幼い頃は、社会人ってもっと大人だと思っていた
yuyuko.icon幼い頃は、社会人ってもっと大人だと思っていた
「オトナ」というまったく別の生き物みたいに見えていた
自分にとって身近なオトナの筆頭である母親にも子どもの頃があったと気付いたとき、恐怖を覚えた
でも実際は子どもが地続きに生きてきた結果(過程でもある)でしかないんだから、別の生き物になんてなりたくてもなれないんだよな
反対に現代ではそれなりに明確に区別できるとされることも多いのかも?
産業革命を発端として、子供が教育を受ける権利や、虐待を受けない権利、みたいなのがイギリスから浸透していった、みたいなのをどこかで読んだ気がするけど、曖昧な記憶なので、ソースを探したいbiwa.icon
調べてるうちに、全然違う気がしてきた
近代的な教育観は、ルソーのエミールという論文が強く影響を与えてるっぽい 自分が前に読んだのは、産業革命から義務教育が始まったという話だったbiwa.icon
労働者を育てるために義務教育が始まった、という話
関連してそうcFQ2f7LRuLYP.icon
出来事
児童は、身体的ならびに精神的の両面における正常な発達に必要な諸手段を与えられなければならない。
飢えた児童は食物を与えられなければならない。病気の児童は看病されなければならない。発達の遅れている児童は援助されなければならない。 非行を犯した児童は更生させられなければならない。孤児および浮浪児は住居を与えられ、かつ、援助されなければならない。
児童は、危難の際には、最初に救済を受ける者でなければならない。
児童は、生計を立て得る地位におかれ、かつ、あらゆる形態の搾取から保護されなければならない。
児童は、その才能が人類同胞への奉仕のために捧げられるべきである、という自覚のもとで育成されなければならない。
1959年に拡張されたものが国際連合総会で採択
コテンラジオの教育の歴史あたりで聞いたような・・inajob.iconwakaru.iconSummer498.icon 大人になったという瞬間は、まだ感じたことがないし、感じることもない気がしているbiwa.icon
自分はまだ19歳
数年前と比べたて意識が少しはっきりした、と感じることは多々ある
これの積み重ねの先に、大人があるのかなと思っている
親や精神科医と話していて、生き方というか、自分への向き合い方が上手だと感じた
僕の中では、今はこれが一つの大人の像になっている
ただ、自分への向き合い方が上手だな、と感じた年上の人は、そんなに多くない