滅びの呪文を実行した事件
「バルス」と名付けられた滅びの呪文(rm -rf ./*)を実行した事件が発生。損害賠償請求事件となった。
思い出す時に呼びやすいバルス裁判のリンク付けておこうSummer498.icon
退職日に“ファイル削除プログラム”起動──データを削除した退職者 vs. 半導体企業の裁判例
徳島地裁 令和5年(ワ)第38号 損害賠償請求事件
事件の核となる部分への行リンク:滅びの呪文を実行した事件#69fd96f000000000001cf13c
令和5(ワ)38 損害賠償請求事件 徳島地方裁判所(裁判年月日:令和7年1月16日)
判   決
主   文
1. 被告らは、原告に対し、連帯して、577万4212円及びこれに対する令和3年7月31日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。
2. 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3. 訴訟費用は、これを50分し、その11を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
4. この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
被告らは、原告に対し、連帯して、2581万4785円及びこれに対する令和3年7月31日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1. 事案の要旨
原告は、原告の元従業員である被告Aが原告を退職する際、故意に原告の管理するサーバー内に保存された電子ファイル(以下単に「ファイル」という。)を削除したとして、被告Aに対しては、不法行為に基づく損害賠償又は債務不履行に基づく損害賠償として、被告Aの妻である被告B及び被告Aの母である被告Cに対しては、身元保証契約に基づく保証債務の履行として、2581万4785円及びこれに対する令和3年7月31日(ファイルの削除された日)から支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金の支払を求めた。
2. 前提事実
以下の事実は、当事者間に争いがいないか、後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる。
⑴  当事者
ア 原告は、半導体及び関連材料、部品、応用製品の製造、販売並びに研究開発等を目的とする株式会社であり、青色半導体レーザー分野では大きな世界シェアを有している(弁論の全趣旨)。
イ 被告A(昭和▲年▲月▲日生の男性。甲13)は、原告の元従業員である。被告Bは、被告Aの妻であり、被告Cは、被告Aの母である。
⑵  被告Aの原告における業務内容等
被告Aは、令和元年9月2日に原告に入社し、原告の横浜研究所(以下「本件研究所」という。)において、LD(レーザーダイオード)開発部門の金属加工用レーザー光源開発業務等(具体的には、以下のアないしエ)に携わった。
ア 本件業務①
概要:加工用レーザー光源の加工実験装置の作製及びこれを用いた加工実験
期間:令和元年9月から令和2年8月
イ 本件業務②
概要:レーザー光源測定装置(内製平行度測定器)の作製(装置を動かすためのソフトウェアの開発を含む。)及びこれを用いた測定
期間:令和2年2月から令和2年7月
ウ 本件業務③
概要:加工用青色レーザー光源モジュール(レーザーダイオードを光源として用いるレーザー光発振装置)の開発
期間:令和2年7月から令和2年12月
エ 本件業務④
概要:顧客のためのレーザー光源加工実験設備の環境整備構築
期間:令和2年9月から令和3年4月
⑶  被告の退職とデータ削除
被告Aは、令和3年7月31日、原告を退職した(ただし、最終出社日は同年6月30日であった。)。
