自動思考の認識だけでは気分は変わらない
旧タイトル:認知行動療法の認知のゆがみを認識する行為って、どれだけ有効なのか疑問になった
最初の疑問
from 2024/03/10
認知行動療法の認知のゆがみを認識する行為って、どれだけ有効なのか疑問になったtakker.icon
自分の認知と現実にずれがあることを知ること自体は意味があると思う
でもゆがみを認知しても、「頭ではわかっているけど納得できない」状態までしか到達しないように思う
腑に落ちるまでいかない
例えば
拡大解釈して自分には何もできないと思いこんで、そこに具体的に自分ができている事実を挙げて修正しようとしても、頭ではわかっていても負の感情を消しきれない、押さえ込めきれないように感じる
「何もできない」は否定されたけど、それでもまだ負の感情が消えないのはなぜなのかを言語化してみるとか?yosider.icon
再帰適用すればいいのかtakker.icon
下向き矢印法っぽいseibe.icon
得体の知れない怪物に見えているタスクを具体的に調べて分割して、思っていたより小さくできたとしても、心理的ストレスは減らない気がする
いやこれは減るか……
自分にあてはめると、そもそも具体的に調べて分割まで動けない
確かにタスク分割すれば得体の知れない怪物じゃなくて現実を見ることができるのはわかっているのだが、その作業に入っていけない
わかるyosider.iconcak.icon
着手のための第一段階としてChatGPTに雑に投げてみるとか?cak.icon
LLMを使おうと思うことが滅多にないという別のハードルが……takker.icon
腑に落ちるってなかなかすぐにはいかないこともあると思うcFQ2f7LRuLYP.icon
禅のお坊さんの話である問題についてずっと考えていて(しばしば考えてないときも考えていて)突然豁然大悟するっていう展開を昔見たことがある
適切な例がすぐに出せない
オードリーたん効果みたいなtakker.icon
気を長くして腑に落ちるのを待つみたいなcFQ2f7LRuLYP.icon
何度も認知のゆがみを指摘する経験を重ねれば、やがて認知のずれに納得できるようになるのだろうか
すでに感情を認識するところまでで、じゃあその後どうするかについては答えが出ないでcFQ2f7LRuLYP.iconさんが言及されてたtakker.icon
(リンクは元の文章を改変している)
自動思考の認識だけで気分が変わるわけではない
認知行動療法の認知のゆがみを認識する行為はコラム法を意識してるのかなmtane0412.icon
それです。名前が出てこなかったtakker.icon
あとで置換しよう
コラム法で言えば認識した先の手順が本質なように思えるが、自動思考を認識してそこで止まっているように見える
自動思考自体は本人が生きる上で必要だった考えの枠組みだったのでそう簡単には変わらない
自動思考は本人が生きる上で必要だった考えの枠組み
この考え大事だと思うseibe.icon
自動思考がダメだ、と考えると既存のスキーマ=現在の自分を否定することになる
つらい
これまでの思考で適応的に使えるところも捨てることになる
どんな自動思考も(適応的なものも)否定することになる
これ自体が間違っているわけではない
ただ現環境でその方略が通用しなくなっているので修正する必要がある
このときメタな視点で自分をメンテする必要がある
takker.iconはここが不足していたということかtakker.icon
ここにも似たような言及があったtakker.icon
気分が改善するかどうかは、自動思考を現実に照らし合わせて検討できているかどうかで決まる 5/yosider/コラム法#65ef723ee5172d0000c7376a
なるほど…わからんyosider.icon
認識するだけじゃなく適応的思考までやらないとということか
で、自動思考を認識したあと何をやる必要があるのか?takker.icon
メタな視点で自分をメンテ
自動思考を現実に照らし合わせて検討
いまいちイメージが掴めない
コラム法の解説を読み直すべきか
下向き矢印法に具体的なことが書いてある!ありがとう!