利用するのに原理を理解する必要があるのか
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体系(system)を利用する際には、その背後にある原理を理解する必要があるのだろうか
体系は複数の要素が様々な関係を持つことで構成される
知識であれば、概念同士の関係が主張され、主張が連なって説となり、説が結びつけられることで論となり、論が集まることで学となる
機械システムであれば、部品同士を組み合わせてモジュールが作られ、モジュール同士を組み合わせてシステムが作られる
原理を理解するということは、構成要素同士の関係、動き、互いへの影響を正しく想像し、未来がどのようになるのかを高い精度で予想するということだろう
体系を利用するのに原理を理解する必要があるのかという問いには、体系を利用できているにも関わらず、原理を理解していない状態がどのようなものかを考えればよい。
例えば複雑な機械は内部で複数の部品が互いに協調動作することで全体としての働きをしている。しかし、原理を完全に隠蔽したインターフェースや指示書により原理を理解していなくとも利用することができる。
一般に体系が(正常に)動作する前提条件と操作に対する結果が与えられていれば、原理がわからないままに体系を利用できる。
体系が正常に――指示書の通りに――動作している限りにおいては、原理を理解せずに体系を利用することができる。
しかし、体系が異常な動作をした時、原理がわからない場合はどこでどのような問題が生じているのか見当がつかなくなる。
裏を返せば、原理を理解していれば、異常な動作をした体系がどこで問題を起こしているのか見当をつけることができる。
では、原理がわからなくても問題に見当をつけることはできるだろうか。
一人では難しいかもしれないが、勘所の分かっている人に相談することで問題に見当をつけてもらうことはできるだろう。
原理を理解していなくとも体系を利用できる場合は次のとおりだろう
体系が異常動作を(ほとんど)しない
あるいは、体系の異常動作の原因を相談する相手がいる
あるいは、体系が異常動作した際に原因を探り当てるまでの試行回数をこなせる
その試行回数をこなすだけの時間が与えられている
その試行回数をこなすだけの体力を持ち合わせている
その試行回数をこなしても嫌にならない
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短い答え: 「人類いまだに光合成を理解してないけど、ずっと光合成でできた食べ物を食べてるじゃん」nishio.icon
いままで「理解して組み立てる」ことによって作っていたソフトウェアが「LLMをたがやし、プロンプトのタネをまいて、しばらく待つと収穫できる農作物」という扱いになる可能性があると思っている
変なものを食べると腹を壊す(問題が発生する)のも共通しているSummer498.icon
食べ物の場合、他のものに逃げれば済む
逃げられない場合(ソテツ地獄等)、煮込むなり灰をまぶすなり何ふり構わず実験するの共通している