価値観の合わなさ
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どうも価値観の軽視に過敏な気がするSummer498.icon
自分が共感した誰かの価値観を軽視されること
根拠が曖昧な価値観ほど軽視されることに対する不快感が強い
コレは不安定な状態になるからやね
音楽理論とか数学とか頻繁に触れているものをバカにされてもスルーになる (何か思ったとして「発言者は無知なんやねぇ」)
「XX は無価値」みたいなのを見たときに、「そう思うんなら黙って去れや」と思うことがまぁまぁある
コレは片方の意見を排除しようとしてるので良くないかもしれない
と思うと同時に、XX は無価値なんて意見を守ってやる必要があるのか?とも思う
思うだけならまぁいいのでは?inajob.icon
+1nishio.icon
(何かと比較して自分にとっては)無価値ぐらいの意味で使っていることもよくありそう基素.icon
世の中には大量のものや分野があって、人間の認知能力には限界があってごく一部しか認識できないので、すべてものもは平均的にはほぼ無価値nishio.icon
偏見(認知できたもの)が特色を作る基素.icon
少なくとも自分の価値観を軽視する人は自分の人生においては無価値だから付き合う必要はないか
このパラドックス感
ある点で価値観が合わない人というのを排除するのはもったいないinajob.icon
全部が全部合わないなら仕方ないね
お。ここでの自分の価値観が大きすぎたのに気づけたSummer498.icon
もったいないinajob.iconとは元から思ってたのに、指摘を受けている
ここで言ってる自分の価値観は誰かの価値観を対話を通して理解したいという価値観だね
コレを軽視する人は価値観を理解するための対話を拒否する人
感覚としてはちょっとこの人とは合わないな、、と思う感じがある
面白いSummer498.icon
価値観が同じ人に相談しても「だよねー」にしかならないinajob.icon基素.icon
価値観の合わなさにも種類がありそうSummer498.icon
色んな人が居るなーで済むタイプ
多くの人はそう
音楽の趣味が合わない友達がいる
彼が良いと言う音楽を聞かせてもらっても何とも思わない
それはそれで興味深い事実なので、たまに彼が好きな音楽を解析したくなる
解析したところで何も思わないのは変わらない
自分の興味がない分野に熱烈な興味を持っている人も居る
その人の話を聴けば、興味を惹かれる
また聴きたいなーってなる
色んな人が居るなーで済まないタイプ
その人への対処法について考えてしまう
相手が自分に対して悪意を持っているケースを除き、上のタイプにうつせそうにみえるinajob.icon
環境が悪いケースは微妙だな
だいたい悪いのは環境だな
この主張は微妙かも
環境を変えるテクもある
背景を探る
現象ととらえる
そこまでして付き合う必要はないと思うけど・・
そして自分の人生においては無価値に至るSummer498.icon
これがinajob.iconの色んな人が居るなーで済まないタイプかな