被告Aは、同年6月29日、本件研究所において使用されている共有サーバー(以下「本件共有サーバー」という。)に保存されていた特定の電子フォルダ(以下単に「フォルダ」という。)内のファイル(ただし、フォルダは削除されない。)及び本件プログラム(後述)自体を削除するプログラム(以下「本件プログラム」という。)をバッチファイル(「cleaner.bat」という名称)で作成した。被告Aは、同日、自宅のパソコンから本件研究所内の共有パソコンにリモート接続し、同共有パソコンに本件プログラムを設定した上で、同年7月31日に本件プログラムが起動するよう設定した。
同年7月31日、実際に本件プログラムが起動し、実行され、本件共有サーバーに保存されたフォルダ内のファイル及び本件プログラムが削除された(削除されたファイルの範囲、数については争いがある。)。
⑷ 被告B及び被告Cによる身元保証
原告と被告B及び被告Cは、令和元年9月2日、被告Aの原告勤務中の故意又は過失行為により原告が損害を被った場合は、それが退職後に発覚したときでも、被告B及び被告Cが、原告に対し、連帯してその損害を賠償する旨の身元保証契約を書面により締結した。なお、同契約による保証期間は締結日から5年間である(甲2)。
3. 争点及びこれに関する当事者の主張
⑴ 被告Aが故意により原告の業務に必要なファイルを削除したか
(原告の主張)
被告Aは、原告を退職する際に、故意(確定的故意、害意)により、自らが原告の業務に従事していた際に作成し、その後も原告の業務に用いられるべき(ファイルに関する利益を有する原告が削除を認めていなかった)232のフォルダ内に保存されていた全てのファイル(具体的な内容は下表のとおりである。以下、本件業務①に関する❶のファイルを「本件ファイル①-5 ❶」などと表記することがある。)を被告が作成した削除プログラムにより削除した。
【表】削除されたファイルの内容
関連する業務:本件業務①
ファイルの内容
❶ 加工実験装置の操作手順書、
❷ 装置稼働用ソフトウェア関連資料、
❸ 部品関連資料、
❹ 加工実験データ、
❺ 加工デモルーム資料
関連する業務:本件業務②
ファイルの内容
❶ レーザー光源装置の操作手順書、
❷ 測定器稼働用ソフトウェア関連資料、
❸ 部品関連資料、
❹ 実験データ
関連する業務:本件業務③
ファイルの内容
❶ 高出力レーザー光源の特性確認用実験装置の資料、
❷ 光ファイバー関連資料
関連する業務:本件業務④
ファイルの内容
❶ レーザー光源装置の使用方法、加工手順の作業手順書、
❷ 社外受講のレーザー安全スクールの受講内容まとめ、
❸ レーザー加工技術書籍内容のまとめ
ア 本件プログラムによる削除対象について
本件ファイル①-❶、本件ファイル①-❷、本件ファイル②-❷を本件プログラムによる削除対象としたことは認める。本件ファイル③-❶については、本件プログラムによる削除対象としたか又は手動で削除した。本件ファイル②-❶(レーザー光源装置の操作手順書)は電磁的記録では存在しなかったから本件プログラムによる削除対象とはしていない。
その余のファイルは本件プログラムによる削除の目的ではなかったが、本件ファイル①-❷及び本件ファイル②-❷の関連ファイルが含まれ得るフォルダ(以下「Xフォルダ」という。)の下層フォルダに保存されていたフォルダ)内のファイルを削除の対象としたため、Xフォルダの下層フォルダ内に保存されていたファイルが削除されたことは争わない。他方で、Xフォルダ以外のフォルダ内に保存さていたファイルが削除されたかは知らない。仮に削除されたのであれば、被告Aの意図したものではなく、本件プログラムのプログラミングを誤った過失によるものである。
イ ファイルの削除が原告の権利等を侵害していないことについて
本件ファイル③-➊(加工実験装置の操作手順書)は、被告Aが手控えとして作成したメモや明らかに必要性のないものであった。また、被告Aが上司から引き継ぐよう指示を受けていたのは、本件ファイル①-➊及び本件業務④に関するファイルの一部であり、これら以外のファイルについては引継不要とされていた。したがって、引継指示を受けていない資料については、原告の業務に必要なものではなく、削除により原告の権利等を侵害したとはいえない。
