物をして通る憧坂に、幣を奉って、旅路の平安を祈り、反対にいよいよ自分は、遠い土佐への道を、都から下って行くことだ。
大崎の神の小浜は狭けれど、百舟人も過ぐといはなくに
大崎の神がいらっしゃる浜は狭いが、そこを通る舟人は、参らないで通り過ぎるということはない。自分は、そこにさえ、立ちよらずに行く。
懐風藻
作者でもある