短歌俳句がわからない
from 2024/04/05
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正確にいえば短歌俳句のリズム制約に自分は非常な強制力を感じて、読むと、ほにゃららら、ほにゃららららら、ほにゃららら、ほにゃららららら、ほにゃららららら……というリズム、そっちにひっぱられて意味を逸してしまう。
修辞的な美感が、音楽的な美感にかき消されてしまう。
もう自分にとっては短歌俳句は絶対音楽。 黒井マダラさんが日本語で脚韻詩を書いていたが、ああいった音楽性なら意味も追いついてくる。地口とかも大丈夫。そういうものはいまだ特権的な支配力をもってないから。
意味と語音とをかき消す短歌俳句の文字数制限はすごいと感じる。
或る感覚を継承するのに、詳細化・展開するのではなくて、文字数制限を生かして、凝縮・連想させる方におとしこむ技術をひたすら錬磨してきた積み重ねがおそろしい。