また、本件ファイル①-❷及び本件ファイル②-❷のソフトウェア関連資料は、商用利用できない統合開発環境を用いて作成したものであり、原告において使用すれば原告や被告Aが莫大な損害賠償義務を負いかねないようなものであったから、原告にとって価値のないものであった。したがって、これらのファイルを削除したことにより原告の権利等を侵害したということはできない。
⑵ 被告Aの行為により原告に生じた損害
(原告の主張)
原告は、被告Aの行為により合計2581万4785円の損害を被った。
ア 再開発等に伴う支出
(ア) 本件ファイル①-❷
本件業務①で用いられた実験装置は原告の社内で作製されたものであるため、これを稼働させるためのソフトウェアについては、市販のソフトウェアの購入では対応できず、再開発することが必要である。
ソフトウェアの再開発には被告と同等のスキルを持つ原告の従業員(年収約1000万円)を従事させる必要があり、同従業員が当該業務に費やす期間は約6か月間と試算されるから、本件業務①に関するファイルの再開発のために原告は500万円の損害を被ったといえる。
(イ) 本件ファイル②-❶及び❷
被告Aの行為により、本件業務②で用いられるレーザー光源装置の操作手順書やソフトウェアが消失した。これらの再作成、再開発には時間を要するところ、本件業務②の重要度に照らし、開発スピードが遅くならないようにするため、既製品のソフトウェアを267万7500円で購入した。すなわち、本件業務②に関するファイルの代替品を用意するために原告は267万7500円の損害を被ったといえる。
イ 被告Aの給与相当額
原告は、被告Aの独自の能力を評価し、その能力を発揮してもらうために本件業務①ないし本件業務④を被告Aに担当させたが、被告Aは、原告に在籍していた間に行った業務の成果物のほとんどを故意に消滅させて原告を退職した。
被告Aの行為により失われた成果物を個々に金銭的に評価するのは困難であるため、原告が被告Aに対して支払った給与等の額をもって算定するのが相当であり、令和元年9月2日から令和3年7月31日までの間の給与等の合計1813万7285円が原告の行為と相当因果関係のある損害であるというべきである。
(被告らの主張)
被告Aの行為により原告に損害が生じたという主張は争う
ア 再開発等に伴う支出について
(ア) 本件業務①に関するファイル
操作手順書は紙媒体で原告に残っているし、ソフトウェアがなければ実験ができないわけではない。また、被告Aが作成したソフトウェアは、無料の統合開発環境を用いており、商用利用が許されないものであり、それを用いて開発したソフトウェアについては全世界に無料公開しなければならないというライセンス規約になっていたため、原告はいずれにせよソフトウェアを再作成する必要があったのであり、被告Aの削除とソフトウェアの再開発に伴う支出との間に相当因果関係はない。
なお、被告Aは、2週間程度でソフトウェアを開発しており、再開発に6か月も要しないものであるし、被告Aの年収は退職時でも750万円程度であったから、被告Aと同等のスキルを持つ職員の年収が1000万円程度であることはない。
(イ) 本件業務②に関するファイル
操作手順書のファイルはそもそも存在しなかったし、ソフトウェアがなければ実験ができないわけではない。前記(ア)と同様、原告はいずれにせよソフトウェアを再開発又は購入する必要があったのであり、被告Aの削除とソフトウェアの購入との間に相当因果関係はない。
イ 被告Aの給与
被告Aは、原告に在籍していた全ての期間、原告のために労務を提供していたのであり、労務提供の対価である給与が損害になることはない。
⑶  過失相殺
(被告らの主張)
仮に被告Aによるファイルの削除により原告に損害が生じたとしても、原告にも以下のような落ち度があるから、一定程度過失相殺がされるべきである。
ア 原告が適切なソフトウェア開発をしなかったこと
被告Aは、実験等を行う技術者であり、ソフトウェア開発の経験が浅かったため、独学でソフトウェア開発について学び、無料の統合開発環境を利用してソフトウェアを開発したが、当該統合開発環境のライセンス規約上、開発したソフトウェアを商用利用できないだけでなく、全世界に無料公開しなければならないとされていた。被告Aは、開発したソフトウェアを残すことが原告にとっても被告Aにとってもリスクとなると考え、ソフトウェアを削除したのである。
