井戸端にアイデンティティを感じすぎるとは
旧タイトル:井戸端にアイデンティティを持つとは
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誤った推論が行われている気がするが、違和感を具体化できない
「『自分は何者か』『自分の目指す道は何か』『自分の人生の目的は何か』『自分の存在意義は何か』など、自己を社会のなかに位置づける問いかけに対して、肯定的かつ確信的に回答できること」
アイデンティティとは、自分が自分であること、さらにはそうした自分が、他者や社会から認められているという感覚のことです。日本語では「自我同一性」と呼ばれたり、「存在証明」と訳す人もいます。 どのくらいわからないのかと言うと
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(文脈:[井戸端にアイデンティティを持つという言い回しの時])
正しく引用しないと議論が迷子になりそう
アイデンティティ、というか帰属意識みたいなのは常連の人は持ってると言えそうに思う
その先の話かなと思ってる
わかるcaki.icon
けど解像度が低いのでここでの議論を興味深く見てる
脳内
こんなの井戸端じゃない! と これもまた井戸端だよね との違い
まだ粗い、これは 「これ、こんなの」による
流石にこれをされたら、それは違うでしょ、と言いたくなる閾値
たとえば日本が社会情勢が変わったりして選挙なんかを通じてだんだん赤くなったとしてもこれもまた日本か、のような気持ちになるかもcaki.icon その時首相的な人がある日突然「マクルス同志の著作を読んで大変感銘を受けたので国会議事堂を赤く塗ります、皆さんはプロレタリアとしての闘争意識を持つように、それが真性日本」とか言ってきたらそれは日本じゃないでしょ、と思うかもcaki.icon マイブーム来てるわね~Summer498.icon
マイブームに染まりすぎた発言をしてしまったwcaki.icon
井戸端右派と井戸端左派というフレーズが頭に浮かんだ(浮かんだだけ)。terang.icon
大きい井戸端と小さい井戸端(大きい政府と小さい政府)というフレーズも頭に浮かんだ(浮かんだだけ)Summer498.icon
自分の体のような、というのが大切に思うinajob.icon
そしてこれは人によって違う、年代によっても違う
確か自分がそのようなことを書いた
これはこれで謎概念な感じあるSummer498.icon
メタファーなのでもっと解像度高めたいinajob.icon caki.icon
対象Xに対してアイデンティティを感じていると、Xに対して口を出せる感覚が発生すると思う
Xがこういう感じであってて欲しい、という気持ち、イメージがありそう
自分が属するするものとして
Xは複数の人間によって構成されているので当然who1.iconさんが思い描くままのXにはなりえない
who1.iconさんがXを思い描くままのXにしたい、という気持ちは アイデンティティをもつことによって発生するものではあるが、必ずしも発生するものではないので、根本に別の原因もある気がしている +1kana.icon
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こういう構図なのではないかと
その人who11.iconから見た時にXを変質させるような明示的な動きをする人who12.iconが現れると、その人who11.iconがXに感じるアイデンティティは外的要因who12.iconによって変質あるいは破壊されようとしている。 あるいは、who12.iconがこのような行動を取っているのはXにアイデンティティを感じすぎる状態にあるからだとwho11.iconが推論をする アイデンティティって何もない時には感じないが、奪われそうになった時に感じるものではなかろうか Summer498.icon
数年前から(と言っても始まって以来数年なのだが)「井戸端とはなにか」とかRFCとかそのへんの議論が行われることがあるのを見るが、それと関係あるのかもしれない
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たとえばX𝕏️(これはTwitterのこと)にアイデンティティを持ってる人はどんなに炎上してもアカウントを消せない XTwitter𝕏️のリネームのせいでややこしいことに…caki.icon
とにかく見苦しくてもどんなになっても絶対に手放さないみたいなある種の強い意志を感じるSummer498.icon
見かけたときに思ったのは、「すぎる」の解釈が厄介そうだなということだったterang.icon
どこからが過度でどこからが過度ではないのかの線引きが定まりづらそうだなあ、共通見解を得づらそうだなあ、という表現への厄介さの感覚。
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アーカイブ
井戸端にアイデンティティを持つという言い回しの時に得られた議論
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誤った推論が行われている気がするが、違和感を具体化できない
心理学(発達心理学)や社会学において、「自分は何者なのか」という概念をさす。アイデンティティもしくは同一性とだけ言われる事もある。 「『自分は何者か』『自分の目指す道は何か』『自分の人生の目的は何か』『自分の存在意義は何か』など、自己を社会のなかに位置づける問いかけに対して、肯定的かつ確信的に回答できること」
アイデンティティとは、自分が自分であること、さらにはそうした自分が、他者や社会から認められているという感覚のことです。日本語では「自我同一性」と呼ばれたり、「存在証明」と訳す人もいます。 どのくらいわからないのかと言うと
自分は井戸端にアイデンティティを持っていると思うcaki.icon
なぜならば自分は井戸端というコミュニティに属しているという感覚があり
また、井戸端の周辺にいる人々も自分のことを井戸端に属している人と見なしている、という感覚が自分の中にあるため
自分は日本にアイデンティティを持っていると思うcaki.icon
なぜなら(以下同様)
持つだと「そりゃあ居るから持つでしょ」という考え方もできるし、「そもそもアイデンティティは自分のことなんだから井戸端に持つってどういうことだ」みたいな考え方もできるし、両方とも頭に浮かんだ自分としては両方とも極端なのでよくわからんことになったSummer498.icon
言い換え作業をしてみた
ややこしくなるので打ち消し線の上から更に墨塗り記法で消して読みやすく
更に読みやすくするため旧議論をアーカイブ行きに。