天皇との思い出
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写真見せてもらった
授業も適当におしゃべりするだけで、最後は先生の部屋でコーヒー飲みながら話して終わりという神授業だった タイトルにビックリしたけれど、天皇(の元家庭教師)との思い出だったか~hatori.icon
きっと本当に天皇との思い出を持ってる人たちが書いてくれると信じて…mtane0412.icon
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この年、やがて思いがけぬことが起こった。3月の初め、宮城内、生物研究所主任の服部広太郎博士が内々で突然来訪して、天皇行幸の際は粘菌について進講していただけるかとの、極秘の問い合わせがあり、4月末、「多年の篤学の趣き、かねてより聖上に達しあるを以て、今年5月貴地地方御立寄りの節、ぢきぢき御前にて生物学上の御説明の儀仰せ出ださる」との手紙が帰京した服部博士より到着し、熊楠、受諾の返電により確定した。 無位無官の者の進講は前例がなく秘密裡の内に進めていたが、その噂は早くからら広まり、熊楠はたちまち渦中の人となると共に、進講のための標本採集や整理などの準備に追われ多忙を極めた。
進講の6月1日(昭和4年)は朝から小雨が降っていたが、熊楠は、アメリカ時代から大事にしまっていたフロックコートを着用し、県立水産試験場の船に乗り神島に向かった。 天皇は綱不知(つなしらず)に上陸、この日のためにつけられた「御幸(みゆき)通り」沿道でお迎えを受け、京都大学臨海実験所にて御前講義ののち、午後2時神島に渡られた。
熊楠は神島の林中をご案内した後、お召艦、長門(ながと)の艦上で約25分間、標本をお見せしながら、粘菌や海中生物について進講申し上げ、更にキャラメルのボ-ル箱に入れた、粘菌の標本110種などを献上した。
ブルーギル.icon 1960年ごろに明仁がシカゴ市長からもらったボクの先祖を、当時の厳しい食糧事情の改善のための食用研究で水産庁に寄贈したんだ。水産庁は養殖して伊豆の一碧湖に放流して、それから大繁殖したってワケ。 https://www.youtube.com/watch?v=wllt2dFmQ_g