原告が商用利用するために実験結果等を集積する目的があったのであれば、専門的な人員を用いて有料の統合開発環境を利用するか、外部に開発を委託すべきであったにもかかわらず、それをしなかった以上、原告に過失がある。そのため、被告Aが無料の統合開発環境を利用し、結果的に開発したソフトウェアを削除するに至ったのであるから、過失相殺がされるべきである。
イ 業務上必要なファイルのバックアップを取らなかったこと
サーバー上のファイルについては、外部からのハッキング、サーバーの故障等により、いつ消失するかわからないのであるから、業務上必要なファイルについてはバックアップをとるべきであるが、原告にはこれを怠った過失がある。
(原告の主張)
被告Aは、故意に、かつ、原告に損害を与える意思(害意)をもって、ファイル削除を行ったのであるから、過失相殺は認められない。
第3 当裁判所の判断
1. 認定事実
前記前提事実、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実を認めることができる
⑴ 被告Aの経歴等
(中略)
⑵  被告Aの原告への入社
(中略)
⑶  被告Aの原告における業務内容
(中略)
⑷  被告Aの退職及び被告Aによるファイル削除の発覚等
ア 被告Aの退職
(中略)
イ 被告Aによる引継作業
(中略)
ウ 本件プログラムの作成、実行
(ア) 被告Aは、以下の手順で本件プログラムを作成した(甲16、乙7、弁論の全趣旨)。
① 同年6月29日午前8時54分頃から同日午後0時31分頃までの間、被告Aのパソコンから、被告Aのアカウントでインターネットに接続し、バッチファイルのコマンド等本件プログラムの作成方法を検索した。この際、予行用のバッチファイルを試作し、同ファイル名を「バルス」(某映画で滅びの呪文とされている言葉)とした。
② 同日午後0時50分から同日午後2時03分頃までの間、原告の本件研究所の本件共有サーバーにアクセスして削除すべきファイルを確認した。
③ 同日午後3時32分頃、被告Aのパソコンと本件研究所の共有パソコンをリモート接続し、共有パソコンのタスクスケジューラの中に、本件プログラム(コードは数行程度のものであった。)を設定するとともに、本件プログラムを同年7月31日午前7時30分に起動するよう設定した。
(イ) 同年7月31日午前7時30分頃、本件プログラムが起動し、同日午前7時31分頃までの間に、前記のサーバーに保存されていた232個のフォルダ(別紙フォルダ一覧表に記載されたフォルダ)の中に保存されていた各ファイル(なお、具体的なファイル数は不明である。以下「本件各ファイル」という。)が削除された後、本件プログラム(バッチファイル)自体も削除された(甲16、乙7、弁論の全趣旨)。
(ウ) 被告Aは、本件プログラム作成後、それが実行される前に、上司等に対し、ライセンスの問題から本件ソフトウェア①及び本件ソフトウェア②を削除する必要があることや本件プログラムを作成していること、それらのソフトウェアを本件プログラムによる削除の対象としていることを告げなかった(被告A本人)。
エ 原告におけるファイル削除の発覚等
(ア) 令和3年9月30日、原告の従業員がレーザーのモジュールを開発する際に本件測定器を使おうと考え、本件共有サーバーに保存された本件業務②に関するフォルダを確認したところ、フォルダ内のファイルが消失していることに気が付き、その旨F係長に報告し、この報告を受けたF係長がE課長代理に同旨を報告した。E課長代理は、同年10月1日、原告の会社情報・流通本部IT開発部(以下「IT開発部」という。)の従業員に対し、消失したファイルの復旧を依頼した。この依頼を受けたIT開発部の従業員が本件共有サーバーのバックアップデータを確認したところ、既に復元可能期間の40日間を過ぎていたため、ファイルの復旧はできなかった。(甲16、証人E、弁論の全趣旨)
