小児性愛による事件に関する議論
きっかけとなる出来事の概要
マンガワンにおける新たな原作者起用問題と第三者委員会設置について | 小学館
このたび、マンガワン編集部において、作者が児童買春・ポルノ禁止法違反(製造)の罪で逮捕・略式起訴され罰金刑を受けて連載『堕天作戦』を中止したにもかかわらず、別のペンネームに変更して、新連載『常人仮面』の原作者として起用していた件について、あらためて被害に遭われた方、作画の鶴吉繪理先生、弊社各媒体でご執筆いただいている作家の皆様、読者の皆様、ならびに関係各所の皆様に深くお詫び申し上げます。
当該事件に関して他の論点ももちろんある
→ 作品と作家は切り離すべきか
→ 犯罪的経験に基づいた作品は作者の犯罪性と切り離すべきか
→ 名義による社会的制裁逃れ
それ以上に、より根源的で繰り返され続ける問題について考えるべきだと思うSummer498.icon
つまり、小児性愛という性質と、その性質による(衝撃的な)犯罪が断続的に繰り返されていることに関して目を向けたほうが良いのではないだろうか。
めちゃくちゃ目を逸らしたくなる気色悪い話だけど、これだけ繰り返されているんだから、問題の本質はここだろう。
小児性愛に対して共感できない人にとっては小児性愛による犯罪は、その根源となる欲求そのものが理解不能かつ、結果が重篤であるため悪魔の所業として断罪したくなるだろう。
話題を提起しているSummer498.icon自身はどうなのかと言うと、成人との性交ですら自分が痛いからちょっと嫌だと思う次第であります……。
自分が痛いのに相手が痛くないとは思えないから(大人が相手でも)嫌だし、ましてや小さな子なんて。
つまるところ、断罪側に回るのは心情的には簡単。
非難・断罪するのは簡単だ。
しかし、それは何の解決にもならない。
何度も社会的なニュースになり、重大な犯罪性が示されているにも関わらず、
繰り返されていること、
犯罪にまでは行かずとも、そのような欲求に裏付けられたようなコンテンツが存在することから、
母数として、小児性愛を持つ人間がそれなりの人数居るであろうこと、
そこから更にそれなりの人数が問題行動に繋がるような行動力を有していることが考えられる。
まず、どのくらいの頻度で大事件が起こっているのだろうか?
タイトルに「女児」と「事件」を含む記事の検索 | Wikipedia
1954年: 文京区小2女児殺害事件
                                 
1969年: 江東区小5女児誘拐殺人事件
                                 
1979年: 北関東連続幼女誘拐殺人事件
~1990年、1996年?
                                 
1981年: 石見町女児殺人事件
1984年: 米人英会話教師性的暴行事件
1988年: 東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件
これは最も有名な事件だろう
1989年: 豊橋小2女児誘拐殺人事件
                                 
1990年: 足利事件
女児(当時4歳)が行方不明、翌日に幼女の全裸死体が発見、衣服に体液付着。
1992年: 飯塚事件
小学校1年生の女児2人が登校中に行方不明、翌21日に他殺体となって発見。
1996年: 太田市パチンコ店女児失踪事件
                                 
2000年: 仙台女児連続暴行事件
2001年: 黒磯小2女児誘拐事件
2003年: 泉南郡熊取町小4女児誘拐事件
2004年3月: 高崎小1女児殺害事件
2004年6月: 佐世保小6女児同級生殺害事件
これは(被害者の)同級生が起こした事件であり、(これはこれで問題のある事件だが)本稿の議論とは別の問題である。
2004年9月: 津山小3女児殺害事件
2004年11月: 奈良小1女児殺害事件
これは2番目くらいに有名な事件だろう
2005年11月: 広島小1女児殺害事件
2005年12月1日: 栃木小1女児殺害事件
2005年12月10日: 宇治学習塾小6女児殺害事件
2006年: 尼崎児童暴行事件
2007年: 加古川小2女児殺害事件
2008年: 東金市女児殺害事件
2009年: 西淀川区女児虐待死事件
                                 
2010年: 山口県下関市6歳女児殺害事件
2010年: 堺市雑居ビル女児絞殺事件
2011年3月: 熊本3歳女児殺害事件
2011年10月: 中国仏山市女児ひき逃げ事件
ひき逃げなので別の話
2014年: 神戸小1女児殺害事件
2015年1月: 豊前小5女児殺害事件
2015年7月: 仁川学院教諭女児強制わいせつ事件
2017年: 千葉小3女児殺害事件
2018年3月: 目黒女児虐待事件
2018年5月: 新潟小2女児殺害事件
2019年1月: 野田小4女児虐待事件
2019年
2015年~2024年(発覚は2019年から2024年)
2019年9月: 山梨キャンプ場女児失踪事件
2019年11月: 羽田空港乳児殺害事件
新生児の死体遺棄事件なので別の話
                                 
2020年: 蒲田女児放置死事件
育児放棄・放置による衰弱死事件なので別の話
2022年: 牧之原幼稚園バス3歳女児死亡事件
置き去り熱中症死亡事件なので別の話
                                 
調べて出てきた量に対してちょっとシンドい気分になるSummer498.icon
一個一個がとんでもない話なのに
異常性・特筆性について
事件の衝撃性と、異常性・特筆性は別の話だということを以降でクドクドと語っていく。
事件の衝撃性の割に件数が多いことから、(小児性愛による事件という字面から受ける印象ほど)特別異常な話でもないと思われる。
もっと頻度の少ない特別異常な犯罪があるから。
神戸連続児童殺傷事件
事件の前に、猫の惨殺死体をそこら中に放置・設置しており、、事件そのものも被害児童が通学する学校の校門に被害児童の生首を設置するなどの異常性が見られる。
福岡商業施設女性刺殺事件
犯人の家庭環境と(少年院出所直後に重大犯罪を犯すという)更生不能性が特筆すべき事件にしている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/女子高生コンクリート詰め殺人事件
逆にこの記事の焦点の小児性愛事件以外にも、同様に「こんな事件が何度も起こってたまるか」というような事件が何度も発生していたりする。
異常性・特筆性のなさを示すために膨大な例を示す。
名古屋アベック殺人事件
名古屋大学女子学生殺人事件
大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件
岡山元同僚女性バラバラ殺人事件
川口強盗強姦殺人事件
京都大学アメフト部レイプ事件
金武老女暴行殺害事件
国立市主婦殺害事件
クルド人少女暴行事件
群馬女子高生誘拐殺人事件
光市母子殺害事件
藤沢市女子高生殺害事件
福岡3女性連続強盗殺人事件
松戸女子大生殺害放火事件
リンゼイ・アン・ホーカー殺害事件
ここで沢山の強姦・リンチの末の殺人事件を列挙しているのと同様に、小児性愛事件も列挙できていることからそこそこ発生している。
というわけで、個別の事件として着目するよりも何度も発生している小児性愛事件という共通点に着目して、考察するほうが有意義だろう。
類似するものを纏める発想をした場合、今度は逆になぜ小児性愛事件を分けるのかという問題が出てくる。
つまり、女性に対する暴行事件と小児性愛事件を分けるか、単に抵抗力の弱い弱者に対する犯罪として纏めるかどうか。
……前置きとして、この論点で議論をする必要性について語る部分がとても長くなる。
結局どういう欲求により発生するのだろうか。
絶対的に優位な立場(抵抗されようが関係なく欲求を通せる立場)で支配欲と同時に性欲を満たしたいのだろうか。
というよりも、絶対的に優位な立場でしか欲求を満たせない?