道聴塗説
どうちょう-とせつ
知識などの理解がいい加減で、しっかり自分のものになっていないこと。また、根拠のない伝聞、受け売りの意。▽「塗」は「道」と同じで道路のこと。道でたまたま聞き知ったことを、また道で得意そうに、人に話し伝えること。 1. ぬる
2. よごす
3. みち、途に同じ
4. 狭い溝
5. 十二月
である。したがって「道聴塗説」において「塗」は3の意味で用いられている
途と塗を見比べると「雨降って水溜りできたのかな」感nishio.icon
なぜ「塗」に十二月という意味があるのだろう?hatori.icon
以下の記事によると「涂月」は中国最古の語釈辞典『爾雅(じが)』の釋天の項に由来するとある 道聴塗説してると説明できないところが出てきて理解度が深まるので道聴塗説していきたい基素.icon
類語
鴎外はドチラかというとクロース・ハアテッドで、或る限界まで行くとそれから先きは厳として人を容れないという風があった。が、官僚気質の極めて偏屈な人で、容易に人を近づけないで門前払いを喰わすを何とも思わないように噂する人があるが、それは鴎外の一面しか知らない説で、極めてオオプンな、誰に対しても城府を撤して奥底もなく打解ける半面をも持っていたのは私の初対面でも解る。若い人が常に眷いて集まったので推しても、一部に噂されるような偏屈な狭隘な人でなかったのは明白である。 だが、極めて神経質で、学徳をも人格をも累するに足らない些事でも決して看過しなかった。十数年以往文壇と遠ざかってからは較や無関心になったが、『しがらみ草紙』や『めざまし草』で盛んに弁難論争した頃は、六号活字の一行二行の道聴塗説をさえも決して看過しないで堂々と論駁もするし弁明もした。