(イ) その後、IT開発部において、調査を行ったところ、被告Aにより前記ウの方法でファイルが削除されたことが判明した(甲16)。
⑸  原告が被告Aに対して支払った給与等の額
(中略)
2. 事実認定の補足説明
⑴ 本件ソフトウェア①の開発に要した期間について(認定事実⑶ア)
証人Eは、前記の加工実験装置の製作と本件ソフトウェア①の開発に掛かった時間が半年弱であった旨証言するが、ソフトウェアの開発、調整に要した期間がどの程度であったかは明言しない。他方、被告Aは、本件ソフトウェア①の開発、調整に要した期間は2週間程度であった旨供述する。原告は月報等でその期間を確認することも可能である(証人E31頁)にもかかわらず、本件証拠上、被告Aの前記供述に反する証拠は提出されていないことからすると、本件ソフトウェア①の開発、調整に要した期間は、被告Aの供述する程度の期間であったと認めるのが相当である。
⑵ 統合開発環境の無償版利用がライセンス違反とされる時期について(認定事実⑶オ)
ア Anacondaについて
(中略)
イ Visual Studio Communityについて
(中略)
3. 争点⑴(被告Aが故意により原告の業務に必要なファイルを削除したか)について
⑴ 本件プログラムにより削除されたファイルについて
被告Aが設定した本件プログラムの実行により、本件共有サーバーに保存されていたフォルダのうち別紙フォルダ一覧表に記載された合計232個のフォルダ内に保存されていた各ファイルが削除された(認定事実⑷ウ)。
この中に、本件ファイル①-❶、本件ファイル①-❷、本件ファイル②-❷が含まれたいたことは当事者間に争いがない。また、削除されたファイルが保存されていたフォルダの名称(認定事実⑷ウ)及び弁論の全趣旨から、本件ファイル①-❸、本件ファイル①-❹、本件ファイル①-❺、本件ファイル②-❸、本件ファイル②-❹、本件ファイル③-❶、本件ファイル③-❷、本件ファイル④-❶、本件ファイル④-❷及び本件ファイル④-❸も本件プログラムにより削除されたファイルに含まれていたことが認められる。
他方で、本件ファイル②-❶(レーザー光源装置の操作手順書)が電磁的記録として存在していたことを認めるに足る証拠はなく、本件プログラムにより削除されたファイルが保存されていたフォルダの名称をみても、本件ファイル②-❶が削除されたことはうかがわれない。したがって、本件プログラムにより本件ファイル②-❶が削除された旨の原告の主張は採用できない。
⑵ ファイルの削除により原告の権利等が侵害されたか
ア 
本件各ファイルは、被告Aが原告の業務に従事する過程で作成し、原告の管理する本件共有サーバー内に保存していたものであるから、本件各ファイルに関する利益は、削除されたファイルの財産的価値を否定すべき特段の事情がない限り、原告の法律上保護される利益であったということができ、そのような原告の法律上保護される利益を、原告の同意なく滅失させた行為には不法行為が成立し得る。
他方、被告らは、ⅰ被告Aが上司から引き継ぐよう指示を受けていたファイルは、本件ファイル①-➊の操作手順書及び本件業務④のファイルの一部であり、これら以外のファイルについては引継不要とされていたから、削除しても原告の法律上保護される利益を侵害したとはいえない旨、ⅱ本件ファイル①-❷及び本件ファイル②-❷のソフトウェア関連資料は、商用利用できない統合開発環境を用いて作成したものであり、原告において使用すれば原告や被告Aが莫大な損害賠償義務を負いかねないようなものであったから、原告にとって財産的価値のないものであった旨主張するから、以下検討する。
イ 引継不要とされていた旨の主張について
(中略)
ウ 商用利用できない統合開発環境を用いたソフトウェアであった旨の主張について
(中略)
エ 小括
以上によれば、被告Aが本件プログラムにより本件各ファイルを削除した行為は、原告の法律上保護される利益を侵害したものであるということができる。
⑶ ファイルの削除が被告Aの故意によるものか
被告らは、Xフォルダの下層フォルダ内に保存されていたファイルの削除については被告Aが意図したものであるが、それ以外のフォルダ内のファイルの削除は被告Aの意図したものではなく、本件プログラムのプログラミングを誤った過失によるものである旨主張する。
本件プログラムにより削除されたファイルが保存されていたフォルダにはXフォルダの下層フォルダではないもの(別紙フォルダ一覧表の「番号」188ないし193のフォルダ)がある(認定事実⑷ウ)。プログラムの性質上、本件プログラムにこれらのフォルダ内のファイルを削除するためのコマンドも含まれていたものと認められる。そして、本件プログラムにコマンドを入力したのは被告Aのみであること、本件プログラムは数行程度の単純なものであり(認定事実⑷ウ)、プログラミングミスをすることは想像し難いものであることから、被告Aが別紙フォルダ一覧表の「番号」188ないし193のフォルダ内のファイルを削除するようなコマンドを敢えて入力したものと推認される。これに対し、被告らは、プログラミングのミスである旨主張するが、どのようなミスをすれば、本件共有サーバー内の別紙フォルダ一覧表の「番号」188ないし193のフォルダだけが削除されるのかについて具体的な説明をせず、抽象的な可能性を指摘するにとどまっており、前記の推認を覆すには足りない。
また、被告Aが削除したファイルが原告にとって不要又は財産的価値がないと誤信していたとは認められないことは前記⑵のとおりである。
したがって、被告Aは、本件プログラムにより本件各ファイルが削除されることを認識、認容していたということができ、本件各ファイルを故意に削除したと認められる。
⑷ まとめ
以上によれば、被告Aが故意により本件各ファイルを削除し、原告の法律上保護される利益を侵害したと認められる。したがって、被告Aの行為については不法行為又は債務不履行(原告と被告Aとの間の労働契約に基づくデータ保存義務違反)が成立し得る(なお、本件では、不法行為又は債務不履行のいずれに基づく請求であっても認容額は同額となるため、以下では不法行為に基づく損害賠償について検討する。)
4 争点⑵(被告Aの行為により原告に生じた損害)について
⑴ 原告の主張する損害について
(中略)
⑵ 損害額
ア 本件業務①に関するファイル
(中略)
イ 本件業務②に関するファイル
(中略)
ウ 本件業務③に関するファイル
(中略)
エ 本件業務④に関するファイル
(中略)
オ 合計
以上のアないしエの損害を合計すると、本件削除行為により原告に生じた損害は577万4212円と認められる。
5 争点⑶(過失相殺)について
⑴ 被告らは、ⅰ被告Aが本件ソフトウェア①及び本件ソフトウェア②を開発する際に、原告が適切な開発環境を用意しなかったこと、ⅱ業務上必要なファイルのバックアップを取らなかったことを主張し、過失相殺がされるべきである旨主張する。
⑵ ソフトウェアの開発環境について
(中略)
⑶ 業務上必要なファイルのバックアップについて
認定事実⑷エによれば、原告が本件各ファイルのバックアップを一切とっていなかったとは認められず、むしろ、原告は、本件共有サーバー内のデータについては40日間復元可能なバックアップ体制を採っていたが、本件プログラムによる本件各ファイルの削除が、被告Aの最終勤務日よりも後に行われ、かつ、本件各ファイルが保存されていたフォルダはそのまま本件共有サーバー内に残されていたため、原告において本件削除行為が発覚したのが復元可能期間を経過した後であったために、本件各ファイルが消失してしまったものと認められる。
したがって、本件各ファイルの消失につき、原告が必要なバックアップをとっていなかった過失がある旨の被告らの主張(前記⑴ⅱ)は採用できない。
⑷ 以上によれば、本件で過失相殺は認められない。
6 結論
よって、原告の請求は、被告Aに対し、不法行為に基づく損害賠償として、被告B及び被告Cに対し、身元保証契約に基づく保証債務の履行として、577万4212円及びこれに対する損害発生日からの遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
徳島地方裁判所第2民事部 裁判官  林 憲太朗